とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

多様体の基礎: 松本幸夫著

2010年01月25日 22時55分45秒 | 物理学、数学
多様体の基礎: 松本幸夫著」(Kindle版

この記事ではあえて「多様体」と聞いてもまったく何のことか想像できない方に対して説明を試みてみよう。というのも数学や物理を専攻している読者にとっては「多様体」の意味はわかりきっているだろうし、教科書を手にとってみればすぐわかるはずだからあえて僕が詳しく説明する必要もないだろうから。初心者向けの説明なのでかなり正確さが犠牲になることはご容赦いただきたい。詳しい正確な解説はウィキペディアの記事を読んでほしい。

多様体(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%A7%98%E4%BD%93


位相」や「多様体」などは大学3年あたりから学びはじめる内容で、抽象数学がはじまるのもこのあたり。抽象数学なんて聞くと難しくてわかるわけないと思われるだろうが、「抽象芸術」や「現代芸術」などがわからないのとは全く別だと僕は思っている。

まず「多様体」とは空間に浮いた透明でふにゃふにゃしたオブジェを想像してほしい。表面はつるつるでなめらかなのがよい。そしてその表面や内部には方眼紙のように座標軸と目盛が刻まれている感じ。そのオブジェは3次元であっても2次元(平面や曲面)であっても1次元(直線や曲線)であってもよい。実は3次元だけじゃなく4次元以上であってもいいし、5次元、6次元、...、無限次元であってもいいのだ。(視覚的には想像できないだろうけど。)その多様体に刻まれている座標軸は直線でも曲線でもよい。何でもありなのだ。素人向けの「多様体」のイメージはこのようなものである。

さて、このような摩訶不思議なとらえどころのない「物体(?)」を数学で定義していったい何の役に立つのだろうか?

学校ではある量と別の量との間の関係をグラフにして調べることを習う。変数Xと変数Yを横軸と縦軸にとった方眼紙に直線や曲線を描いたり、円など図形を描たりするわけだ。XとYの関係を関数で表せばそれを微分してそれらの変数の変化を表すことができる。微分とは何かの値(たとえばX)をちょっと変えたとき、影響される値(ここではY)がどの程度変化するかを計算する方法だからである。また微分は曲線の接線を求めるときにも使う。

実はこれが2次元のときの多様体の一例なのである。変数が3つあれば3次元グラフが必要で、4つあれば4次元というようにいくらでも拡張が可能なのだ。(4次元以上は想像するしかないけれども。)また方眼紙の目盛りは直線でなくてもよい。目盛りの刻みも自由自在。微分の法則は多次元でも成り立っているのだ。そして曲線に接線が考えられるように多様体にも接線(正しくは接ベクトルと言うのだが)を考えることができる。

物理や数学で自然現象を扱うとき、何かの量と別の量の関係を求めることが大切だ。そして複数個の量と複数個の量との関係を求めるのが一般の場合である。かなり多くのケースをこのアプローチでカバーできるだろう。たとえば m個の変数とn個の変数の場合はどうやって求めたらいいだろうか?

この場合はm次元の多様体 M とn次元の多様体 N を想定し、多様体Mの中の点をひとつひとつ多様体 N の中の点に対応付ければよい。集合論ではこれを「写像」と呼ぶし、変数として扱う立場からはこれを「関数」と呼んでいる。多様体Mの中の点が少しだけ動けば対応する多様体Nの中の点も少しだけ動く。これが「連続写像」であり「連続関数」だ。3次元の球の内部の点を2次元の円に写し、対応する点の間の位置関係を求めるようなものだ。

多様体で大切なのは「微分できること」である。多様体を微分すると同じ次元の多様体が作られ、もう一度それを微分するとさらにもうひとつ同じ次元の多様体が作られる。そもそも多様体とは「微分可能多様体」の略称である。微分可能なためには多様体の中の点どうしが滑らかにつながっていることが必要である。

微分すると別の多様体ができることがイメージするのがわからなければこう考えるとよい。時間によって連続的に変わる位置ベクトル x(t) はもともと3次元ベクトル、つまり3次元空間に存在する多様体である。(相対論的に時間を1次元として考えれば4次元多様体である。)それを時間変数tで微分すれば 速度ベクトル v(t) という3次元の多様体が作られるわけだ。もう一度微分すれば加速度ベクトル a(t) という3次元多様体になる。

