油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ゆっくり、ゆっくり。

2024-08-28 09:00:15 | 小説
 今のモットーは、何事もゆっくりしたテンポで
やること。
 おらは年老いたのだから。

 先日は高齢者講習を受けた。
 
 七十を過ぎると、三年に一度、この講習を受け
ることが義務づけられている。
  
 このごろ高齢者による交通事故が多い。
 厳しくされても仕方がない。

 高速道路で、逆走なんぞしたくありませんから
ね。
 
 とにかくね。
 この歳まで、よくぞ生きてこられたものだ。

 涙が一粒ぽろり。
 しんみりしてしまった。

 ありがたいやら…で、胸がジンとする。

 おらの課題は認知機能検査。

 事前に、少し、テストについての予備知識を
得ようと、本屋さんで立ち読み。

 16枚の絵。
 4枚ずつ見せられる。

 それらがなんだったっけ?
 と、問われる。

 拝見してすぐなら、半分以上は憶えていられ
ると思っていた。
 だが、そうは問屋が下ろさなかった。

 ちょっと経ってから鉛筆で解答用紙に記入す
るはめに……。

 最近もの忘れが多い。
 テストの結果がとても心配だった。

 案の定、そのうち七枚くらいしか憶えていら
れなかった。

 その七枚を早めに記入してから、まだ時間が
あった。

 その間、じりじりいらいら。

 「カンニングをしろよ、ほらほら」
 と、内なる声。
 「いやだめだ」
 やっとの思いで、逆らった。

 試験官さんが、厳しい目つきで、ひとりひと
りの挙動を見つめておられる。

 一問につき、五点。
 35点じゃ落っこち。

 (ああもうだめだ。しょうがないからお医者さ
まに診察してもらい、認知症じゃないです、と
のお墨付きをいただいて来ることにしよう)

 顔を青くして、あきらめ気分でいた。

 他にも数字をチェックする問題やらがあった。
 (なんとかほかの問題で、カバアできればいい
なと淡い希望がわいて……)

 「ここにいる方はみなさん、合格しました」
 採点後そう試験官さまがおっしゃった。

 おらは思わず立ち上がり、
 「受かったんですか。ありがとうございます」
 と礼を言い、こうべを垂れた。

 教室にいた同年配の男女数名、それぞれがお
らと同じ思いだったようだ。

 笑い声が教室中にひびいた。
 

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盆の踊りに……。

2024-08-16 16:55:26 | 随筆
 生まれつきにぎやかなことが好きなのだろう。
 私はもよりの公園で催される盆踊りに参加した。

 新型コロナがこのところ猛威をふるっていた
から、実に六年ぶりの開催である。

 踊り始めが、午後七時。
 およそ一時間前に会場に到着していた。

 開会にはまだ間がある。
 あちこちぶらぶらしながら、見知った顔にでく
わさないかと目線をさまよわす。

 空気はねっとりして、肌にまとわりついてくる
がそれほど気にならない。

 会場まで歩いて片道十五分かかった。
 病上がりだが、体調はいたって良く、しゃん
しゃん歩けた。

 (自在に歩けることがこんなに嬉しく、しあわ
せに感じるなんて……)

