花咲けるスホ

2014-08-28 | Fairy tale
ジュンミョニヒョンからは、花の、甘い香りがした。

そして、指先から、白い花が、こぼれる。

そんな現象を初めて見たときは、信じられなかった。

なにかの見間違いだと思おうとしたが、食事時で、メンバー全員が、見ていた。

パンに手を伸ばし、それに触れた瞬間、白い指先から、白い花がこぼれた。
白い花は次から次へと零れ落ち、食卓に残され、言い訳を受け付けない証拠として残った。

その日から、ヒョンは、だんだんと食べ物を摂取しなくなっていった。
もともと細い体から、みるみるうちに肉が落ちていき、ますます白い肌は、その白さを際立たせていった。
皆が心配して、病院へ行こう、と言っても、スケジュールの過密さがそれを許さなかったし、珍しく、ヒョン自身がそれを拒んだ。

そんなある日、Mのメンバは中国での仕事のため、俺らだけが宿舎にいた夜、家族会議のため、みんなで集まっていると、
「ヒョンが、いくら起こしても起きません」
セフナが青い顔をして降りてきた。
「起こし方が悪いんじゃないの」
ジュンミョニヒョンが毎晩の「家族会議」に降りてこないんて、有り得ない。
「ちゃんと起こしました、それに、息をしてません」
「それを先に言え!」
皆、一斉に階段を駆け上がった。
そういえば、最近、ほとんど水しか飲んでいなかった、
いつも白い肌が、よけい白く、透き通ってきていた。
嫌な予感しかしない。
ドアを蹴破る勢いで、皆がなだれ込む。
その先のベッドで、横たわるヒョンは、いつもと変わらないように見えた。
皆で口々に名前を呼び、体を揺さぶる。
ぴくりとも動かないヒョンに、苛立ちより、恐怖を覚える。
触れる肌は、柔らかく、ひんやりしている。
唇だけが、赤かった。
「だれか、救急車…」
かすれる声で言ったのは、ベッキョンだったか。
「…だめだ。」
瞳に涙をためながら、首を横に振るジョンインは、駄々っ子のようだ。
「どうして?」
そうたずねる俺の腕を、何も言わず掴むその手は、かすかに震えている。
理由なんてないんだな。ただ、ヒョンをどこにもやりたくないんだ。
その気持ちは、みな、同じだけれど。
どうしたもんかと俺が迷っていると、
「息はしてます。」
と、ギョンスが冷静に言う。こういう時のギョンスの冷静さは、本当に助かる。
「でも、こんなに起きないのは、おかしい」
逆に、いつもおちゃらけてるベッキョンの動揺は、このことが尋常じゃないことをよく表している。
そうだ。普通では、ない。こんな周囲が騒がしい状況の中、眠っていられるなんて。
疲れてるから、では説明がつかない。
セフンが、必死の形相で携帯の画面を見つめてる。なにか病名が当てはまらないか探しているのか。
とにかく、息はしている。朝まで様子を見よう、ということになった。
ジョンインがヒョンの枕元に座り、ギョンスは足元に、ベッキョンは少し離れた床に座り、俺はドアに背をもたれて、セフンはヒョンの横に寝そべって、みんなまんじりともせず、夜明けを待った。

窓の外が明るくなってきた。
セフンが起き上がる。
それと同時に、ヒョンの声が聞こえた。
「みんな、どうしたの?」

その日から、ヒョンは、夜明けと共に目覚め、日が沈むと眠りにつくようになった。
そう言うと当たり前のようだが、それは恐ろしいことだった。
急に糸が切れたように眠りが襲うのだ。
昨夜なんて、ジョンインが後ろで支えなかったら、したたか床に体を打ち付けていただろう。
ジョンインが頭を、俺が足を持って、ベッドに運んだが、その軽さに驚いた。
「何も食べていないから…」ジョンインが涙ぐむ。
それが一番の問題だった。

皆で集まって、話し合っていると、レイヒョンがこんなことを言い出した。
「昔、こんな話を聞いたことがある。
花を食べた人間が、その花に体を乗っ取られていく話。
今のスホヒョンは、まさにそんな感じじゃないかな。」
そういえば、と、ギョンスが何かを思い出したように言葉を継いだ。
「いつだったか、ヒョンと一緒にレストランで夕飯を食べたとき、ヒョンはサラダを頼みました。そこに白い花が飾ってあって、あの人はそれも食べてしまって…」
まさか、という思いと、それか!という思いが交錯していく。
「乗っ取られる、って、どういう意味?」
セフンが眉間に皺を寄せながら、独り言のようにつぶやく。
「体がその花のサイクルになっていくし、その花が枯れてしまう時期になると…」
レイヒョンが最後まで言い終わらないうちに、
「そんなことさせない!」と、だれかが叫んだ。
ジョンインの声だったか、タオの声だったか。
でもそれは、全員の思いでもあった。

コンサートの心配をしてるどころじゃない。

けれど、どうしたらいいのか、まったく見当もつかない。

起きている間のヒョンは、いつもと変わらず優しくて厳しかった。
そして、儚いような美しさが増して、それが俺たちを恐怖させた。

ヒョンの指先から零れる花は、相変わらず甘く美しかったけれど、その量がだんだん少なくなってきているのは、喜ぶべきか、しかるべき時期が迫っているのかわからず、焦りだけが蓄積されていく。

凄い勢いでドアを開ける音と共に、サワサワと葉ずれの音がして、部屋いっぱいに緑の匂いがたちこめた。
「ジュンマホ、これ、食べて!」
タオの声が宿舎いっぱいに響いた。
「なんだ、これ?」
「笹だよ!」
始めはタオがふざけてるのかと思った。
けれど、レイヒョンやルハニヒョンの真剣な顔が、冗談ではないことを物語っていた。
「さっき、花が咲き終わったばかりの竹を、やっと見つけたんだ」

嫌がるヒョンに、皆で無理やり竹を食べさせた。
やれ、水で飲み込め、もう一枚食べろ、と大騒ぎで。

「きっと、これで、花が咲くのは、とりあえず60年後だから。」

セフンとタオとジョンインが、ヒョンの首に我先に抱きつく。
それから次々に、みなが抱きつき、ヒョンの姿は埋もれてしまった。
俺とベッキョンは、後ろで静かに笑い合った。


今、ジュンミョニヒョンからは、青い笹の香りがする。











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