アインシュタインの一般相対性理論では天体の質量によって曲げられる時空の4次元空間を想定し、その空間の幾何学はリーマン幾何学という数学理論をベースとしている。リーマン幾何学は4次元のリーマン多様体のもつ幾何学のことであるから、相対性理論にも多様体は重要な数学的裏づけを与えているのだ。もっと正確に言えば多様体に「距離」の概念を取り入れたのがリーマン多様体である。(一般の多様体は距離の概念は持たず、ゴム膜のように伸び縮み可能な位相空間なのだ。)

このように多次元の架空のオブジェを座標を持ったグラフのように想定し、そこに成り立つ変数の定量的な関係を微積分の方法を厳密に導入したのが多様体である。そして多様体から座標を取り払って伸縮自在にしたのが「位相幾何学(トポロジー)」であり、多様体の微分の概念をさらに一般化した微分形式を使って発展させたのが「微分幾何学」なのである。多様体に設定する座標は自由自在だ。どのような座標を採用しても変わらない普遍的な多様体の構造や性質を明らかにしていくことが、多様体があらわしている物事の本質を明らかにし、その先の数学への道を開くことにつながっていく。「位相」や「多様体」が現代数学の出発点と位置づけられるのはこのようなわけなのだ。

数学の中での多様体の位置づけはこちらを参照いただきたい。
http://www.netlaputa.ne.jp/~hijk/memo/topology.html

初心者向けの解説としてはこのような感じになるだろう。高校生や大学1年レベルでいきなりこの本を読むのは無理だろうが、目標を高めに設定して勉強を進めれば将来きっと理解できるはずである。上のような説明で多様体というものが抽象芸術や現代芸術のように素人に理解不能なものでなく、少しはイメージできるようになってもらえれば僕としてはこの記事を書いた意味があったというものだ。

さて、この「多様体の基礎: 松本幸夫著」であるが、年明けから読み始め今日読み終わった。アマゾンのレビューにあるとおり多様体の入門書としてはこれに勝るものはないだろう。(といっても僕はまだこれしか読んでいないが。)

とにかくわかりやすかった。数学の教科書でこれほど読んで楽しい本は稀なことだ。僕はこの本を読んで一気に松本先生ファンになってしまい、他にも先生の本を2冊注文してしまったくらいだ。

この多様体の教科書が読めるための前提知識としては「位相」、「座標変換」、「偏微分」、「ベクトル解析」あたりを終えておくとよい。これまで別々に学んできたベクトル解析や偏微分、ストークスの定理など微分に関係する計算方法の間に統一された形での数学的裏づけが与えられ、多様体理論の深さを実感できることであろう。

多様体の基礎: 松本幸夫著」(Kindle版


松本幸夫先生の紹介ページ:
http://www.math.gakushuin.ac.jp/Staff/matsumoto_pr.html

より専門的に深く多様体を学んでみたい方には以下の「多様体入門: 松島与三著」をお勧めする。こちらも有名な教科書である。同じような配色の表紙であるが、こちらのほうがずっと難しい本だ。

多様体入門: 松島与三著


多様体の基礎: 松本幸夫著」(Kindle版):目次

まえがき

第1章:準備
- 多様体とは
- m次元数空間
- ベクトル空間
- 連続写像とC~r級写像
- 位相空間

第2章:C^r級多様体とC^r級写像
- 多様体の定義
- C^s級関数とC^s級写像

第3章:接ベクトル空間
- C^r級写像の微分
- 写像の局所的性質
- 射影空間

第4章:はめ込みと埋め込み
- はめ込みと埋め込み
- 埋め込み定理
- 1の分割
- 正則点と臨界点

第5章:ベクトル場
- ベクトル場
- 積分曲線

第6章:微分形式
- 1次微分形式
- k次微分形式
- 外微分とストークスの定理

付録A:Dp~r(M)とTp(M)の関係

付録B:射影平面P^3がR^2に埋め込めないことの証明


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お久しぶりです (EROICA)
2010-01-29 20:57:05
 とねさん、こんばんは。EROICAです。

 私のブログも復活させました。

 ところで、遂に「多様体の基礎」を読みましたね。
 私が以前推薦した通り、読みやすかったでしょう。それに、一般相対性理論の理解も深まったのではないですか?

 ところで、この投稿の中で、微分が考えられるものだけが多様体だ、というのは、言い過ぎな気がします。位相多様体というものがあるからです。

 むしろ、位相多様体を考えるのが、トポロジーの大きな役割だと思います。

 まあ、とねさんは分かっていて敢えて曲げて書いたのでしょうけど。

 これからもよろしく。
返信する
EROICAさんへ (とね)
2010-01-29 21:17:37
大変お久しぶりです!

これはEROICAさんにご紹介いただいた本だということを思い出しながら読み進めていました。そちらのブログは長い間閉鎖されていたのでとても心配していましたよ。あれほどたくさんの記事を書かれたのに全部無くなってしまったのだろうかと。。。ともあれ復活できたのは何よりでした。年末年始はいろいろあってネットどころではなかったため、つい10日ほど前にEROICAさんのブログが復活しているのに気がつきました。

> まあ、とねさんは分かっていて敢えて曲げて書いたのでしょうけど。

実はわかっていませんでした。(^v^);
これを機会に今年はこのあと微分幾何やトポロジー系の本など数学の本からはじめてみます。

それにしてもこの教科書はわかりやすく、楽しく読めました。数学の教科書でこういうのってすごく珍しいですよね。僕のブログらしくあえて素人向けの記事にしてみました。専門的なブログは他の方が書いていらっしゃるので、僕はこれからもこちらの路線で記事を書くことにいたします。

多様体の教科書については松島先生の本も手元に届きましたが、こちらは難しそうですねぇ。(笑)頑張ります!
返信する
お久しぶりです (あらかわ)
2017-01-02 13:47:06
あけましておめでとうございます。
この記事がこちら
http://qiita.com/HirofumiYashima/items/c1d6de78062fd24139c0
に引用されていました!
返信する
Re: お久しぶりです (とね)
2017-01-02 14:15:20
あらかわさん

お久しぶりです!中華街で食事をご一緒したのは何年前でしたっけね?
AIの研究のページにも多様体入門の書籍紹介の記事が引用されていたのですね!
情報幾何系の本はあと、このような記事も書きました。有名な先生の本ですね。

脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす:甘利俊一
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/55335818aa47b1227eebc6b73c346960

機械翻訳もそうですけど、AIの分野の今後の進展が楽しみです。いろいろ分野別に開発・進化していくのでしょうね。

話は少しずれますがJoan Bresnanの「語彙機能文法」の分厚い教科書がKindle版で買えるようになっていることに気が付きました。懐かしい本ですね。
http://urx3.nu/AHdt

今年もよろしくお願いします。
返信する
Unknown (幾何学大好き)
2020-09-06 01:21:57
突然のコメント失礼します。
時々レビューを拝見させて頂き参考にさせて頂いております。
質問なのですが、
「多様体を微分すると同じ次元の多様体が作られ、もう一度それを微分するとさらにもうひとつ同じ次元の多様体が作られる。」とはどういうことですか?

多様体の基礎にはそのような記述はなかったと思います。

多様体Mの線形近似と言われる接束のTMは元の多様体Mの二倍の次元を持ちますし、上の話とは関係ないのかなとも思います。

不躾で申し訳ありませんが、
ご教授頂ければ幸いです。
返信する
幾何学大好きさんへ (とね)
2020-09-10 11:26:22
幾何学大好きさんへ

返信が遅くなり申し訳ございません。コメントが入ったときの通知に使っているgooブログのスマホアプリの仕様が変わり、通知に気がついていませんでした。

「多様体を微分すると同じ次元の多様体が作られ、もう一度それを微分するとさらにもうひとつ同じ次元の多様体が作られる。」とはどういうことですか?

についてですが、本書にこの文面が書かれているわけではなく「多様体は微分可能である(多様体は可微分である)」ことを自分なりの表現で書いたものです。それほど高級なことではなく、次の意味です。

1次元の曲線 y=f(x) は1次元の多様体です。それをxで繰り返し微分した y'や y''などのn次導関数であらわされる1次元の曲線も1次元の多様体です。

2次元の曲面 z=f(x,y)は2次元の多様体です。それをxやyで繰り返し微分した z'や z''などのn次導関数であらわされる2次元の曲面も2次元の多様体です。

3次元の曲がった立体 u=f(x,y,z)は3次元の多様体です。それをxやyやzで繰り返し微分した u'や u''などのn次導関数であらわされる3次元の曲がった立体も3次元の多様体です。
4次元以上でも同様です。

> 多様体Mの線形近似と言われる接束のTMは元の多様体Mの二倍の次元を持ちますし、上の話とは関係ないのかなとも思います。

はい、上の話は接束のTMの次元とは関係ないです。
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