事故当日の高知県警白バイ警察官たちの行動記録はどこにある?
高知白バイ事件について被告・弁護側でどれだけの証拠収集をしたのか知りたい。
地検で片岡さんが事故現場の写真を見せられたのは事故があってから8か月後だった、ということのようだが、その間の8か月間に片岡さんや弁護側はどんなことをされていたのだろうか。
事故態様のことはまったく念頭になかった、ということのようだが、検察庁に送致する前に警察の調べがあったはずだから、警察の調べに対して片岡さんはどんな風に対応されていたのかを知りたい。
一審の裁判所は、片岡さんの警察の証拠捏造疑惑を示唆するような口吻に対して、マスコミや公衆の面前で警察官が証拠の捏造をするようなことは考えられないとして警察の証拠捏造疑惑を一蹴しているが、さて、警察官やマスコミが事故現場に到着した時刻はいつだったのだろうか。
事故が発生した時刻は14時34分らしい。
救急車が事故現場に到着したのが14時42分で、出発したのは14時48分だという説明だ。
実況見分の開始が14時55分で、片岡さんが逮捕されたのが15時04分だという。
私が見たテレビ局の映像では、複数の警察官が転倒したバイクを起こすシーンが映っていたが、あのシーンは、いつ誰が撮影したものだろうか。
いくつかの写真が出てきているが、片岡さんがバスに乗車している姿を映した写真がある。
転倒した白バイが映っているから、実況見分開始後片岡さんの逮捕までの間(14時55分jから15時04分の間)に撮った写真だろうと思われるが、事故の発生時刻が14時34分だとすると、なぜ片岡さんが事故の直後にバスを降りて被害に遭った白バイ警察官の救出に向かっていないのかが分からない。
どうも、事故直後の事件関係者の動きがよく分からない。
交通事故を起こしたら、バスの運転手は普通は車を降りるはずである。
誰が救急車を呼んだのか。
誰が警察に通報したのか。
救急車の出動記録や警察官の出動記録を見てみたいものだ。
片岡さん側は、片岡さんが運転席に座っている写真は合成されたものだと言っている。
事故が起きて動転したはずの片岡さんは、事故直後にバスを降りたはずである。
事故を起こした本人が漫然とバスに乗車していた、とは考えにくい。
片岡さんが一旦バスを降りてもう一度バスに乗り込んだ事実があるか。
実況見分をするために警察官がバスから降りた片岡さんにバスに乗って運転席に座るように指示した、ということはあり得ると思うが、事件記録を見ていないので何とも言えない。
さて、死亡した白バイ警察官は単独で事故現場に差し掛かったのだろうか。
白バイが単独で行動することもあるとは思うが、もし公道での追走訓練の一環としての走行だったら、事故現場付近には死亡した白バイ警察官以外にも白バイ警察官がいた、と考えるのが自然である。
警察官たちはいつ事故現場に到着したのだろうか。
救急車よりも警察官の到着が早かったのだろうか。
最初に事故現場に到着した警察官はどこの警察署の誰だったのだろうか。
一人だったのか、それとも複数だったのか。
その警察官たちはどこから事故現場に急行したのだろうか。
公道で100キロ近くの猛スピードで違反車両の追走訓練をしていたはずだ、と主張するのであれば、高知県警の白バイ警察官全員の事故当日の勤務状況を証する証拠の確保を検討するはずだ。
そういうことを実際にやったのかどうか、ということが私には分からない。
再審弁護団や支援者の方々は、多分、このあたりのことは十分検討してこられているはずだ。
分かっておられることがあれば教えていただければ幸いだ。
どこかのブログのコメント欄の何番を読め、と言われても多分読まないままに終わると思うので、お手数だがもう一度繰り返し教えていただければ幸いだ。
保冷所さんの解説は分からないでもないが、しかしやはり釈然としないところがある。
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