とね日記

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熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆

2013年02月17日 22時11分06秒 | 物理学、数学
熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆」(Kindle版

内容(「BOOK」データベースより)
「エントロピー」の誕生は難産だった。熱の動力をめぐるカルノー以来の苦闘をへて、熱力学はやがて第1法則と第2法則を確立し、ついにエントロピー概念に到達する。マクロな自然の秘密を明るみに出したそのエントロピーとは何か。「エネルギーの散逸」とのみ捉えられがちな誤謬を正しつつ議論は進む。第3巻は熱力学の完成とその新たな展開。マクスウェル、トムソンらの寄与とクラウジウスの卓抜な総合化、さらにギブズの化学平衡論により制約因子としてのエントロピーの本性が明らかとなってゆく。論文・書簡を含む多くの原典を博捜して成った壮大な熱学史。格好の熱力学入門篇。全3巻完結。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山本義隆
1941年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院博士課程中退。現在、学校法人駿台予備学校勤務


理数系書籍のレビュー記事は本書で209冊目。

どうやら僕はパンドラの箱を開けてしまったようだ。。。

年末から続けてきた熱力学の勉強の総仕上げとして熱力学史を詳解する本シリーズを選んだのだが、目論見は全く外れてしまった。これまでに読んできたどの教科書よりも詳しく、緻密で難解な解説がなされているので内容を吸収しきれなかったからだ。

第2巻の紹介記事にコメントいただいたhirotaさんも「むつかしー。」とおっしゃっているし、同じくアトムさんも僕の書評を読んで「また読むのを先延ばしする理由ができた。」とお書きになっている。お二人とも僕より物理学を深く理解されている方なので「むつかしー」というご判断は正しい。アマゾンの紹介には「格好の熱力学入門篇」と書かれているがこれはとんでもない間違いだ。本書は現代の視点から整理しなおされた一般的な教科書でひととおり学んでから挑戦したほうがよい。

本シリーズは著者自ら論文・書簡を含む多くの原典を博捜して成った壮大な熱学史である。昔のこととはいえそれぞれ一流の科学者が到達できた時代の最先端の考察が積み重ねられ解説したものなので、現代人といえども理解するのは容易なことではない。

第3巻に至ってやっと熱力学第一法則が始まる。物理学史では1850年あたりのことだ。そして第2巻までで紹介されているように第一法則に至るまでの経緯も混迷の連続だった。


18世紀まではニュートン力学に基づく機械論的な自然観が支配的だった。しかし天空と地上の法則が同じ力学法則に従っていることは理解されたものの、大気や気象など地上の身の回りの現象が同じ力学法則に従っているようには見えない。気象の変化が大気や水蒸気などが巨大なスケールで循環して生じていることは自覚されていて、その原動力に「熱」が関与していることは当時の科学者にも認識されていた。熱についての研究は、もともと地球上のあらゆる熱現象を理解するために始まったのだ。

第2巻まで解説される範囲でも、熱を定量的に扱い数学的に解析する段階に達していたし、それを検証するための精密な実験と測定が行われていた。しかし、素人が少し考えただけでも実験は困難を極めていたことが想像できる。

- 実験で測定するのは気体や液体、固体の温度である。当時、正確な温度計は存在していなかった。温度計に使う液体や気体は何を使えばベストなのか?温度によって膨張率が違うので目盛を等間隔に割り振ることはできない。水の氷点を0度、沸点を100度と定めその間を100等分しても正確な温度計が測れるわけではない。

- 急激に変化する温度を測定するのは当時の温度計では無理だ。時々刻々変化する温度をどのように測定すればよいのか?

- 「熱を加える」といっても、熱そのものが何であるかがわかっていなかったのだから直接熱量を測る手段はない。加えたとする熱の量はどのように計算したのだろうか?

- 実験装置自体が物質でできているので、熱は実験装置にも吸収されてしまうので望みどおりの測定値は得られない。どのようにこの問題を解決すればよいのだろう?

- 「外部にした仕事」は体積で測られる。断面積が一定ならそれは長さの測定になるわけだが、稼働部分に摩擦がある状況でピストンの移動はどのようにすれば正確に測定できるのだろうか?


