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現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二

2014年12月29日 13時51分31秒 | 物理学、数学
現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二

内容紹介:
「多様体」は今や現代数学必須の概念。「位相」「微分」などの基礎概念を丁寧に解説・図説しながら、多様体のもつ深い意味を探ってゆく。
多様体とは何か?数学が抽象化した今日において、それを定義することはむしろ簡単なことである。しかし、現代数学のほとんどすべてが多様体という“場”のうえで展開している、という事実のもつ意味を、定義が教えてくれることはない。多様体の意味に迫ること、それが現代数学を理解する近道なのだ。本書は「位相」や「微分」といった基礎概念を詳しく説明しながら、初学者に寄り添った丁寧な語り口で一歩ずつ、多様体の本質へと近づいていく。図版を多用しつつイメージ豊かに語った、定評ある入門書。 2013年刊行、301ページ。

著者について:
志賀浩二
1930年、新潟県生まれ。東京大学大学院数物系数学科修士課程修了。東京工業大学名誉教授。理学博士。一般向けの数学啓蒙書を多数執筆しており、第1回日本数学会出版賞を受賞。


理数系書籍のレビュー記事は本書で265冊目。

多様体は今や現代数学で必須の概念であるだけでなく相対性理論、量子力学、素粒子物理学、超弦理論などの理論物理学を学ぶ上でも必須である。

大学の数学科では学部後半から大学院で学ぶ多様体の考え方を高校卒業程度の一般読者にもわかるように言葉や図版を尽くして順を追って解説する画期的な入門書である。多様体は入門レベルの教科書「多様体の基礎: 松本幸夫著」で学んでいたが、本書を読んでみてまさに名著と呼ばれている理由がよくわかった。本書は1979年に岩波書店から刊行されていた本が昨年ちくま学芸文庫から復刊したものである。

画像クリックで拡大する。(参照:「大学で学ぶ数学とは(概要編)」)



本書を読む前提として「高校卒業程度」と書いたが、より具体的に言えば高校の数IIIまでの内容と大学の初年度で学ぶ線形代数が必要になる。線形代数が未習の方は本書と同じちくま学芸文庫から出ている「ラング線形代数学(上) 」、「ラング線形代数学(下) 」で学んでおくとよい。これも名著である。またそこまで時間のとれない方は志賀先生の「線形代数30講」をお読みになるとよいだろう。

多様体と聞いても初学者には何のことなのかさっぱりわからないと思う。言葉だけで説明しようと僕は何度も考えてみたが、数式抜きに多様体を説明することに成功していない。ひとことで言えば「多様体とは滑らかで曲がった多次元空間」、「いくつも穴があいていることもある」というわけなのだけどその後が続かない。

本書を読んではっきりとわかったのは志賀先生による本書での説明がいちばんわかりやすく、それ以上のことは数式抜きに説明不可能であることが納得できたのだ。本書で位相空間から位相多様体、そして多様体へと順を追ってイメージ豊かに進む解説をたどるうちに読者は確実に多様体を自分のものとして捉えることができるようになる。「物理数学の直観的方法〈普及版〉 (ブルーバックス):長沼伸一郎」のように直観的な理解を大切にした本なのだ。


本書の流れは「位相空間」→「位相多様体」→「多様体」である。「位相空間」は集合論を使って定義される抽象空間であり本書では「近さの場」であると説明されている。位相空間には距離や座標の概念さえ存在せず、初学者には極めてとらえどころのないものと映るだろう。つまり位相空間は空間というもののルーツを極限までさかのぼって定義される「原始空間」である。座標や次元もないから「形」というものすら存在しない。

そのような抽象的な空間の中にも私たちの直観に合致する最低限の常識的な概念、すなわち「点を含む領域」や「近さ」というものを導入する。その結果導かれる「ハウスドルフ空間(分離公理)」や「ウリゾーンの定理」の段階を経て、この抽象空間は徐々に現実味を帯びてきて私たちが実感できるユークリッド空間の中に置いた「モニター」を通じて観測可能で滑らかな空間、多様体が現れ始めるのだ。抽象空間から計量可能な現実空間が段階を経て生まれてくること、その現実空間に関数や微分、積分など解析学の概念がどのように生じてくるかを目の当りにすることができる本である。これは高校までの数学とはまったく違う現代数学の世界だ。

一般向けの入門書であるから本書で多様体のすべてを学べるわけではない。後述する目次からお分かりになるように学べるのは多様体の「接空間と接束」、「余接空間と余接束」、「射影空間」、「微分構造」、「はめこみとうめこみ」、「ベクトル束」、「ベクトル場」あたりまでだ。「葉層構造」についての解説もあったのには少し驚いた。「ファイバー」や「ファイバー束」については少しだけ触れられている。

入門書とはいっても教科書を超える記述も含められている。1940年以降に発見された多様体をめぐるいくつかの興味深い発見も盛り込まれているのが本書の魅力を際立たせている。4次元以上の高次元空間、高次元多様体のとりうる形というのは私たちの直観を裏切る形で存在していることがわかっており、それぞれの次元で特有の個性を持っている。その奇妙奇天烈な世界の解明は始まったばかりなのだ。

