油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

誤解。  (1)  

2023-08-30 17:39:14 | 小説
 午後五時。
 終業を知らせるチャイムが、二階建てのビ
ルの中で鳴り響きだしたとたん、組合内が急
に騒がしくなった。
 とりわけ、二階の廊下を、女子職員が、ヒ
ールをはいて歩く。
 一階へと、コツコツと音高らかに、階段を
おりてくる。
 人によって靴音が違うのだろうか。
 総務部のM課長は、いつの頃からか、その
ヒールの音で、だれがのぼりおりしているか、
言い当てるのがうまくなっていた。
 しかし、その話を誰にもしない。
 変に思われること請け合いだからだ。
 だから、そのことは、自分の胸の奥にそっ
としまっておいた。
 彼の歳は四十がらみ、未婚。顔立ちは俳優
の中井貴一氏に似ていた。
 それは、ただ自認しているに過ぎなかった
けれども、組合内では、けっこう、女子職員
にもてた。
 人によっては、階段付近で、用もないのに
うろうろしていると、たちまち女たちに警戒
されてしまう。
 やれ、M課長は、だれだれに気があるだの
といった話になり、その噂が、すぐに広がっ
てしまう。
 スキャンダルに発展しかねない。
 「何ですの一体、課長。変なおじさん役を
わざわざこんなところでやるなんて、チョー
信じらんないわ」
 となる。
 この某組合、職員はまるで準公務員。
 働きぶりがのんびりしていて、預貯金にか
かわる業務や、保険業務においては、時折厳
しいノルマが課せられるだけだった。
 二階には、昔から大小の会議室がひとつず
つ、それに社員食堂があった。
 しかし時代が進み、仕事の種類が増え、一
階だけでは仕事に支障がきたすようになった。
 そのために、会議用のテーブルを十も入れ
ると部屋がいっぱいになってしまう社員食堂
を、人事部に衣替えしようという案が、いと
も簡単に、上層部に受け入れられた。
 急ごしらえで、人事課が設けられた。
 せっかくの休憩所だったのに、息抜きの場
がなくなったと、一時はひら職員の間から不
満がわいた。
 だが、それも時間の経過とともに消え失せ
てしまった。
 
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

えっ、少子化って?

2023-08-25 03:11:06 | 随筆
 先ごろは、わたしたちの代表である議員さんの口から、
子どもの数が少ない云々といった言葉を耳にすることが
多くなった。
 いわゆる少子化問題である。

 統計によれば、昭和三十年代の子どものかずと比べる
と今はそのおよそ半分らしい。

 ううん、……。
 ここで、わたしは思わずうなってしまう。
 どうしてだろう。

 三十を過ぎても、男女とも、いまだに未婚の方がたく
さんおられるらしい。
 なぜだろう。
 はたと考え込んでしまう。

 わたしには子どもが男ばかり三人いたが、彼らはすで
に四十代に達している。
 ふたりはなんとか結婚し、子をもうけたが、ひとりは
いまだに未婚。
 どうやら孤独を楽しむのが好きらしい。
 異性に対して、猪突猛進といった風情は見られない。

 チュンチュンと雀が鳴くように、年頃になると女性に
興味をおぼえるのが当たり前と思っていたが、それは間
違いだったのかもしれない。
 
 将来の社会を背負って立つ人間が少ないとどうなる?
 働き手が少なくなる。生産性があがらない。
 そういうことらしい。

 もっとも今は、AIの発達がめざましい。
 果たしてそれほど労働力が要るだろうか。

 わたし自身昭和三十六年の春に小学校を卒業している。
 三クラスあり、六年生だけで、120人はいただろう。
 いわゆるベビーブーム真っただ中に生まれた。それぞ
れの学年にこのくらいいたとしたら、全校でおよそ70
0人いた勘定だ。
 
 先だっての戦争。国内外でたくさんの方がお亡くなり
になった。
 そのことが人々のこころに、大きな影響を与えたこと
だろう。

 さきほどの続きになるが、中学校ではさらに校区が広
がった。
 三学年でおよそ2000人もの子ども。古ぼけた木造
校舎である。
 廊下の張り板が反り返っていたりで、とても歩きづら
かった。

 高度経済成長以前の時代。昭和三十七年、わたしは中
学二年だった。
 ちょうど今の上皇ご夫妻が、ご結婚されて三年くらい
経っていた。
 総理大臣さんが吉田茂さんから、池田勇人さんへとバ
トンが渡されるころの話である。
 「所得倍増」
 その声が、当時の社会の中で、うつろに響いた。

 経済は米国に多くを負っていた。
 一ドルが360円で固定されていて、経済復興のあと
おしとなっていた。

 庶民の生活は、今から考えると、とても貧しかった。
 子ども心にそれが染みついていて、値の張るものは親
に頼んでも無理だと承知していた。

 家の前の道路をたまに車がとおる。それがたいへんに
めずらしい。
 玄関からとびでて、へこんで雨水のたまった砂利道を
走って来るのを近くまで駆けて行って、あきずに眺めた。

