感動は命の肥し

曇りなき眼で、物事を見つめるなら必ずや真実を見極めることができる。覚醒の時を生きた記録として。

前代未聞の大騒動、人は自然の前に無力だ。

2020-03-19 | 日々思うこと

門限が8時になって今日で3日目、生活に必要な品物を扱う店以外はシャッターが下り、空いているスーパーも午後6時にはどこも店じまいをする。

どんな時にも個人の自由を主張し、好きな事をして好き放題生きてきた私達人間が、いとも簡単に、自然の力の前にどうする事もできず、人は自分を見失い買いだめに走り、政治家は何とかこの感染拡大を押し留めようと四苦八苦している。経済も経済だが、いつかは時間をかけて取り戻すことができるが、失った命は戻ってこない。多くの命が失われている。今日はイタリアで1日の死亡者数が400人を超えたと言う。医療の発達で寿命が延び、癌になったからと昔ほどには恐れなくても済む、そんな時代になってもなお、初めてのウィルスの出現の前に世界中が混乱している。自然の驚異には歯向かうすべがない。

無力だ、私自身も無力極まりない。

毎日3食作らねばと、米も肉も魚も冷凍食品もいつもになくたくさん買い込んだ、にもかかわらず、

1日3食自炊での生活、結構続かない。

ということで、今夜はテイクアウト。

冷蔵庫の中には買いだめした食材がたくさん入っているのに、作る気力が…。材料がありすぎて何をつくったらいいのか、集中して考えられないのがいけない。普段は、スキスキの我が家の冷蔵庫が、こんなにものが入ってるのだから調子も狂う。結局、肉や魚がいっぱいあるのにも関わらず、子供はテイクアウトで、私ら夫婦は蕎麦を食べる。

レストラン事業が大変なことになっている、と聞く。ニューヨーク、ジュージャージー、コネチカットの3州は合同で、娯楽、外食産業を昨日から無期限閉店するようにと指示を出した。ニューヨークだけがそうしてもニュージャージーに行って騒ぐだろうし、ニュージャージ―からニューヨークに行って騒ぐこともできるから、毎晩街に繰り出し、夜の生活を楽しむ若い世代やビジネスマンたちが、逃げ道を作る事ができないようにとの処置であろうことは明白。それに輪をかけて、今度は、家庭のパーティーも禁止だと言い出す。集まるな、社会的距離を保て、若い人が菌をばらまく可能性が大きいんだ、集まらないことが、家に留まる事が、自分の大切な人達、両親や祖父母の命を守る事になるのだと、ガバナーたちがテレビを通して毎日のように市民に訴えている。そうすることが難しい人達の何と多い事か。こうするしかなかった理由があるわけなのだ。

イタリアの二の舞になってはいけない、が、まるで口癖のように。

イタリアの状況を反面教師として、イタリア人も含む人種のルツボであるアメリカは、日本や韓国、中国のようなわけにはいかないと言う事は想像がつく。個人主義の国だからね、自制心があまり育ってない。

でも、良いところもある。人助けの精神は、長けてる。人目など気にしない。良い人ぶってなどとは絶対思わない。躊躇することなく人助けをする。それを、無理に隠さない。あからさまにする。それで世間を明るくする一役を担う。コロナの感染者数や死者のニュースと並行して流れるのが、善行を行う市民のニュースだ。アメリカらしい。

色んな人が混じって暮らすから、全体で見たいな、国の為に見たいな、団結してみたいな、そんな事には、少々なりにくい。それが、今回のコロナの騒動に影響をするかもなとも、思う。アジアの国々のようにはいかないと言う事だ。

しかし、だからこそ、国が地方の政治が取る極端なまでに大胆なコロナ対策は、「ここまでするのー」状態である。が、こうせざるを得ない国民の性質があるのだ。国が責任を持って頑張ってるので、私達もそれに従い、力を合わせ、助け合いながら乗り切らなくては!

レストランでテイクアウトをし、その時にチップを多めに払って、それぐらいしか今はできないけど…。

食料や家庭備品も、買い占めをせず自分に必要なだけ購入する。知り合いの様子を時々はたずねてみたり、家族の為に美味しい食事を作ってあげる事もそうだし。何よりも、指示に従い、おとなしくしてることが第一、ジタバタしても始まらない、素直になって、嵐の過ぎ去るのを待つしかない。自然の前にはなす術がない。

近所のスーパーの紙売り場。完璧に空っぽです。トイレットペーパーだけならわかるけど、どうしてキッチンタオルやティッシュボックスまでなくなってしまうんだろ。


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