熊野醉軍

天に導かれるままに、旅紀行を綴っていきまする。

フォトはクリックすると大きくなります。

2018年3月13日

2018-03-13 23:00:01 | 北海道、東北
 昨日、母より、LINEのメッセージ有り。実家の愛犬佐助、こいつは柴犬で、ちょうど柴犬の平均寿命を越えたあたり。数か月前の報告にて、糖尿病での失明、また聴覚も失われた状態であったというのであるが、その段階で、精密検査をしていなかったこともあるのだろう、今回、また不調となり、肝機能に問題あり、また腫瘍マーカーも上がっているそうで、おそらく、もうそんなに長生きはできないのであろうと思う。食事制限もしていたのだが、もう延命はせずに、本人が好きだったものを食べさせてあげてくれと言っておいた。

 獣医というのは困ったもので、万能なところがない。人間の病院と同じく、やはり外科と内科で得手不得手があるものである。だが、獣医と標榜しているために、分けていくことが難しい。佐助は何年か前に外科的な処置が求められたときに、それまで通っていたK田さんのところでは助からない、ということで、外科の出来る獣医を私が調べて、今のM成山さんに通うことで命を長らえた。ところが、以後の経過等を聞いているとここは内科のレベルがよろしくないと思うのである。院長はできる人かもしれないのであるが、若い先生がどうも出来が悪いようである。ま、しかし、老犬であるからして、あとは苦しまずに逝ってもらいたいし、両親の年齡も考え、次に犬を飼うこともないであろうから、もはや良い獣医を選ぶ必要性すらないのであるがね。ま、実際、両親自身が少しでも健康を長く持ちたいと思うのであれば、大きく育たない●●テリア的な犬を飼って適度に運動がてら散歩に行くことなんだけれどね。

 ところで、昨晩は久しぶりに、15年前に亡くなった猫のハナがやってきた。生きている折は晩年に、私に何かを頼みたいとき以外は触るだけで血が出るほど攻撃してきた猫なのだが、死んでからはなぜか時々、霊になってやってくるのである。二回しか会っていない百舌鳥のムックもやってくる。不思議なことに、犬はクマも辨慶も一度も来ないのであるがね。しばらく後に末期を迎えるであろう佐助は生霊なのかわからんが、時々、魂だけややってきて、いつものごとく我が寝所のど真ん中で寝たりしている。視覚、聴覚がなくなったことで、そういうSenseが鋭敏になっているためなのだろう。たまに私を思い出して探しているのかもしれぬな。

 私は毎日決まって世話をできない人なのでペットを飼うことはできないから、佐助が最後だな。
Comment

2008年11月6日 島の旅 19 夕食 終

2008-11-06 23:00:19 | 北海道、東北
 桙衝社のあとは、M子師匠のお弟子さんの家に行き、M子師匠たちを待つことに。ここで、澁杮の話になったのであるが、澁抜きした澁杮を食べたことがないといったら、おばあさんのところに言っていた娘さんに電話してもって歸ってもらうことになった。

 初めてであったが、これがなかなか美味しく、病み付きになりそうなものだった。この後、夕食にラーメンに行き、鹽ラーメンを食した。

 

 この後、須賀川のバス停に送っていただき、難波までM子師匠と歸り、終了となった。
Comment

2008年11月6日 島の旅 18 桙衝社

2008-11-06 23:00:18 | 北海道、東北
 最後の目的の桙衝社であったが、到着したのは日沒後であり、境内が暗闇で不氣味な上に熊地帶ということで斷念して、入口のみの寫眞となった。

 しかし、何故、オーブが写ってるねん、と言いたいが空氣中の塵がフラッシュに反應したと言うことであろう。


1.社號標

 

2.鳥居周邊

 