 「アメリカには車もプールもなんだってあるんだって」
 大人になったら、そんな生活をしたいものだと思った
ものである。

 小学校から帰宅すると、
 「かあちゃん、ちょうだい」
 と小遣いをねだった。
 最寄りの駄菓子屋に行くためである。

 金額はたいてい、五円。
 十円ももらえれば、御の字。グリコのキャラメルやアイ
スクリームそれに関西生まれだったから、たこ焼きがある。
 十円で六つ買えた。

 毎朝六時起きで、大阪に働きに出かける父親は、当時月
々いくら給料をもらっていただろう。
 たかだか数千円だったか。
 それだってまことに有難いことだった。

 2023年酷暑、奈良。
 遷都1300年祭を済ませ、はや十年ほど経つ。
 平城旧跡が様変わりした。
 朱雀門や大極殿が建っている。

 わたしのいた奈良市M中学校はとっくの昔に、その土地
を市役所にゆずり、やや南の方に再建された。
 佐保川の土手を、見あげて勉学に励んだもの。
 そのはるか向こうに、三笠の山々。

 この学校が生徒でいっぱいになるのはいつの日であろう。
 「もっと暮らし良くなれば、子どもは多いほうが……」
 若者の本音が聞こえてきそうだ。
 

 

 
 
 
 
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そうは、言っても。  (17)

2023-08-17 19:43:42 | 小説
 「あんた、まったくもう、一体どこへ行っ
てたのよおう。何度も電話したのにでなかっ
たじゃないの」
 種吉が帰宅してすぐに汗を流そうと、浴室
の更衣室にとびこんだ。
 そこに、いきなりの種吉のかみさんの罵声
である。
 種吉は返す言葉につまった。
 「あれれ、何があったっけ?」
 「あったなんてもんじゃないでしょ。あん
たったらもう……」
 話のなかみが判らない。
 主語がなく、だらだらと述部ばかりの話が
つづいて、種吉はいささかうんざりする。
 プラス思考って、常日ごろ、話している人
にしては、いいところもあるのに、種吉の欠
点ばかりひろう。
 「ちょっとわるいけど、シャワーを浴びて
からにしてくれる?頼むよ。とっても外は暑
かったんだもの」
 種吉がやんわり言い、身に付けているもの
を脱ぐと浴室に入った。
 二つ折りのドアをグッと内側に引き寄せる。
 (いくらかみさんでも、こうすれば、もは
や入っては来れぬぞ)
 叫んではいても、彼女の話から、近所のど
なたかが亡くなったらしいことは理解できる。
 興奮しているのか、彼女は簡単には引き下
がらず、更衣室にとどまる。
 よほど急なことだったのだろう。
 かみさんがあのようにふるまうのは、めず
らしい。
 「おら、おら、はだかんぼうじゃきに。そ
こまでするこたあ、ねえだろ。ああかっこわ
るかんべなあ」
 種吉が水道の栓をひねると、いくつもの細
かな穴から、勢いよく水が飛び出してきた。お
盆に食べたそうめんを、種吉は思い出した。
 かみさんの声が、シャワーの音で、かき消
されてしまえばいいなと思う。
 「年取ってるくせに、いまさら、若い気を
だして、あんたって、人は……」
 「ええっ?」
 彼女の話がまったく別の方向へと、向かっ
てしまいそうだ。
 ああもういやだし、と、種吉は空いている
左手で、左の耳をふさいだ。
 (おらのカラオケ道楽のことを批判してい
るのだろうが、入院して治るかどうかわから
ない病と闘っていることを思えば、これくら
いは許されてもよかろう。五十くらいの時に
一度、検査入院の経験があるだけだぜ)
 「下手でもなんでも、じぶんが楽しく歌っ
ていたりすると、聞いている人は、何か感じ
て拍手してくださる。歌うことじゃ決してわ
るいことじゃないよ」
 種吉は、更衣室にいすわるかみさんに向かっ
てつぶやくように言う。
 「ええ?いま、なにか言った?」
 かみさんの顔が、スリガラスに、大写しに
なる。
 「いんやいんや、なんでもございません。と
にかく落ち着いてください。よおく話をうか
がいますので」
 「うん、わかった。あのね、となりのYさ
んの旦那さんが、急に亡くなってしまわれた
んだって……。班長のTさんから電話連絡が
あったのよ。先日、救急車でK病院に運ばれ
てたんだって、知らなかったわ。あんたに連
絡しようと何度もラインメール入れたり、コ
ールしたりしたのに、ぜんぜん応えてくれな
かったんだもの」
 おしまいのほうが涙声になる。
 「わかった。わかったから、もうちょっと
待っててくれる、すぐに出るから」
 「五時には、班の人みなで、仁義にいくこ
とになってるの。あんたはむりでしょ?わた
しが行くから」
 「お願いします」
 冷たい水を、からだ全体に、浴びているに
もかかわらず、なぜか種吉の胸の内にあつい
思いがわいてくる。
 (このお盆、Yさんの奥様の新盆だったな。
そういえば、彼の家のどこにも、Yさんの姿
がなかった……)
 先だって、ごみ出しに行く道すがら、種吉
がYさんにお悔やみを申し述べたばかり。
 その時のYさんの悲し気な顔が、種吉の脳
裏にあざやかに浮かんだ。
 種吉は浴室から出ると、急いで身支度をと
とのえた。
 折からの激しい夕立である。
 雷鳴が山あいにとどろく。
 (どなたか人生五十年、下天のうちになん
とかって言ってたよな、むかしむかし。それ
くらいは医療の発達がなくても、人の身体は
もつようにつくられてるってことか。なるほ
ど。それ以上長く生きられるかどうかってこ
とになると、神さまだけが知っておられるわ
けだ。やはり、一寸先は闇ってことか)
 ズボンの足もとが濡れるのが気になる。
 種吉は前かがみの姿勢になると、ズボンの
すそを、大きく二つ折りにしてから、大きめ
の黒傘をひらいた。
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そうは、言っても。  (16)