 何だって、神さまのおはからい。
 そう思うようになったのは、歳のせいで信仰心
があつくなったからではないだろう。

 何だっておのれの思うようにいくと思い、しゃ
にむに突進した頃がなつかしい。

 次第に空が暗くなり、黄昏となった。
 だが、ひとりとして、なじみの人にめぐりあわ
なかった。
 北の空、黒雲の動きばかりが気がかりになる。

 夕立の心配である。
 ときおり稲妻が走った。

 降るとなったらゲリラ豪雨。
 傘は持参したが、よこなぐりでは仕方ない。
 ずぶぬれ覚悟で来た。

 「第十三回鹿沼市A地区盆踊りの開催を宣言いた
します」

 やっとアナウンスがあった。
 しかし、すぐには踊りが始まらない。
 来賓連中の祝辞やらがつづいた。

 (早く始めればいいのに……、雨が……)
 心中、まことに穏やかならず。

 寄せ太鼓につづいて、本番となった。
 踊るは、和楽おどり。

 今までに二三度参加していたが、手と足のうごき
がなめらかとはいかない。
 どちらかに気をとられると、一方がお留守になっ
てしまう。

 笛や太鼓がそれぞれの音を、ボリュウムアップ
しだした。

 さいわいなことに、目の前にお手本になる方が
おられた。
 同じ組内で歳も近い。

 五分くらい体を動かしたところで、どこも痛かっ
たりだるかったりしない。

 「よしっ、これなら大丈夫」
 私は全力で踊りだした。

 一時間以上、ほとんど休みなしで踊ったろう。
 両足がふらついていた。

 かろうじて立っている。
 「せんせいっ」
 ふいに女の子の声がして、わたしの体を支えた。

 突然の出来事だった。
 わたしはわけがわからない。
 「ピースして、ピース」
 目の前に中学生くらいの女の子がふたり、こちら
を向いてスマホをかまえている。

 ちらっと首をまわし、その子が塾生だったことを
確かめた。
 今度は状況がはっきりした。
 
 彼女が入塾したのは小学一年生、今は早や、中三
になっていた。

 胸がジンとした。
 「なんや、写真撮るんんだね」
 「そう」

 「じゃあ素顔のままがいいね。ピースもひとつじゃ
なく、ふたつだ」
 私はかけっぱなしの老眼鏡をはずした。

 私の畑わきの小道が登下校に利用されている。
 野良仕事をしているのを見つけると、いま、わたし
を支えてくれている子が必ず、「先生」と手を振った。

 しばらく体調がすぐれず、畑が草のジャングルになっ
ているのが気がかりだったのだろう。

 写真を撮り終えてから、
 「先生、元気でね」
 彼女が耳もとでささやいた。

 「わかった。ありがとう。あなたもね」
 「はい」

 教師冥利につきる。
 (神さまありがとうございます)
 こころの中で言った。  
 
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涼をもとめて。  (3)

2024-08-08 20:46:49 | 小説
 前にも書いたがとかく盆地は夏あつく冬さむい。

 ついのすみかになりそうな、関東の北部鹿沼の山
あいから西に小一時間ほど車で行った佐野市もまわ
りが小高い山にかこまれているせいか、近ごろテレ
ビのお天気番組によく出て来るようになった。

 ちょっと前は、もっと南寄り、埼玉の熊谷市が一
位だった。
 次に群馬の舘林、そして佐野市と続いた。

 年々北へ北へと最高気温を記録する土地が移って
きた。
 これらの事象が何を意味するのか、浅学の私であ
る。よく判らないが、ひょっとして、温暖化のせい
で、偏西風なるものがくねくねと曲がるからかもし
れない。

 佐野市の人びとは、外出して涼をとるとしたら、ど
こに行かれるのだろうか。

 現役をしりぞかれ、ゆうゆう自適の方なら、唐沢
山で森林浴されるのも趣があっていいでしょう。

 年に一度催される足利の花火大会を見物されるの
も一興ですね。

 現役バリバリで、お天気のことなど四の五の言っ
ていたら、仕事にならぬ方は事務所や車中でのエア
コンにたよるしかない。

 わたしが三十歳目前だったころ、建具屋の営業マ
ンだった。
 乗る車はほとんどがトラック。
 小さいものから大きいものまで、ガソリンで動い
たり軽油で動いたり。
 当時、ほとんどの車に、冷房装置などついてはい
なかった。

 窓を開け、自然の風にたよった。
 普通免許をとったばかりで、北関東一円をめぐっ
た。
 得意先で注文をとったり、頼まれた建具を運び
入れたりの忙しい日々だった。

 ある日ある時。
 前橋市内だったろう。
 突如として笛が鳴った。

 なんだろな、と軽トラックを停止し、左右を確認
すると、ガードレールから若い男の警察官が身を乗
り出している。

 馴れない道である。
 一時停止のサインを見逃してしまった。
 桐生の街でも、そんなことがあった。

 道路の両脇を確認すれば、違反はまぬがれたので
あったが、坂道をくだっているさなかだった。

 がたんと窪地にタイヤが落ちただけだと思ったが、
すぐに道路わきから、美人のおまわりさんがとび出
してきた。
 「ここは踏切でしょ。両毛線。良く観て運転、お願
いします」
 「はい、わかりました。これから気をつけます」
 素直に応じた。

 怖がりな性分でそれほど速く走らなかった出さなか
ったから、そちらの違反はゼロ。

 このところ、罰則が厳しくなった。
 当時、四千円だった罰金が、八千円まで上がった。
 それに、減点。
 任意保険のランクがゴールドからシルバーに下がり、
保険金が高くなった。
 ご存じの如く、五年から三年へと更新時期が短い。

 ドライバーにとって、冷や汗もの。
 わざわざ涼をもとめずとも、いいくらいですね。

 (これで一日分の日当が飛んでしまった)
 「あんた、ほんとおばかさんね。一体どこ観て運転
してたのよお」
 おかんむりのかみさん。

 運転されるみなさん。
 一時停止線の手前で確実にとまり、右見て左見て。

 車の往来がなければ、そのまま進むことにしましょ
う。
 ジェスチャアを交えて、確認される電車の運転士
さんを思い起こされるといいですよ。

 ぽんと停まっただけでは停止したことにはなりま
せん。おまわりさんがいらっしゃるのに気づかず、進
んでしまうとサイレンを鳴らされてしまいます。

 今回、通知ハガキが来た。
 認知機能検査付きの高齢者講習。
 費用が八千五百円。

 車を運転できなけりゃ、バスや電車で遠方に行く
しかない。

 なんとしても、合格するぞ。
 気持ちばかりが先走っている。
 
 
 
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