油屋種吉の独り言

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MAY  その35

2020-02-01 21:33:19 | 小説
 洞窟の入り口にも薄日が差しこみ始めると、
温かさを感じたのだろうか、アリや細かい足
をたくさん持った虫が、洞窟の壁の上をはい
ずりまわりはじめた。
 虫に気づいたのか、すずめが洞窟の中まで
入りこみ、小さなくちばしで、あちらこちら
とついばむ。
 チィッ、チィ、チチッ。
 さえずりがメイの耳にとどいた。
 「うん、何なの、もう朝かしら?メリカお
ばさん。わたし学校に行かなきゃね。朝食は
パンとミルクでいいですから。お願いします」
 メイはそう言いながら眠い眼をこすり、と
ころかまわず、子どものように体を動かす。
 ぐいと頭を上方に突き出したから、岩の角
に、したたか頭をぶつけた。
 「ああいたい。あれれ、なんなのここはいっ
たい。わたしどうしちゃったのかしら。寒い
わ?からだがどうにかなりそう」
 メイは辺りを見まわし、ようやく、自分に
何が起きたのか悟った。
 「きゃっ、あんなところにげじげじ虫がい
るわ。大きらいなのにどうして」
 彼女の叫び声が届いたのだろう。
 洞窟の奥から、ひゅうと鳥が一羽飛び出し
てきて、天井をはっていた虫を、次から次へ
とついばみだした。
 「ピーちゃんじゃない。心配してたんだよ。
もういや。どこにも行かないで」
 メイが頼んだにもかかわらず、ピーちゃん
はもう一度、洞窟の奥へと飛び去った。
 「どうして行ってしまうの。わたしのただ
ひとりの友達なのに。なんでよ」
 メイは泣きそうになった。 
 チチッ、チィ。チィチィッ。
 すずめがメイを慰めようとするかのように
彼女のそばまでやって来て、盛んに地面をつ
いばむ。
 「ありがとう、すずめさん。あなたたちっ
てわたしのこころがわかるのね。とってもう
れしいわ」
 一羽のすずめがメイが投げ出した脚の上に
のった。
 「まあ、なんて人なつっこい子でしょ。あ
なた物知りでしょ。あちこち飛び回って。ひょ
っとして、さっきここにいたピーちゃんの子
のこと、知らない?」
 真剣な顔で、メイはすずめと交流しようと
図った。
 だが、彼女の思いが、すずめのこころの琴
線にふれないらしい。
 (あああ、やっぱり。まあだ、わたしの力
はじゅうぶんに戻ってないのね。がっかりだ
わ。でも、こうやって、今朝、めざめること
ができただけでも、ありがたいわ)
 メイは洞窟の外にむかって、両の手を合わ
せ、頭をさげた。
 大人になってしまうと、子ども時代には感
じとれたものが容易に感じ取れなくなること
がある。それが慣れ、というもの。常識が頭
脳を支配すると、本来のアンテナ感度がにぶっ
てしまうのは、人間界でもよくあることだ。 
 メイは垂れてくる鼻水をすすりあげ、
 「もういやだ。かぜひいちゃたみたい」
 と嘆いた。
 家を出るとき、うわっぱりをひとつ重ね着
してきたから、かぜをひいても、軽くてすん
だらしい。
 「お嬢さんや。やっとおめざめですかな」
 ふいに男の声がしたので、メイは思わず身
を縮めた。
 つい最近、耳にした声だったが、声のする
方向にすぐには頭を向けられないでいた。
 「なあに、こわがることはない。おまえさ
んのことは、すべてお見とおしだよ」
 あまりになれなれしい。
 メイは、その老人に恐怖を感じた。
 「どうしてですか。わたし、あなたのこと
存じませんわ。だって、突然、森の中に現れ
ただけなんですもの」
 「そうじゃろ、そうじゃろ。むりもない話
だわい。だがな、おまえさんがな。この森に
やってきた時からずっと見ていたんだ」
 「ずっとって?わたしが赤ちゃんだった時
からですって」
 そう言ったきり、メイは押し黙った。
 白衣の老人は、まるで自分が森の精霊であ
るかのようにふるまう。
 メイはますます、事の成り行きがわからな
くなった。
 彼女がしり込みし始めるのに気づき、彼は
後ろをふり向き、ほら、この通りじゃわい、と
言った。
 ゴンが老人のそばで丸まっている。
 「だめっ、ゴン。わたしがいるのに、そん
なんじゃだめでしょ」
 ゴンは、クウンとひと鳴きするや、急いで
立ち上がった。
 首をすくめ、しっぽをまるめて、のそのそ
とメイのもとにはってくる。
 「とにかくわしはあんたの敵じゃない。ほ
らごらん。おまえさんの古い友なんだろ」
 いつの間に来たのだろう。
 多すぎて数えられないくらいのリスたちが
洞窟の入り口付近に寄り集まっている。
 「りこうなもんじゃ。ああすれば暖がとれ
るのがわかってる」
 驚きのあまり、メイは口がきけない。
 一匹の年老いたリスが走り出て、後足で立
ち上がった。
 「あっ、あなたは、あの時の」
 そのリスはこくりと首を振った。
 「あなた、あなたはわたしの言うことがわ
かるのね。誰もわからなくていい。あなただ
けでも・・・・・・」
 メイはうれしさのあまり、目がしらが熱く
なった。
  
 
  
コメント
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