2023-08-15 07:37:34 | 小説
 八月十五日の早朝。
 台風七号のせいだろう。ときおり、二階の
屋根を雨が激しくたたく。
 突発性難聴をわずらっていて、両の耳が聞
こえにくい種吉にしてはめずらしい。
 種吉はふと目をさまし、きょろきょろとあ
たりを見まわす。
 容易に、気になる場所に、思いの焦点があ
てられない。
 (あれは夢だったんだな。いったい誰やろ?
ずいぶんと年老いている。小男?だった気が
する。昔むかし、はやったどてらを着こんで
いた気がする。こんな季節にな。それもきち
んと身に付けてはいず、胸から下腹部あたり
までからだの前がまる見えで、ふんどしだっ
たろう。白っぽい布切れが彼の大事な部分を
隠していた)
 その小男はふと立ち止まると、ふずまの隙
間からそっと種吉の部屋をのぞきこんだ。
 にこにこ顔なのが救いだった。
 種吉は恐ろしくなり、彼の心臓がドクンド
クンと鳴り出した。
 その小男の右手が少し上がると、どてらの
袖がずるりと下がった。
 彼はまねき猫よろしく、おいでおいでをや
りだしたからたまらない。
 どこかで見た顔みたい……。
 種吉はひっと叫んだ。
 わっと叫んで飛び起きた。

 以前にもこんなふうなことがあったなと種
吉は思う。
 もう三十七年も前のこと、時刻はたしか今
回と同じくらい。
 ここまで考えて、種吉は、今度の夢の意味
がすんなり納得できた。
 (なあんや。今はお盆さまの時期だもんな。
このうちとゆかりのある方が、あちらの世界
から抜け出ていらっしゃったって、なんの不
思議があるわけはないやろう)
 種吉の頭の中のスクリーンに、このうちの
ご先祖さまが、遺影の中から、むくりと浮き
上がってきたのを思い出した。
 種吉のほうに顔を向け、ほほ笑んでおられ
た。
 「おまえさんだって、おらとおんなじ立場
だんべな」
 そんな言葉が、種吉の耳の奥で聞こえた。
 なぜだ。なんでや?と、種吉はしばらく考
えてから、ようやくその原因に気づいた。
 ほとんどの物を、新しい家がたちあがった
と同時に新居に運び入れたが、旧家の鴨居に
差し込んであった、二代前のご先祖の写真を
持ってくるのを失念していた。 
 まだ朝日が山の間からのぼっていず、辺り
はようやく白みだしたばかり。
 種吉のからだが歩くたびにふらつく。
 足もとに気をつけながら、五分ばかり、と
なりの家の庭先を通り抜ける旧家までの道の
りを歩いた。
 二代前の大黒柱も、近所からおいでになっ
ていた。
 むこ様だったのである。 
 種吉はベッドからさっさと下り、階段をす
ばやく降りた。
 洗面所で顔をあらい終えるとコップ一杯の
水をごくごくと飲んだ。
 草刈りが原因の筋肉の疲れは、もうずいぶ
んと治ってきているらしい。
 からだが動きやすい。
 大事にすりゃ、おらの身体、まだまだ動け
ると思うと、とてもうれしかった。
 台風七号は強い高気圧のはりだしのせいで、
その進路をやや西寄りに変えた。
 紀伊半島のねっこのあたりに、種吉の実家
がある。暴風雨におそわれ、建物がおおゆれ
だろう。
 でも大丈夫と、種吉は思う。
 それぞれの家のご先祖さまのみ霊がいらっ
しゃる。何か事が起きれば。すわっとばかり
に、彼らが姿をあらわしてくださる。
 ふだんは家のどこかにひそんでいらっしゃっ
て子孫たちを、じっと見守っておられる。
 自然は科学では割り切れない。
 人さまが理解できないことがたくさんある。
 お盆さまにあたって、種吉はそんな思いを
強くするのである。
 「それにしても、どてらのご先祖さま、こ
の家に半世紀にも渡って住みついている。ど
もりだしたかと思うと、やたらと片目をつぶっ
てしまう。情けないかっこうのおらに、いっ
たい何が言いたかったんだんべ?」
 彼にじぶんの言葉が聞こえれば、まして返
事がいただけりゃありがたやと種吉は思う。
 だから、その思いをわざと口に出して言っ
た。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そうは、言っても。  (15)