奇妙奇天烈な世界の例として本書では7次元球面における「エキゾチックな球面」や「ホイットニーによる埋め込み定理」、「アダムスの定理」など高度な話題も解説している。ふつう教科書は証明可能なことだけ載せるので、このように超難解な事柄が入門レベルの教科書で詳しく解説されることはまずないのだ。


実をいうと本書は次に紹介しようと思っている「カラビ-ヤウ多様体」について解説している科学教養書の準備として読んだのだ。(その本の紹介記事はこのリンク)一般読者レベルでも多様体のことを知っていればその本が理解しやすいとアマゾンのレビューに書いてあったからだ。その本を読むのも楽しみだが、差し当たり今回の「現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二」にも大満足である。本書を終えてもっと本格的に学んでみたい方、位相空間や位相幾何学(トポロジー)にも興味がでてきた方は、以下の関連記事で紹介した本をお読みになるとよいだろう。

なお、本書前半の位相空間について教科書レベルより易しい本をご希望の方には志賀先生の「数学30講シリーズ」のうちの「位相への30講」を、後半の多様体については「ベクトル解析30講」をお勧めしたい。


関連記事:

多様体の基礎: 松本幸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a372a9ed92d55474cdbbb707922dc353

具体例から学ぶ 多様体:藤岡敦
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c4be60f615dd45e67aa39e1d8d41e8ab

はじめよう位相空間:大田春外
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/98d355dcb790031607d752984929fe3d

解いてみよう位相空間:大田春外
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/008e49c402513499938c41f8e7083d7a

位相への30講:志賀浩二著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c474251f13ab5f1cb6468c18f809fd07

幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/22be602fe4cee385a9939c0869c511eb

エキゾチックな球面: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b3f1abb0ae2b139d53580261b22b9c87

トポロジーの世界: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bae2cc71e524efff59ce2e11aa41e2c1

トポロジー―基礎と方法: 野口廣
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/800644c256bbf68263b1d87928a43e11

増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5


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現代数学への招待:多様体とは何か:志賀浩二



はしがき

第1章:自由な世界へ
- 実数から高次元の世界へ
- 球面を中心として
- 座標について

第2章:近さの場(位相空間)
- 距離の概念
- 近さの概念
- 位相空間から実数へ向けて
- 位相多様体

第3章:微分について
- 微分の意味
- 変数の多い場合
- 写像と微分

第4章:滑らかな場(多様体)
- 微分性を保つ写像
- 多様体の定義
- 多様体の例
- 多様体の実現

第5章:動き行く場
- 微分すること
- 接空間から接束へ
- 接束からベクトル束へ

あとがき
文庫版あとがき
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6 コメント

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多様体の説明 (hirota)
2014-12-30 12:40:28
一言で
「曲がった空間」or「歪んだ空間」
じゃダメ?
追加説明で「局所を拡大してみると平らな空間(ユークリッド空間)で近似できる」とか、その平らな空間を「接空間」と言うとか。
さらに詳しくするなら、接空間はベクトル空間だとか、多様体の各点にある接空間に1つづつベクトルを決めてベクトル場とか…
返信する
Re: 多様体の説明 (とね)
2014-12-30 13:04:10
hirotaさん

コメントありがとうございます。数式アレルギーの人に対しては「曲がった空間」、そして「それは一般的に多次元のこともあるし、穴が開いていることもある。」のような説明で十分伝わりますね。
あと、追加説明のところも図版を尽くして説明すればなんとか意味が伝わるような気がしてきました。もっとも僕は図を描くのが極端に苦手ですが。。。
返信する
Unknown (ふくちゃん)
2015-01-25 22:46:21
>入門レベルの教科書で詳しく解説されることはまずないのだ。

ホイットニーの埋め込み定理については、
共立出版から出ている
『特異点の数理1 幾何学と特異点』
の第2部に証明付きで載っていますよー。
扱ってる題材はやや偏ってる気もしますが、
この本は「入門レベルの教科書」と呼んでもそれほど間違いではないと思います。

返信する
ふくちゃんへ (とね)
2015-01-26 09:32:06
ふくちゃんへ

貴重な情報を教えていただき、ありがとうございます!
この本ですね。

特異点の数理〈1〉幾何学と特異点
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/432001670X
返信する
証明なし (アルキメデス)
2015-09-30 10:51:32
この本を四年のとき読んでいたら

院生の人に
「証明のないやつね」

とちょっとバカにされた思い出が

あの時代言葉でここまで書けた抜かんでた本であり

試みだったように思いますね
返信する
Re: 証明なし (とね)
2015-09-30 12:02:07
アルキメデスさん
その院生の方はこの本の意図を理解していなかったのですね。自分の能力を自慢する人、他人をバカにする人はどこにもいますから気にしないで流したほうがいいですね。
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