3.參道と隨門



 須賀川市指定文化財

★桙衝社★ 福島県須賀川市鉾衝字亀居山97-1

・延喜式内社、陸奧國磐郡 桙衝社。
・舊社格は縣社。
・祭は日本武尊、建御雷命。
・岩郡内最古の社といわれ、磐座周邊からは古墳時代の遺物が大量に出土しているという。
・日本武尊がこの地に矛を立てたのが社名の由來という。
・養老二年(712)、常陸國より鹿島社を勸請。
・弘仁十二年(821)七月十日、桙天降。
・天喜五年(1057)、源義が鹿島大明を桙衝社に合祀。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 17 新宮熊野社

2008-11-06 23:00:17 | 北海道、東北
 この熊野社に關しては、「『長床』いきますか?」とは聞かれたものの、私は初耳であったので、M子師匠のお弟子さんに任せて行くことになった。

 八幡太のわがままでこちらに遷座になったような氣がするような社の歷史であるが、その割に鎭座地の選定はまずまずであったように感じる。義家が、この邊に遷せ、ということを言い、を感じるものの誰かがこの地を選んだのであろう。まあまあ、いい氣を持っている境内であった。鳥居の脇にある木は雷で燒かれ、幹の中が空洞であるにも關わらず、いまだ行き續けている凄まじき生命力。

 ところで長床というのは、實は拜殿だが、何故こんなに巨大な拜殿を持ったのであろうか、と思ったが、百人の職がいっせいに拜したりしたのであろうか。

1.鳥居

 

2.木



3.拜殿(長床)





 國重要文化財

・建立年代は不明だが、形式、技法から平安時代末期から鎌倉時代初期に拜殿として建立されたと考えられている。
・慶長十六年(1611)に大地震で倒壊し、同十九年(1614)に舊材を用いて再建された。但し、かつてのものより一回り小さくなったという。
・昭和四十六年(1971)から四十九年(1974)にかけて解體修理復元工事が行われ、當初の大きさに戾ったという。

4.本殿三棟



(本社新宮證誠殿:中央)

 

(末社本宮十二社權現:向かって右)



(末社那智山飛瀧權現:向かって左)



 島縣指定文化財

・三殿が東向きに竝列して建っている。中央が本社新宮證誠殿、左が末社那智山飛瀧權現、右が末社本宮十二社權現。
・三殿とも一社奧行二、妻入り向拜付で同規模であるが、各部に手法や細工の程度に相違が見られ、同じ棟梁でないことがわかる。
・中央新宮證誠殿は、兩末社より手法、細工共に入念である。
・室町時代末期の建築と思われ、向拜などは慶長年に山上から現在地へ移されたときの大修造によるものとされる。

5.鐘樓



 島縣指定文化財(梵鐘)

6.文殊堂




7.木大銀杏


 

 喜多方市天然記念物

★熊野社★ 福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野2258

・舊社格は縣社。
・祭は熊野大(熊野速玉大、家都御子、熊野夫須美大)。
・通稱は新宮熊野社。
・前九年の役の際、源義が戰勝祈願のために熊野堂村(会津若松市)に熊野社を勸請したのに始まるという。
・後三年の役の時に源義家が現在地に熊野新宮社を遷座、造營したと傳わる。この時、同時に熊野本宮社を岩澤村(喜多方市上三宮町)、熊野那智社を宇津野村(喜多方市熱塩加納町宇津野)に遷座、造營したというが、後年、この二社は新宮社に遷座となる。
・最盛期には三百餘の末社や寺院、靈堂を持ち、職が百人以上いたというが、十二世紀末に越後平氏の城助職の押領により一時衰退した。兄助永の急死で蹟を繼ぐも、兄と異なり才覺に乏しかった助職が木曾義仲に破れ、會津に入ったときのことであろうと思われる。その後、源朝によって二百町步の領田を与えられて再び勢力を取り戾した。
・奧州合戰後に會津を與えられた佐原義連の孫時連は社北東に新宮城を築き新宮氏を名乘った。以後約二百年、會津盆地北西部を支配した。新宮氏は社を守護として崇め、多くの器を寄進し、社の保護に努めたが、十五世紀に同族蘆名氏とに破れ滅亡し、社は衰退していき、十六世紀後半になると戰亂に卷き込まれた影響もあって社殿は荒れ果てた狀態であったという。
・慶長十六年(1611)、會津地震で本殿以外の建物は全て倒壊した。
・明治時代初めに廢佛毀釋のあおりを受けて多くの佛像や文化財が失われた。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 16 蕎麦と饅頭の天婦羅

