明智光秀。
日本人なら誰でも知っている有名な戦国武将の一人。
織田信長の有能な家臣の一人とし活躍しましたが、天正10年(1582年)6月2日の「本能寺の変」で、主君・信長を討ち滅ぼします。しかしその後、豊臣秀吉によって打ち負かされ、落ち延びたところを落ち武者狩りにあって最期を遂げます。
この有名なエピソードから、「謀反人」「反逆者」「裏切り者」などの代名詞みたいに言われることも多い人物ですが、この人物の首塚が京都市内に、しかも三条近くの住宅地の中にあることを聞きつけ、訪れてみました。
まずは、いつものとおりにアクセスから。
京都市営地下鉄の東山駅。
一番出口と二番出口とがありますが、いずれから出ても、そこから三条通を少し東へ進みます。
あるいは、東山三条の交差点(京都市営バスなら東山三条停留所が最寄り)から、東へ進みます。
三条の白川橋。
名前のとおり、白川にかかる橋です。
この橋から、白川沿いの東側の道を南へと下っていきます。
ご覧の通り、いくつかの小さい橋がかかり、また両岸には柳の木が並んでいます。
ここでちょっと余談。
現在では白川を流れる水はきれいに澄んでいますが、1960年代頃まではここで友禅染めを洗う作業が行われていたために濁っていたそうです。
私が生まれる前のことなので、実際に目にしたわけではないのですが、当時の様子を知る人の話では、白川の水が染料によって様々な色に染まっていたという凄まじい状態だったとか。
もうひとつ余談。
「知ったかぶりをすること」や「熟睡していて何も知らないこと。何も気がつかないほどよく寝入っていること」を「白川夜船(しらかわよふね)」といいますが、その言葉の由来はここ白川から来ているそうです。
京都を見てきたふりをしていた人が、京都の白川について聞かれたところ、「夜、船で通ったから知らない」と答えて無知がばれたというエピソードから来ているそうです。
確かに、浅くて川幅も狭く、しかも桁の低い橋がいくつもかかっているのですから、船で通るのはまず無理です。
話を戻します。
しばらく白川東岸の道を何かしていますと、「餅寅」という和菓子屋さんが見えてきます。
この和菓子屋さんの横から出ている小さな横道の奥に、目指す首塚があります。
「餅寅」さんの横に建つ「明智光秀墳」の石碑と案内標識です。
ちなみにここでは「光秀まんじゅう」というお菓子を売っているそうです。
ただ訪れたのが夜だったので、店が閉まっていて食べられませんでした。
そこが残念。
「餅寅」さん横の小さな路地を進んでいきます。
見えてきました。
光秀の首塚です。
まずは、祠にお参り。
この中には明智光秀の木像と位牌も納められています。
敷地内に立つ、この五輪の石塔が首塚だそうです。
どなたかがきちんと管理されているようですね。
この首塚には、「首から上の健康にもご利益がある」とも言われています。
最初光秀の首は、粟田口の刑場(日ノ岡)に晒された後、栗田口黒谷に埋められましたが、明和8年(1771年)年に光秀の子孫と名のる人物が、石塔を自宅(現在地の東)へ移して菩提を弔ったとも言われています。
さらに明治維新後、現在地に移されたそうです。
ただ、この首塚や明智光秀の死に関しては、謎や異説なども多いようです。
まず光秀の首塚ですが、ここ以外にも、亀岡市猪倉の清滝山谷性寺と、京都府宮津市喜多の盛林寺にもあるそうです。
明智光秀は阿修羅やキングギドラみたいに三つの首を持っていた……などということはないでしょうから、本物はいずれかのひとつしかない。あるいは、3つとも違うのでしょうか?
もっとも、「菅原道真生誕の場所」や「小野小町終焉の地」とか称する地が複数あるなど、歴史や伝説上の有名人にはこうしたケースは少なくないのですが。
あるいは、徳川家康のブレーンをつとめた天台宗の僧・天海と同一人物であるという説もありますが、こちらも真偽のほどはわかりません。
また、本能寺の変の真因についても「怨恨説」「野心説」「恐怖心説」「秀吉・家康の陰謀説」「朝廷・室町幕府の陰謀説」から「イエズス会黒幕説」など様々な説があります。
それと謎というわけではありませんが。
「裏切り者」のイメージで見られることの多い明智光秀ですが、家族を愛した人物であったとか、茶道や和歌などに優れた教養人であったとか、善政をしいた領主としても知られたという側面もありまず。亀岡や福知山など光秀が領主として治めていた土地では、現在でも光秀を慕う人たちがたくさん居ます。
明智光秀や織田信長の例を見ても、「人物や物事の評価とは、見方や立場によって様々である」ということを感じさせられます。
もしかしたら、「光秀の首塚」なるものが複数あることとか、「天海(実は生きていた!)説」があることには、こうした光秀を慕う人々の判官贔屓みたいななかろうか。
そんなことも考えてしまいました。
それでは今回はここまで。
また次回!
*京都妖怪探訪まとめページ
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