油屋種吉の独り言

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忘却。  補遺

2024-04-24 00:15:39 | 小説
 それからどれくらい経っただろう。
 冬の日は短く、間もなく、漆黒の闇が辺りを包みこもう
としていた。

 件のサイデリアの奥まった駐車場。
 その片隅に、何やらおもちゃの蛇のような細長いものが
最寄りの街灯のもとでほの白く輝いていた。

 よく観ると、それは今はやりの精巧にできた恐竜のミニ
チュアに酷似していた。
 足が四つあるのが、気になる。

 しかし、もっと現実味のあるもので、首から尻尾にかけ
て、からだの表面に、あちこち赤っぽいペンキがまだらに
付いていた。

 時折、ひくひくと動く。
 裂けた口から、何やら数珠状の黒っぽい玉がころがり出
ている。

 米英では蛇はスネイク、トンボをドラゴンフライと呼ぶ。
 ふたつの目玉で、かっとにらまれれば、いかなつわもの
でも怖気づいてしまうだろう。

 その小さな蛇は自ら、渾身の力を尽くし、物影に自らの
体を隠そうと試みたあげく、ついに力尽きた形跡があった。

 その証に、赤い染みが点々と駐車場のコンクリートの上
に残されていた。

 もっともっと驚かされたことには、いかなる衣服も身に
付けていないマネキン状のものが、駐車場のフェンスに背
をもたせてじっとすわっていた。

 生きているのか、死んでいるのか分からない。

 固い平板なからだは、薄いシャツ状のものがひと切れくっ
ついているだけで、それが男性用のマネキンであることを
物語っていた。

 よく観察すると、頭部に黒っぽい毛状の細かなものがい
くつも散見される。
 いずれも火に当たったようでちりちりに焼かれていた。

 突然、駐車場の上を、北風がひゅうっ通り過ぎていく。

 ふとフェンスにもたれたマネキンが動いた。
 動きは連続している。

 両手をコンクリの床につき、上体をなんとかして起こそ
うと試みた。

 「ふうう、どうなってるんだ。うっ寒い。わからんなまっ
たく……、あっ、かみさんは、かみさんはどうした?」

 もう一陣の北風がそのマネキンをして、活き活きと動く
のに力を貸した。

 ふらつきよろめきながらでも、歩いて行く。
 途中、彼はさっきの蛇状のものを見つけた。

 「おれはおれは……、こいつのせいでとんでもない夢を
みせられてしまった」

 それは、首から下へとどす黒いうろこがびっしりと寄
り集まっている。
 そのさまは何やら、観るものを圧倒してしまうほどの
凄みがあった。

 「これじゃまるで竜だろ」
 彼はふうっと息を吐いてから、その蛇を遠い夜空に向け
て投げあげた。

 この店はけっこう人気があり車の出入りが激しいが、ほ
とんどの客は道路よりに車を停める。

 だから、奥で何が置かれていても、また何が行われてい
ても知らぬ客が多い。

 ふらつきよろめきながらも、彼は玄関のドアをひとつふ
たつと開けた。

 店内に入ったとたん、彼は何かを思い出したらしい。
 ぎょっとして立ち尽くした。

 「ひとりふたり、さんにん……」
 六人まで数えた。
 それからめいめいの体をなでたりこすったりした。

 見る間に彼ら六人はふうっと息を吐き、動きだした。
 厨房の中で働いていたはずの三名のスタッフも、店内に
ゆらりゆらりとあらわれ出てくる。

 マネキン男はひとりの女性のもとに歩み寄ると、ポンポ
ンと彼女の右肩をたたいた。

 彼女はうっとうめいて、目を覚ました。
 「あっあんた。今までどこに行ってたのよ。さびしかった
わ。なんだか変な夢。ぐわっと口を大きく開けた動物に食
われるのっ。怖くて呻いていたわ」
 「そ、それがな……」

 「わっ、あっ。あんたちょっとちょっと、それって一体?」
 そして声をひそめて、
 「ほとんど身に何もまとってないわ……」

 「とにかく、さあこれ」
 自分の足まで届く厚手の上着を、彼に渡すと、彼は腰をか
がめ、すばやくそのコートを羽織った。

 「おれだってな、いま自分がどうなってるか、わからん」
 「ついにボケたんだ」
 かみさんはうんざりした表情になった。

 「あちこち痛むわ。でも不思議にどこも傷ついてないの」
 「そうなんだ。あれくらい暴れたんだ。その程度で済んで
良かった」

 「えっ、なんの話?」
 「あっへへへっ、なんでもない、なんでもないさ。さあう
ちに帰ろう。裏の駐車場で、赤いインサイトが寂し気に待っ
てるよ」
 「そうね」

 「これからはさ。何はなくともいい。穏やかに暮らそうな」
 と、ほほ笑みながら言った。
 
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2 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2024-04-24 09:45:12
おはようございます。
とても不思議なお話ですね。
でも、最後はみんな無事で良かったです。
あの竜は悪者だったのですね。
良い龍もいますけれど。。。
安心するエピローグを書いてくださりありがとうございました。
Unknown (marusan_slate)
2024-04-24 23:24:24
こんばんは🌃
ほんと不思議な話ですが、
最後はみんなが幸せで
良かったです(*^▽^*)
明日もお互い、
ステキな一日になりますように☆★☆
テル

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