「確率論:保江邦夫」
僕にとっては保江先生の「数理物理学方法序説」というシリーズで4冊目になる。
この巻についてはタイトルどおり確率論という内容で間違いない。最初の3分の1は確率測度を使った確率論の導出、後半の3分の2は確率過程論。高校までで学習する確率とはまったく違う。確率過程というのは時間とともに変化する確率変数のことであり、ブラウン運動などの粒子のランダムな運動を数学的に記述するモデルとして利用される。
このシリーズ全体を通じていることだが定理や証明の存在はいつもルベーグ測度やヒルベルト空間論によって裏付けられている。確率論にしても同様だ。確率空間をはじめ確率変数やその期待値、分散、確率分布関数など基本的なことがらの存在が証明されていく。
難しくなるのは第8章の「ウィーナー過程」以降。これはブラウン運動など不確定な物理量で示される現象を時間を変数とする確率微分方程式を使って導く分野だ。この段階での理論は時間パラメーターについて対称的で、分子運動論でいえば粒子と粒子の間の相互作用はないという状況だ。
ウィーナー過程の理論はさらに一般化され「伊藤過程」に発展する。これは確率微分方程式の世界的権威である伊藤清先生によるもので確率微分方程式に含まれる係数関数 μ と σ が、解確率過程 Xt の現在の値のみならず、同過程の過去の値、または他の確率過程の現在と過去の値にも依存している。伊藤先生は本書の著者の恩師でもあるため当時としてはかなり新しいこの理論も紹介されたのだと思う。
ニュートン力学やラグランジュ力学で考えるかぎり、多粒子系の完全弾性衝突は時間的に対称で可逆的なものとなるはずだ。つまり「覆水盆に返る。」ということ。けれども粒子間の相互作用を考慮すると、量子力学による不確定性原理を考慮にいれなくても古典力学の範囲だけでも運動は不可逆なものとなることが知られている。これが「覆水盆に返る。」ということだ。相互作用を考慮した確率微分方程式こそ現実の有り様を反映した伊藤過程であり、現象の不可逆性を説明したり、マクスウェルの悪魔をこの世界から追放してくれるのかもしれない。そんな想像力をかきたててくれるのが本書なのだ。
本書で説明されているウィーナー過程の理論は先日読んだ「量子力学」の巻でニュートン-ネルソン方程式と組み合わされ、確率力学を使ったシュレディンガーの波動方程式を導くためにも使われている。本書を読んだ後そのあたりを復習したのだが、理論の道筋が見事につながっているのでちょっとした感動であった。量子力学の基礎方程式は確率力学とニュートン力学からも導けるのだ。
本書の全体を通じて僕の理解度は9割ほどだった。これまで確率論は敬遠していた分野だが、本書を通じて「確率過程」に興味を持つことができた。
ネットで確率論を学べるサイトを検索したところ、このサイトが見つかった。確率論というと普通はこういうのを学ぶのだが、本書で解説しているのは確率測度をベースとしたより基礎数学の立場の理論的確率論なのでこのサイトのとはかなり趣きが違う。
確率論入門
http://next1.cc.it-hiroshima.ac.jp/MULTIMEDIA/prob/prob.html
むしろ確率過程論をプログラミングによる数値計算演習を兼ねて学習する次のサイトのほうが本書の内容に沿っている。
計画数理演習(確率微分方程式)
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/web.html
このサイトの中でウィーナー過程や伊藤過程も次のページで学ぶことができる。
標準ウィーナー過程
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/node4.html
伊藤過程
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/node5.html
さて、次はこの本を読むことにしよう。
「解析力学:保江邦夫」
今日紹介したのはこちらの本。
「確率論:保江邦夫」
目次
1 確率空間
2 事象と確率測度
3 正規確率空間
4 H定理
5 確率変数
6 確率変数の期待値
7 確率変数の条件付き期待値
8 ウィーナー過程
9 ウィーナー過程の見本径路
10 ウィーナー積分
11 可微分確率過程
12 ハーン-バナッハの拡張定理
13 ルベーグ-スティルチェス測度
14 リース-角谷の定理とウィーナー測度
15 マルコフ過程とベルンシュタイン過程
16 確率微分方程式
17 マルチンゲールと平均微分
18 確率変分学
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僕にとっては保江先生の「数理物理学方法序説」というシリーズで4冊目になる。