科学者たちが使った実験器具は図で紹介されていたが、実際にそれを使って測定する上での困難な状況は想像するしかない。

そのように困難な状況にも関わらず、カルノーサイクルの理論とジュールの理論の間の矛盾を解決する形で「熱力学第一法則」と「熱力学第二法則」が導かれていく。これはクラウジウスやトムソンが別々に考察を深める中で見つけ出されていった。

第一法則:熱の作用によって仕事が生み出されるすべての場合に、その仕事に比例した量の熱が消費され、逆に、同量の仕事の消費において同量の熱が生成される。

第二法則:熱はつねに温度差をなくする傾向を示し、したがってつねに高温物体から低温物体へと移動する。

その過程で重要な役割を果たしたのが「絶対温度の発見」だ。今では簡単な変換式で表わされるこの温度体系も、正確な温度計が存在しなかった当時はとても高度な内容だったのだ。つまりそれまでに行われた実験はすべて「正確ではない温度」でなされていたことになる。

絶対温度の導入は単に経験温度から絶対温度を導く関数を導入したということではない。本書では「真の温度」にたどり着くまでの過程が詳細に解説される。「真の温度」の発見が「熱素論」を最終的に葬り去ることになった。


後半のテーマは「エネルギーとエントロピー」だ。第二法則はクラウジウスよって、より可逆過程と不可逆過程について深い考察がなされた結果「エントロピー」という状態量が発見されるに至る。1862年から65年にかけてのことだ。そしてこの量がエネルギーにも増して重要な意味を持つものであることが次第に明らかになっていく。

エントロピーSや絶対温度Tの導入は熱力学の適用範囲を化学にまで拡大することになった。化学反応の平衡がエントロピーの極大によって説明されることがわかり、ギブズの自由エネルギーGやヘルムホルツの自由エネルギーF、エンタルピーHなどの熱力学ポテンシャル関数が熱力学に組み込まれることになった。式で書くと次のようになる。

G=U-TS+PV
F=U-TS
H=U+PV


これによって化学熱力学という分野が生まれ、その後物理化学と呼ばれる分野に吸収されていくことになる。

化学親和力の大きさ(仕事量)がギブズやヘルムホルツの自由エネルギーの減少によって説明されることがわかるようになった。しかし第一法則と第二法則だけでは反応熱Qの測定値から化学親和力Aを一義的に決定することはできないでいた。

1906年に発表された「ネルンストの定理」によってこの問題は解決する。それは「絶対0度にどこまでも近づけば反応熱Qと化学親和力Aは一致する。」という定理だ。この定理が熱力学第三法則として結実することになる。

第三法則:絶対0度に無限に近づけば有限密度の化学的に均質な物体のエントロピーは0にいくらでも近づいてゆく。


この第三法則の発見により「古典熱力学」はようやく完成したわけだ。本書の範囲を超えるがその後、熱力学は量子力学によって解明が進み、超低温物理学の発展に伴い超伝導や超流動の理論に発展していく。また、第一法則と第二法則は分子運動論をベースにした統計力学として理解されていくのは皆さんがご存知のとおりだ。

古典熱力学の完成に至るまでの道のりはとても長く険しい。特に第3巻は一般の熱力学の教科書以上に数式を使った解説が多いので、一般の読者を寄せつけないし理数系の大学生にとっても相当な忍耐力が求められる。

とはいっても、数百年に渡って積み重ねられてきた壮大な科学ドラマは僕を魅了した。熱力学がこれほどまで広くて深い魅力に満ちた学問だということは、教科書だけでは決して知ることができないものだ。

記事の冒頭で「パンドラの箱を開けてしまった。」と書いたのには2つ意味を込めている。ひとつは「とてつもなく難解な世界に踏み込んででしまった。」という後悔にも似た感情、そしてもうひとつは「熱力学の持つ魅力に惹きつけられ、逃れることができなくなった。」という意味だ。この本のことが少しでも気になっている方は、ぜひお読みになっていただきたい。後悔することはないと思う。


ところで、本シリーズで解説されるのは大学の物理学科で学ぶ熱力学なのだが、読み進めるうちにあることに気がついた。それは他の物理学の分野では当たり前のように使われる時間変数としての「t」が使われていないということなのだ。第二法則はご存知のように物理現象の不可逆性や「時間の矢」の根拠とされているにもかかわらずである。

時間の経過にともなった熱の移動、つまり熱伝導の理論を学んでいないことに気がついたのだ。これは物理学科で学ぶ熱力学ではなく工学部で学ぶ内容で伝熱工学と呼ばれる分野だ。

たとえば気温20度の屋外に長時間放置した鉄の塊と木の塊の温度はともに20度になっていることは、熱力学第二法則から明らかだ。しかし、指で触ってみると鉄のほうが木よりも冷たく感じるのはどうしてだろうか?これは日ごろ私たちが経験する事実である。熱力学の3法則だけではこの現象は理解することができない。

