油屋種吉の独り言

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フラジャイル。  (2)

2024-05-12 15:54:43 | 小説
 真弓がさばさばした表情で、ダイニングに再び現れたとき、
母の陽子はさっきまで真弓がすわっていたと同じ位置に、腰
を下ろしていた。

 昼食の用意は整えたらしい。
 浅めの白い皿が四枚、テーブルの上にのっている。牛肉コ
ロッケやミニトマト、もちろん、それらの下にしかれている
のは、刻みキャベツである。
 赤黒い漆器のおわんがよっつ、あったかいみそ汁が注がれ
るのを待っている。

 真弓のおなかがぐぐぐうっと鳴った。

 陽子はいくらか気分でもわるいのか、そのほっそりした左
手の甲を、自らのひたいにあて目を閉じている。

 「ねえねえ、お母さん、どうかしたの。わたし忙しいんだけ
ど、大丈夫かな」

 唐突に聞こえたのだろう。
 陽子はびっくりしたらしく、あっと言って目を開けた。

 「なあに、まゆみ……、あなた、からだは大丈夫だった?」
 「うん。いつもより早かったし、ちょっと驚いたけど、身に
付けているもの、汚さないで済んだ。セーフよ」

 真弓は、登校する準備を、二階の自屋で整えてきたらしい。
 黒っぽいリュックの肩掛けの片割れを、ジャージの上にひっ
かけている。

 「あのね、まゆみって、園芸に興味あるよね?」
 意味ありげに、陽子が自らの右手の人差し指を立てながら
言った。
 えっ、なにっ、と真弓はひと声あげてから、それまで暗かっ
た顔をかがやかせた。

 「お母さん、なんだか謎めいたことしてるけど、ひょっとし
て、そのことと野菜や花とかかわりがあるんでしょ?」
 「まあ、ね……。水やりが足りないのかと思っててね。用意
しておいた容器を、お勝手から持ち出したわ」

 「そんなに気を遣わないでもね。野菜って正直だし、すくす
く育つのよ」
 「そんなものなんだ。あなた、学校で、園芸部にも所属して
るから頼もうってね」
 「うん」

 「まゆみ、まだ時間があるようならわるいけど、ちょっと見
ていってくれたらありがたいわ。せっかく植えた苗、うまく
育ってくれなくちゃ困るし。あそこ、あんまり日当たり良く
ないし……」

 真弓はぺろっと舌をだし、
 「やれやれ、えらく心配して損した」
 と言った。

 肩にかけたリュックを、ソウファの隅に放り投げるなり、お
勝手のドアのところまで歩いた。

 上がりかまちの隅に、何やらうごめいているのを見つけ、真
弓はぎょっとした。
 それから思いきりよく背伸びをし、カウンターの上に自らの
顔をのぞかせ、
 「どうしたの、この子」
 声音を出さずに、口だけ動かした。

 陽子が右手を上げた。立ち上がるとすぐにスリッパの音をしの
ばせ、真弓のもとにかけつけてきた。

 大きめの段ボール箱の中。
 小さな深めの皿に盛ったコロッケの断片に、そのまだらの毛む
くじゃらの生き物が、小さな皿に盛ったコロッケの断片に必死で
食らいついている。

 気配に気づき、うううっと鳴いた。
 相手を威嚇しているらしい。
 「なあんだ。なすやきゅうりだと思ったわ。違うじゃないの。お
どかさないでよ」

 「びっくりでしょ?お母さんだって、そう。ゆうべ遅くドアをガ
リガリってやられたんだもの」

 真弓の家はアパートやマンションではない。
 だから、犬猫を飼うのは個人の自由だ。
 問題は、真弓の兄と父親。彼らがペットを飼うのをきらった。

 「どうする?」
 陽子が眼で問うと、
 真弓がこくりと首を振った。

 「作戦を立てなきゃね」
 「そうだ、そうだね。あれは?ナスやピーマン観るんでしょ」
 「それもね、おねがいします」
 合わせた両の手を、陽子は真弓に向けた。
 
 
 


 
コメント (1)
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