熊野醉軍

天に導かれるままに、旅紀行を綴っていきまする。

フォトはクリックすると大きくなります。

17 Apr 2006 高野山19

2008-11-23 14:37:11 | 近畿(和歌山)
金剛峰寺4

 さて、渡り廊下を渡って少し奥へ行く途中、脇にちょっとした庭があったのでそこで激写!




 おっと、我々と同時に入ってきた外国人の兄さんが座って浸ってますねえ・・・・ 静なる美がわかりまするか????



 どうでもいいけど、もうすこし、チケット買うところわかりやすくするとか一番手前にするとか考えろよ、金剛峰寺。英語は通じへんし、迷ってはったやろ。まあ、私が教えましたが・・・・

17 Apr 2006 高野山18

2008-11-23 14:37:03 | 近畿(和歌山)
金剛峰寺3

Prohibited photographing!!!
But ..... why..... Why don't you write "撮影禁止" in English so that foreign tourists can read it????? All foreign tourists have taken photos if they have cameras..... I feel that you are very stupid....



 私は、外人と間違われていたようだったんで、ついでに外人に混ざっておりその狭間で激写する展開となりました。まずは大広間です。 重要な、また宗教的な儀式が行われるところです。狩野探幽作の襖絵だそうです。






 と、そこに御神輿が???



 乗りたいぜ・・・・

 次は柳の間。豊臣秀次が自刃した部屋です。襖絵は・・・ 案内板参照!




 確かに、秀頼が生まれたときに関白職を返すくらいの度量があれば死ぬることにならなかったとは思うが、自分の姉の子を乞うて後継者にもらい、息子が産まれたからその甥を殺し、一族根絶やしにする残虐な秀吉の精神とはいかなるものだろうか??? それでも、秀吉が一番すき、という人間は、そういう残虐性も併せ持っているのだろうか????



 この部屋は忘れましたが、皇族の方も泊まられたりした部屋だそうですね・・・・

17 Apr 2006 高野山17

2008-11-23 14:36:46 | 近畿(和歌山)
金剛峰寺2 突入!



 まずは門。自分たちが写っている写真よりも綺麗だと思います!
 そして、門をわたる瞬間に本堂を!



 門をくぐってすぐ右を見ると鐘楼があります。



 そして本堂の軒の紋様!



 軽く本堂を見て撮影さ!



 では次回はついに内部に入ります!

17 Apr 2006 高野山16

2008-11-23 14:36:37 | 近畿(和歌山)
金剛峰寺1

ようやく、人の写真ですわ!



 この人がデスリン。カナダはトロントからの知人ですわ。
まあ、相変わらず、不注意でできの悪いお人なんですが・・・
会うたびに私はシャウトしなければいけない!

Why Are You So Stupid????

 もう少し学んでください。 しかも、この私をもってしてもわからない独特な節回しで早口の英語と動詞などが欠如し、文法が崩れている英語は理解できないときが多い!その上、大阪のホテルのロビーの人明らかに片言な英語なのに、あんな話し方で通じるはずがないのもわからんのかい??? もちろんわたくし、通訳してから、激怒し、また言わなければいけなかった・・・ まあ、確かにEnglish Speakersはこういうやつが多いのも事実だが・・・

Are you TOO STUPID to realize if he speaks English well enough to understand you or not? Why don't you think you should speak English slowly and clearly enough to make yourself understood?

 その後、東京にまで行ったが、言う事をしっかり聞いていったのかが疑問だ・・・



 まあ、カナダでも写真撮ってもらったらあまりに下手で何枚も撮らせたんだけど、今回もそうだった・・・まったく、何も学習できてないぜ・・・・ 

ちなみにカナダのときはこれ・・・ ちなみに我輩5週間で10キロ太ってしまい大変な体でした・・・



 ピントくらい合わせて欲しかったです・・・

 さあまた、旅の写真に戻りましょう!

17 Apr 2006 高野山14

2008-11-23 14:36:20 | 近畿(和歌山)
壇上伽藍2



 まずは西塔。木の間に見えるのがいいですね。
 客は朱色で中に入れる東塔に集まるので、人もいなくていい雰囲気をだしております。個人的にはこっちの方が質素剛健な感じで好きです。





 上から、孔雀堂、准胝堂、御影堂です。御逮夜というイベントのためにライトアップの用意をしていたようです。われわれは帰らねばいけなかったんで帰りましたが、ライトアップはものすごく綺麗であったようですよ。



 で、この赤い塔が根本大塔こと東塔ですね。
 中には入れるのですが時間的問題、興味の問題、などあり、入らず、金剛峰寺へと急ぎました!

 さて、根本大塔の横の階段を下りて金剛峰寺方面へ!



 愛染堂。中には愛染明王がいることでしょう! でもイベントの関係で覗けんかったやんけ!!!



 こちらは大会堂です。




 こちらは不動堂。国宝らしい。上の写真の方が色は好きなんだけど、下の方が鮮明なんで両方載せました。




 1つは多宝塔と思われますが、もう一方が不明です・・・・

17 Apr 2006 高野山13

2008-11-23 14:36:11 | 近畿(和歌山)
壇上伽藍1

 さてさて、大門にいったあと、かなり時間も厳しくなってきたので二箇所ほど行く予定地を削除、というか、興味がなかったので省いてこちらへと向かってきました。そして到着・・・
 でんとある、金堂からスタートです。



 基本的に中に入って仏像を見ることにはあまり興味を示さない自分は、いつも相手に聞くのです? 『入りたい?』すると、返事は大体、『あなたは?』でいいます。『わしゃいらん。どうせ写真も撮れないし』それでも時間が有り余ってると行くんですが、こんなところで道草食ってると金剛峰寺にいけない!!ということで、時計回りで建物の外観を除いていくコースに変更!

 では、左に向かって一つ目だ。



 六角経蔵です。六角堂は基本的にすきなのでいい感じですなあ。

 で、右のほうを見ますと神社が。割と大きい造りなのですが、説明も地図にも名がないことから、、おそらくこの伽藍にある建物の鎮守さんか、と思いますな。




 で、その更に左前にあるのは鐘楼です!



 梯子がかかってますヤンか!!! ほうほう・・・・

 ということで第一弾終わり!

 まあ、高野山シリーズも残りわずかですわ・・・

17 Apr 2006 高野山12

2008-11-23 14:35:56 | 近畿(和歌山)
大門



 大門が高野山の入り口を示す門だ、と書いて会ったんで、奥の院からこちらへと向かいました。まあ、吉野山の黒門と同様の役割のものなんだろう・・・・
 大きすぎて、あまり何も感じなかったし、威厳も感じない。
 吉野山の黒門や当麻寺の仁王門の方が威厳を感じますわ・・・

 さて、少しネットから情報を。
「高野山の開創当時からの主要参詣道であった町石道と有田・龍神方面からの参詣道であった相浦街道との合流点に早くから設けられている高野山の玄関ともいえる、一山の総門。
 かつて山内に入れなかった女性が高野山遥拝の参詣道として利用したといわれる女人道も大門前の鳥居を起点とし、弁天社、女人堂を経由して高野山の外側を囲うような形で現存している。弁天社は嶽弁天(標高925m)の山頂にあり、苔むした大杉林の風情が非常に神秘的で美しい。大門からは徒歩で約20分。
 大門は数度の火災による焼失の結果、現在の建物は江戸時代中期に再建されたもので、中国風と和風の建築様式を折衷した和様による大型建築の傑作として国重要文化財に指定されている。
 弘法大師は毎朝、参詣者を出迎えるためこの大門まで足を運んでいるという。その信仰を裏付けるかのように、80年代の現地発掘調査では土中からおびただしい数の古代中国の陶磁器や骨壷が発見された。
 また、あまり知られていないが、大門から高野山駅にいたる森林には、国内屈指の貴重な原生林が少し残っている。」

17 Apr 2006 高野山11

2008-11-23 14:35:44 | 近畿(和歌山)
摩尼塔



 ビルマの戦没者供養の塔のようです。
 あまり詳しくはわかりませんが、入場無料だったので入ってみました。




 チャンティ・・・ 仁王とか狛犬の代わりかな? まあ寺院だけに仁王の代わりか・・・????

 では、内部に入ります!




 誰もいなかったし、写真禁止とも書いてなかったんでフラッシュたいてきました。


こちらは、
 ビルマの竪琴 です。
 はじめてみました。 
 昔、映画であったのを覚えてますが・・・・

 で、まあ、裏のほうへと歩いていくと・・・・「一分間歩いての修行??」
1分で終わるとな? しかし真っ暗闇で何も見えずに3分ほどかかってしまった・・・
 ていうか、せっかく案内に連れて行ったデスリン、君はなぜいない??? 
カナダのときからそうであったが、不注意、不用意、愚か・・・ もう少し、周りに気を配っていただきたいなあ・・・ 更にその後も事件が勃発してたしね・・・

 まあ、その暗闇のなか見たものをフラッシュ使って撮影してきました。





 まあ、暗闇なので見え方は異なりますけれどね・・・・

 まあ、ビルマの小博物館と思って入ったらいいと思いますね。

17 Apr 2006 高野山10

2008-11-23 14:35:34 | 近畿(和歌山)
恵光院・苅萱堂・遍照光院



 こちらは、多分、恵光院です。一の橋近くにある塔頭の一つです。
 寺伝によると島津義弘の寄進によって建立されたということ。その後、宮之城島津家出身の島津忠長女(島津豊久室、後町田久幸室)の墓の建立にも深く関わった塔頭であるのですが・・・・・その後に高野山の島津家の対応をしたのは蓮金院なるところ・・・・ なにかあったのか???さらに蓮金院が明治以降衰亡した後は壇上伽藍近くの正智院が島津家関係の墓所の管理を引き継いでいるのだ・・・わからぬよ・・・・ ちなみにここは宿坊なので泊まれるそうです。




門の脇にある飾り模様ですが、やはり木彫りはいいですなあ・・・・


 で、つぎは苅萱堂。



 時間もなく、いまいちだったので写真も撮らずに行きました。
 何やらよくわからぬのですが、
「苅萱堂道心と石堂丸の哀しい物語は、女人禁制の高野山にまつわる伝説として有名で、歌舞伎や浄瑠璃でもおなじみとなっている。」らしいですね。



 奥の院から、一分一秒を争って金剛峰寺方面に歩いているときに門が綺麗でしたので写真を撮ってきた遍照光院です。どうやら宿泊も出来るそうなので、インフォーメーションを載せておきまする。

『海抜約800mの高野山山頂にあります。約1200年前に弘法大師空海上人によって開かれた天下の総菩提所です。長い伝統に培われた生活を味わっていただければ何よりです。当院には数多くの文化財を蔵しております。直接鑑賞していただけます。客室は金襖の部屋で、お風呂は1998年12月全面改装し、「温泉のようだ。」とお客様に喜ばれています。』

http://shop.knt.co.jp/tabi/tv/annai/s_card.asp?CCD=6470&KCD=041

17 Apr 2006 高野山9

2008-11-23 14:35:20 | 近畿(和歌山)
熊谷寺



 清浄心院の向かい側の並びにある熊谷寺です。
 どうやら幟によると源空様(法然)、親鸞さん、熊谷直実に関係あるお寺だそうです。創建は、837年、葛原親王(桓武天皇の皇子、桓武平氏の祖ではないですか!!!)で、宗祖弘法大師の法孫である真隆阿闍梨が初代住職だったらしい。創建以来、元智識院持宝院と号し、1208年鎌倉幕府三代将軍源実朝により、熊谷寺号賜ったらしい。明治21年大火により焼失、再建とか・・・
 この寺は  1184年熊谷次郎直実、一の谷の戦いに於て、平敦盛を討ちてより発心、法然上人の弟子となり、名を蓮生と改め念仏修行し、建久元年敦盛卿の7回忌の追善法要を営み、自己及び卿の石碑を建立した寺として有名であるが・・・・

 実は・・・

 熊谷直実が出家した理由は若き青年(少年というべきか?)公達武者平敦盛を討ったためではないのをご存知であろうか??? 現実問題として、出家の原因は御家人として鎌倉殿に仕えていたときの弓関係の問題、更に伯父直光が所領の横領をやめなくもめていて、政治的才覚に乏しい直実は頼朝の不審をかい所領没収され、出家に至ったのです。まあ、政治的に駄目で武将としては上々・・・ 義経みたいなものか・・・・

 現実はそのようなものです。


17 Apr 2006 高野山8

2008-11-23 14:35:04 | 近畿(和歌山)
清浄心院



 中之橋霊園を抜け、一之橋のバス停の近く。
 屋根が綺麗であったので写真を撮りました。

 インターネットから得た情報↓

 清浄心院は天長年間(824-834年)に高祖弘法大師によって開かれ院号も勅名である。その後平宗盛公が再建する。承知2年大師が御入定なさる前日、つまり3月20日に御自ら大師像を彫像開眼なされ、当院大師堂に安置されたと伝えられている。そのため本尊を「廿日大師」と号し、毎年旧3月20日(近例では新暦4月20日)に百味の飯食を供え、盛大な法会が営まれる。
 滝口入道修道の寺として「平家物語」にその名を残し、紀伊根来寺焼き討ちの際には、逃げ延びてきた僧等を匿った寺として知られている。 そのような縁もあり、根来大伝法院、京都智積院、大和長谷寺と密接な関係がある。
 諸代大名の檀主として、上杉家、佐竹家、結城家、或いは既に江戸時代に歴史からなくなってしまった大名家の名を当院過去帳から散見することが出来る。
 借景を配した大庭園や銘木「傘桜」は、秀吉が花見を催したと伝えられている。



 結構、由緒正しき古き寺院なんですね。
 智積院や長谷寺とも縁があるんですねえ・・・・
 というか、秀吉、花見にここへも来てるのかい!