その答の鍵は物質の「熱伝導率」の違いにある。つまり鉄のほうが木よりも熱伝導率が大きいため、温度36度の指先から20度の鉄に伝わる熱の移動速度が木に触れたときの熱の移動速度より速いことによる。熱伝導の理論を学んではじめてこの問題は理解できるようになるのだ。


本書を書いた山本先生は現在72歳。ご健康に留意されつつ、これからも素晴らしい科学史本、物理学書をたくさん書いていただきたいと思った。


熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆」(Kindle版

  


関連記事:

熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆
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熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆
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熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆」(Kindle版


第5部:熱力学の原理の提唱

第25章:熱の普遍性の原理--熱力学第1法則の確立--クラウジウスの50年論文(その1)
- ホルツマンの主張
- ヘルムホルツの寄与
- クラウジウスの解--熱にたいする二つの原理の必要性
- 熱関数が存在しないことの論証
- 熱力学第1法則と内部エネルギー

第26章:熱の特殊性の原理--熱力学第2法則の提唱--クラウジウスの50年論文(その2)
- 熱の特殊性の原理
- 第2法則とカルノーの定理の再証明
- 理想気体への適用
- 飽和蒸気の問題
- 飽和蒸気の比熱

第27章:カルノー関数と絶対温度をめぐって--ウィリアム・トムソンの問題意識
- 「真の温度」とは--熱素論的解決の破産
- 関数概念としての温度概念への転換
- 熱力学の原理の提唱
- 熱の動力の表現
- ヘルムホルツの主張をめぐって
- 圧力による氷点降下
- グー・ジュール効果をめぐって

第28章:ジュール-トムソン効果と絶対温度の定義--トムソン:1852-54年
- トムソンの問題意識と<理想気体>仮説
- <理想気体>仮説の実験的検証
- ジュール-トムソン効果の実験
- 絶対温度の定義と決定
- <理想気体>について
- 気体分子運動論についての補足

第29章:熱力学第2法則の数学的表現--トムソンとクラウジウス:1854年
- 絶対温度と熱エネルギーの特殊性
- 「第2法則の数学的表現」
- クラウジウスの視点--<変換>と<補償>
- <変換>の定量化
- <変換の当量の法則>
- <変換の当量の法則>の若干の解釈
- 可逆サイクルにたいする第2法則の数学的表現
- クラウジウスの絶対温度

第6部:エネルギーとエントロピー

第30章:第2法則からエントロピーへ--クラウジウスの模索
- 第2法則からエントロピーの導入まで
- 可逆変化とエントロピーの定義
- 非可逆変化とエントロピーの増大
- クラウジウスの62年論文--<分散>
- 65年論文--<実在熱の変換値>
- 熱拡散と物拡散の和としてのエントロピー

第31章:熱力学の体系化にむけて--利用可能なエネルギーと平衡条件
- クラウジウスの結論
- トムソンとエネルギー散逸
- 「エネルギー散逸」と「エントロピー増大」
- マクスウェルの考察
- エントロピー極大と化学平衡

第32章:自由エネルギーと熱学の体系--ヨシア・ウィラード・ギブズ
- ギブズとその出発点
- 熱力学的曲面と相平衡
- 平衡条件の一般論
- 自由エネルギーと平衡条件
- 自由エネルギーと最大仕事

第33章:ネルンストの定理と熱力学第3法則--ネルンストとプランク
- 化学親和力と自由エネルギー
- ギブズ-ヘルムホルツ方程式
- ネルンストの考察
- ネルンストの定理とその意味
- 熱力学第3法則

第34章:熱学と熱的地球像--熱学が意図してきたもの
- 熱力学をどう見るべきか
- 機械論的世界の成立とその一面性
- ニュートンと熱学の起源
- 熱学が意図してきたもの
- 「地球の熱的死」について
- エネルギーとエントロピー


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2 コメント

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わくわく (hirota)
2013-02-18 11:01:05
大歴史小説みたいで、聞くだけでも
わくわくしますね。
返信する
Re: わくわく (とね)
2013-02-18 11:18:57
hirotaさん

そうなのです。
この大歴史小説の登場人物はそれぞれノーベル賞級の科学者ばかりですが「果実」を掴み取ることができるのは、ごく一部の人だけで、収穫した果実をすべて集めてやっと抽出できたのが、3つの法則だったことがよくわかりました。
「熱は温度が高いほうから低いほうに流れる。」という当たり前に思える原理にしても、数多くの「当たり前な経験的な事実」の中から、その1つだけを原理として採用したことに大きな意味があるのだと書かれていました。
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