2008-11-06 23:00:16 | 北海道、東北
 テレビで見た饅頭の天婦羅が食べたいといっていたので、店に連れて行ってくださった。河東町というところ。なかなか面白い味だった。そばもできたてで非常においしいものであった。前に社があったが特に感じるものはなかった。


1.新蕎麦 with ニシンの天婦羅と饅頭の天婦羅

 

2.店の前の古峯社(福島県会津若松市河東町谷沢京手)

 

・祭は日本武尊。
・創建由等不明。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 15 馬尾瀧

2008-11-06 23:00:15 | 北海道、東北
 さらに、道沿いに瀧があったので、車を停めてもらいしばし撮影に沒頭するも、逆光のためにかなり苦戰した。しかし、秀吉が狙擊された地であったとは興味深い。



★馬尾瀧★ 福島県須賀川市勢至堂

・勢至堂渓谷にある。
・落差十二メートル。
・國道二九四號沿いにある。
・天正十七年(1589)、豐臣秀吉の奧州仕置に同調せず、白河結城氏當主時自ら城を捨てて齒向かい、この地で秀吉を狙擊したという。擊ち損じ、時は隈井姓に變えて身を隱し、天正十九年(1591)、蒲生氏に從い九戸政實の亂に出陣し、討死したという。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 14 藤沼社

2008-11-06 23:00:14 | 北海道、東北
 次は、喜多方のほうにある熊野社の長床に向かう途中にある白蛇傳承のある古社藤沼社へ立ち寄った。途中、瀧の標識などもあったが熊が多そうであったので、「やめておきましょう」ということになった。

 社はこじんまりとしているが、山の中にあるのでなかなかいい雰圍氣を持っており、木の匂いがよい。境内は小綺麗に整えられており、大切にされているのが傳わってくるようであった。

1.鳥居と木

 

2.社殿




★藤沼社★ 福島県須賀川市江花字藤沼1

・祭は木花開耶姬命、石背國造建彌依來命。二荒山大、熊野大、三日月大を配祀。
・創建由等詳らかならずも、古老の傳によると、人皇十三代成務天皇の御代、石背國造建彌依來命が、このに草創の產土として崇めたという。
・舊蹟は今なお長沼町の東にある沼の御前といわれ、和天皇の貞觀五年(863)、磐朝臣豐野、靈夢のお告げによって江花澤に遷座、さらに、鳥山の巽(今の古沼)に遷座、さらに、現在地に遷座となる。
・舊長沼領十八ヶ村惣鎭守社。
・祭木花開耶姬命、白蛇に化身し久遠にこの地を守護し給うと傳承され、何百年に一度かその姿を現すという傳承がある。昭和五十九年(1984)六月十六日に現れている。
・文化十一年(1815)、神祇管領長上卜部朝臣良義より號冨士沼大明を奉授。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 13 宇奈己呂和氣社

2008-11-06 23:00:13 | 北海道、東北
 御代田の次は宇奈己呂和氣社へいった。延喜式内社をすべて周ることは不可能であるので、大社を選んでいた。和氣(別)がつくだけに、古代の皇族關係であることが多いのであるが、なぜか祭が織津姬命となっており、江戸時代の『名帳考證』においても、海童とされているが、社名が景行天皇皇子の宇奈己呂別になっているのが不自然に思われる。位を授ける古文書の記述にしても「宇奈己呂別」とあるのであるから、一般的な考えからも社名が祭名であるほうが自然と思うのだが、謎である。宇奈己呂別皇子のこともよくわからないが、元の祭が宇奈己呂別であり、織津姬に変更したというのであれば、何らかの政治的な事情があるのかもしれない。譽田別命を配祀したことにより、八幡社を稱した時代もあったというくらいなので、
實際のところは、本來の祭を忘れてしまっただけなのではないか、と思わざるをえない。