2023-08-12 13:03:45 | 小説
 令和5年8月12日。
 種吉は、午前四時ごろ目をさました。
 ぼんやりした頭で、きょうなすべきことを
考えてみようとしたが、下腹が妙に重々しい。
 あっそうやと思い、ベッドを両の手でささ
えた。
 すばやく動きだしたいのだが、思いに行動
がついて行かない。
 二、三度からだを揺すってから、
「よっこらしょ」
 と声をかけた。
 からだのわりに大きめのふたつの足を、た
たみの上に置き、しげしげと眺めた。
 (ここまでずいぶんと長く働いてくれたな)
 種吉は愛おしくて、胸がじんときた。
 しばらくして、もう一度、よいしょ、どっ
こいしょと、両腕に力をこめ、ようやく立ち
上がった。
 用を済ませ、部屋にもどった。
 さっさと常の服に着がえ、トントンと一階
に下りたいところだが、いまだに気分がすっ
きりしない。
 いま一度ベッドに横たわった。
 ここら辺が、起きがけからさっさと動ける
三四十代ころと違うところだな、と種吉は思
う。
 心底、横になってたほうが楽なのだ。
 ベッドのすみで丸くなっていた、クロと三
毛猫のたまは、種吉がもぞもぞと動き始める
なり、さっさとどこかへ行ってしまった。
 あくせくあくせくしていて、なんぼのもん
や。数えで七十七歳まであと少し、よくぞ
ここまでもってくれたぞ、わが身体、とほめ
てやりたくなる。
 見るべきことはすべて見たし、やるべきこ
とはすべてやった感が強い。
 (金が欲しくて、この歳で、塾だ、商いだ
とむりやり世の中に出ていって、今さら何に
なる。恥をさらけ出すようなものじゃないか。
浮き世にいるのもあと少し、静かに過ごした
ほうがいいのじゃないか)
 しかし、今どきの値上げラッシュ。
 なかなか、そんなわけにはいかない。
 草刈りひとつ、せがれたちに任せられない
のだ。
 (おらはいま少し、何が何でもがんばらな
くちゃならない。中途でへたばろうとかまわ
ない)
 そう決意したら、気持ちがすっきりした。
 実家の両親、きょうだいふたりも、すでに
あの世とやらにいってしまっている。
 「もうちょっと、そっちで、おらがいくの
を待っていてくれ。みやげ話をたくさん持っ
ていくからな」
 ふわりと種吉の魂が、天井辺りまでのぼり
そうになる。
 「おめえさん、まあだ、寝てるんだね」
 かみさんのかん高い声が、階下で聞こえた。
 とんとん、とんとん。
 どうやらうちの飼い猫たちがお迎えに、階
段をのぼってくるらしい。
 種吉はさっさとつねの服を着た。
 一匹、二匹と、なついてくる猫たちを両脇
にかかえた。
 「今、行きます。きょうは猫ちゃんたちと
は遊びません。すみませんね。どうもきのう
の草刈りの疲れが残ってしまって」
 そう言いながら階段を下りた。
 我が家の家族三名がすでにキッチンに勢ぞ
ろいしておられる。
 「待つ身になってください」
 すでに朝食の用意ができている。
 かみさんの一言が、矢となって、種吉の胸
に突きささった。
 「明日、我が家に、たくさんのお客さまが
お見えになるから。先ずは墓そうじ」
 かみさんの号令いっか、種吉初め、せがれ
たちの身が引きしまる瞬間である。
 「なんだい。その白いの?足とか手に貼っ
ちゃってさ」
 「起きようとして、右手首と右足の甲あた
りが痛んだんでね。シップ薬をはりました」
 種吉が訴えた。
 「ふうん、もう歳なんだね。気を付けてや
るんだよ」
 予想もしないかみさんのねぎらいの言葉に
種吉のまぶたがちょっとだけ濡れた。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする