油屋種吉の独り言

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MAY  その37

2020-02-13 16:07:47 | 小説
 いよいよ、その石がある場所に行くことに
なった。 
 白髪の老人が先に立って歩きはじめた。
「メイや、ほらこっちだよ。このあたりにな。
こんなにたくさん」
 白髪の老人は、付近をはばかるような声で、
そう言うと、歩きながら口々になにごとかさ
さやいていた動物たちが静まりかえった。
 「う、うん。でもね。わたしなんだか怖い
わ。暗いところが大の苦手なんです」
 「あっはっは。だいじょうぶだよ」
 彼はまるで若者のようだ。
 歩くたびに、彼のころもがひるがえり、筋
肉隆々の両脚がかいま見えた。
 朝の陽ざしが、彼を応援するように斜めに
さしこみ、彼の行く手を照らし出す。
 「ほら、メイちゃん。怖がらないで、はや
くはやくおいで。ここ、ここだよ。今、話し
てた石があるのは」
 メイは素直に彼の言うことをきけない。
 なんだか、うす気味わるい。
 洞窟の内部もそうだが、老人の正体もしっ
くりしなかった。
 「ここだよ。ここ。ほら、こうやるとな」
 彼は持っていた杖で、洞窟の壁をこすったり
たたいたりした。
 そのたびに、壁をおおい隠している苔が、か
たまりとなって落ちた。
 「ほうれ、これだぞ、これ。光ってるぞ。ま
さに見事なものだわい」
 メイはその言葉にひかれ、今すぐにでも行っ
てみたい気がするが、なかなかふんぎりがつか
ない。
 「さあ、メイさん。大丈夫だから。あの人を
信じて。決してわるい人ではありません」
 幼なじみのリスが、メイのそばにやって来て、
言った。
 「そうね。あなたがそう言うなら」
 ほうれ、これじゃよ、と老人が手渡してくれ
た石を、メイは手のひらにのせた。
 リスが見せてくれた石となんら変わらない。
 (キラキラしてて、とってもきれい。透きと
おっているところは水晶に似てるけど、結晶じゃ
なさそうだし。ちょっとさわったら、すぐにこ
われちゃうんだもの。こんなもろい石、みんな
が感心するほどのすごいパワーを持っているの
かしら)
 「信じられないようだな。まあ、むりもない。
今にわかるから」
 老人はそう言うと、地面に落ちていた石のか
けらを拾い集め、腰ひもに結わえていた、小さ
な黒いきんちゃく袋に、ひとかけらも残さずに
入れた。
 「さあ、メイや。いつでもこれを身につけて
るんだよ。そうするとな」
 メイはあとずさった。
 「どうして逃げるんじゃ」
 「だって、だっておじさんが」
 「わしがどうしたというんじゃ」
 「わからない。わからないんです。あなたが
いったいどこのどなたなのか。わたしの母なん
かをご存じなんですか」
 メイはあやうく泣きだしそうになった。
 「ううん、それはじゃな」
 彼は、メイのそばにいるリスを、チラッと見
てから、ふうっとため息を吐いた。
 「実はな、あんたの母さん、わしはよく知っ
とる。森で逢ったんじゃ、むかし。たのまれた
んじゃ、彼女にな。できるだけ娘を助けてやっ
てくれって。願いを聞いてくれたらば・・・」
 「母さんの願いを聞いたらどうなるの。おじ
いさん。なんか変よ。あなたのからだ。どんど
ん若がえっていくみたいで」
 ふいに一匹のヒグマが、のっそりのっそり洞
窟のなかに入ってきた。
 驚きのあまり、ほかの動物たちがわっと叫ん
で、逃げ出しはじめた。
 老人の前までやってくると、ヒグマはすくっ
と立ち上がった。
 大きな口を開け、グワッと叫ぶなり、ぶるっ
と二三度、巨体をふるわせた。
 キィッ。
 老人があたりをつんざくような金切り声をあ
げ、牙をむいてとび上がった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
コメント
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