 社であるが、大社の雰圍氣は殘すも、島といえば棚倉の二つの都都古和氣社と比較してしまうので、非常に物足りない印象が殘る。そこそこの氣は感じる。ちなみに本殿は、トタンの覆い屋に覆われ見えず。

1.鳥居と社號標

 

2.參道

 

3.拜殿




4.末社金刀比羅社



★宇奈己呂和氣社★ 福島県郡山市三穂田町八幡字上ノ台76

・延喜式内社、陸奧國安積郡、宇奈己呂和氣社、名大。
・舊社格は社。
・祭は織津姬命。譽田別命を配祀。『名帳考證』では海童、素盞嗚尊。景行天皇皇子宇奈己呂別尊とする說もある。
・創建年代不詳。
・古來、幡山に鎭座していたが、桓武天皇延曆年中(782-806)、蝦夷征伐に助ありとして、現在地に遷座したという。
・後に八幡信仰と混合し、八幡社と稱していた時もある。
・幡山頂上にも社を殘す。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 12 星ヶ城蹟(御代田城蹟)

2008-11-06 23:00:12 | 北海道、東北
 M子師匠のお弟子さんの先祖の城蹟ということでいった。畑になっていて何もない、といわれたがそのようであった。おばあさんから、社は城蹟に入ってるとは聞いていないはずなんだけど、あるHPではそういう風に書いてあったのです、といわれていたが、チェックしたところ、その方の推測であるだけで、確實なものではないことがわかる。菅布禰社自體が、南朝の遺臣たちに建てられたと思うので、城蹟ではないと思われる。だが、不明な面が多いらしく、地形も變わっているので、おそらくは不明のままだろう。

1.城蹟石碑

 

2.城蹟



3.護山安寺



・臨濟宗に屬す。
・御代田城蹟に一角に鎭座。

★星ヶ城蹟(御代田城蹟)★ 福島県郡山市田村町御代田北町

・天正九年(1581)、芦名氏、二階堂氏、岩城氏、佐竹氏等の連合軍により、田村顯支配下にあった御代田城が攻畧されたという。
・別名を「御代田城」「星の城」「御代田舘」。
・田村氏の拠點のひとつであったと考えられるが、不明。
・菅布禰社は城蹟地でないと思われる。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment

2008年11月6日 島の旅 11 菅布禰社

2008-11-06 23:00:11 | 北海道、東北
 次に向かったのは御代田というところであった。實は、ここには御代田城という城があり、そこの城主の子孫に案内をして下さったM子師匠のお弟子さんは當たるらしいのだ。そこに行くとき、とある方がホームページやブログにて御代田城(星ヶ城)蹟として推測された一部が菅布禰社に當たるのである。いささか、その人の推測には賛同はしかねるが、そういうことであったので、とりあえず、社へも行ってみましょう、ということになり行かせてもらった。

 木木に覆われ、涼しげなところであり、個人的に好きな土の匂いを感じるところであったので、惡くはないと思う境内であった。

1.社號標、鳥居



2.參道



3.拜殿

 

4.幣殿、本殿



5.謎の物

 


★菅布禰社★ 福島県郡山市田村町御代田字淵の上76

・舊社格は社。
・祭は猿田彥命。
・創建由緒等不詳。
・大正二年(1913)四月十日、御代田城蹟鎭座の稻荷社を合祀。

☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺・☻・☺
((足跡))
二階堂社(須賀川城蹟) → 乙字ヶ瀧 → 陸奧國一之宮石都都古和氣社(石川城蹟)
→ 川邊八幡社 → 都都古別社 → 須釜社 → 雲水峰社(宇津峰城蹟) → 城山八幡宮 → 菅布禰社 → 星ヶ城蹟 → 宇奈己呂和氣社 → 藤沼社 → 馬尾瀧 → 蕎麦と饅頭の天婦羅 → 熊野社 → 桙衝社 → 夕食
Comment