この巻についてはタイトルどおり確率論という内容で間違いない。最初の3分の1は確率測度を使った確率論の導出、後半の3分の2は確率過程論。高校までで学習する確率とはまったく違う。確率過程というのは時間とともに変化する確率変数のことであり、ブラウン運動などの粒子のランダムな運動を数学的に記述するモデルとして利用される。
このシリーズ全体を通じていることだが定理や証明の存在はいつもルベーグ測度やヒルベルト空間論によって裏付けられている。確率論にしても同様だ。確率空間をはじめ確率変数やその期待値、分散、確率分布関数など基本的なことがらの存在が証明されていく。
難しくなるのは第8章の「ウィーナー過程」以降。これはブラウン運動など不確定な物理量で示される現象を時間を変数とする確率微分方程式を使って導く分野だ。この段階での理論は時間パラメーターについて対称的で、分子運動論でいえば粒子と粒子の間の相互作用はないという状況だ。
ウィーナー過程の理論はさらに一般化され「伊藤過程」に発展する。これは確率微分方程式の世界的権威である伊藤清先生によるもので確率微分方程式に含まれる係数関数 μ と σ が、解確率過程 Xt の現在の値のみならず、同過程の過去の値、または他の確率過程の現在と過去の値にも依存している。伊藤先生は本書の著者の恩師でもあるため当時としてはかなり新しいこの理論も紹介されたのだと思う。
ニュートン力学やラグランジュ力学で考えるかぎり、多粒子系の完全弾性衝突は時間的に対称で可逆的なものとなるはずだ。つまり「覆水盆に返る。」ということ。けれども粒子間の相互作用を考慮すると、量子力学による不確定性原理を考慮にいれなくても古典力学の範囲だけでも運動は不可逆なものとなることが知られている。これが「覆水盆に返る。」ということだ。相互作用を考慮した確率微分方程式こそ現実の有り様を反映した伊藤過程であり、現象の不可逆性を説明したり、マクスウェルの悪魔をこの世界から追放してくれるのかもしれない。そんな想像力をかきたててくれるのが本書なのだ。
本書で説明されているウィーナー過程の理論は先日読んだ「量子力学」の巻でニュートン-ネルソン方程式と組み合わされ、確率力学を使ったシュレディンガーの波動方程式を導くためにも使われている。本書を読んだ後そのあたりを復習したのだが、理論の道筋が見事につながっているのでちょっとした感動であった。量子力学の基礎方程式は確率力学とニュートン力学からも導けるのだ。
本書の全体を通じて僕の理解度は9割ほどだった。これまで確率論は敬遠していた分野だが、本書を通じて「確率過程」に興味を持つことができた。
ネットで確率論を学べるサイトを検索したところ、このサイトが見つかった。確率論というと普通はこういうのを学ぶのだが、本書で解説しているのは確率測度をベースとしたより基礎数学の立場の理論的確率論なのでこのサイトのとはかなり趣きが違う。
確率論入門
http://next1.cc.it-hiroshima.ac.jp/MULTIMEDIA/prob/prob.html
むしろ確率過程論をプログラミングによる数値計算演習を兼ねて学習する次のサイトのほうが本書の内容に沿っている。
計画数理演習(確率微分方程式)
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/web.html
このサイトの中でウィーナー過程や伊藤過程も次のページで学ぶことができる。
標準ウィーナー過程
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/node4.html
伊藤過程
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/node5.html
さて、次はこの本を読むことにしよう。
「解析力学:保江邦夫」
今日紹介したのはこちらの本。
「確率論:保江邦夫」
目次
1 確率空間
2 事象と確率測度
3 正規確率空間
4 H定理
5 確率変数
6 確率変数の期待値
7 確率変数の条件付き期待値
8 ウィーナー過程
9 ウィーナー過程の見本径路
10 ウィーナー積分
11 可微分確率過程
12 ハーン-バナッハの拡張定理
13 ルベーグ-スティルチェス測度
14 リース-角谷の定理とウィーナー測度
15 マルコフ過程とベルンシュタイン過程
16 確率微分方程式
17 マルチンゲールと平均微分
18 確率変分学
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ご指摘ありがとうございます。おっしゃるとおり伊藤先生の理論は古いです。
僕の書き方が不足していました。「かなり新しい」を「当時としてはかなり新しい」という表現に訂正させていただきました。