唐木田健一BLog:絶対的な基準を排したとき,《真理》および《正義》はどんな姿を現すのか

「理論科学」と名づける学問分野を提案し,理論や思想の成立根拠およびそれらの変化のメカニズムを考察します.

熱力学第二法則=エントロピーに関わる混乱を鎮める

2023-03-22 | 日記

本記事は,唐木田『エクセルギーの基礎』オーム社(2005)の7.6節を中心とした諸節にもとづきます.

     *

熱力学第二法則

 孤立系のエントロピーは,可逆変化の場合は保存され,不可逆変化の場合はつねに増大する.

 

S =Q /Tの関係

 エントロピー(S )はS =Q /Tと定義される.ここで,Tは着目した系の(絶対)温度,Qは系が得た熱量である.この定義式は,着目した系や過程によって,ΔSQ /Tとか,あるいは微分形式でdS =dQ /Tなどと書かれるのである.

 dQはその量が問題なのであって,その受け取り方が可逆か不可逆か[1]には関わりがない.たとえば,温度Tの系が温度TH(>T )の熱源と接することによってdQの熱量を得た――この過程は不可逆である――としても,そのときに系が得たエントロピーがdS =dQ /Tであることに変わりはない.

 

エントロピーの変化式

 系が状態Aから状態Bに変化したときのエントロピーの変化量は,(AからBへの積分記号を用いて)

可逆過程において:ΔS =∫A→B dQ /T 

不可逆過程において:ΔS >∫A→B dQ /T

であると教科書に与えられている.この両式は要注意である.うっかりすれば,不可逆過程ではdS =dQ /Tが成立しないかのような誤解を生ずることになる.この両式におけるTは(教科書を追ってみればわかるが),系に接した熱源の温度なのである.可逆過程では系の温度は熱源の温度に等しいが,不可逆過程では一般に系の温度とは異なる.

 着目した部分における熱の出入りにおいては,一貫してdS =dQ /T(ただし,TはdQの熱量を得た瞬間における着目した部分の温度)でよいのである.

 

クラウジウスの不等式

 クラウジウスの不等式の一般形を積分記号を用いて表すと,

∲dQ /T≦0

となる.ここで,等号は可逆過程の場合である.また,積分は任意の経路で諸状態間を一巡して元の状態に戻ることを意味する.この式も誤解しやすい.一巡したときの系のエントロピー変化量が不可逆過程では負であるかのようである.それはTが熱源の温度であることを見落としているためである.

 エントロピーは状態量〔次項〕なので,系が循環して元の状態に戻れば,可逆・不可逆に関わらず,その変化量はゼロである.したがって,この式の左辺は系のエントロピー変化量ではない.それは,一つの循環において,熱源が系に対して放出したエントロピーの正味量である.それが負であるということは,熱源自体のエントロピーは増大したということである.そのため,系と熱源を合わせた全体においては,不可逆過程では,エントロピーは増大しているのである.

 

保存量と状態量

 エントロピーは「保存量」ではないのに「状態量」であるということに,すっきりしない印象があるかも知れない.その意味では「保存」という表現には注意が必要である.

 状態量とは,二つの状態が指定されれば,その状態間の変化量が,(その変化の経路に関わらず)一義的に定まってしまう物理量を意味する.したがってエントロピーは,ある状態から出発し,任意の経路を通過して元の状態に戻ったとき,その変化量はゼロである.すなわち,元の値を《保存》している.

 通常の意味における「保存(則)」というのは,孤立系――外部とエネルギーおよび物質のやり取りのない系――に関わる概念である.孤立系においては,エネルギーは保存されるが,エントロピーは(一般には)増大する[2].「状態量」は「保存量」とはまったくの別概念である.

唐木田健一


[1] 系の状態変化を理論的に記述したい場合,変化する系はつねにきわめて平衡状態に近い必要がある.(平衡状態でなければ系の状態を記述することができない.) しかし,平衡状態とは,系の性質が時間的に変化しない状態のことである.したがってこれは,「時間的に変化しない状態を積み重ねて状態を変化させる」という要求になる.この矛盾は,変化を無限にゆっくりと進行させれば,その要求に無限に近い状態が実現できると考えることで,取り除くことができる.この変化が「準静的過程」である.準静的過程では,いつでも系を逆転させて,その環境(たとえば熱源)を含めて元の状態に戻すことができる.このような変化は「可逆的」と呼ばれる.可逆的でない変化は「不可逆的」変化である.

[2] 孤立系においてはdQ = 0である.したがって,上に与えられた「エントロピーの変化式」より,ΔS≧0となる.


2 コメント

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マルテンサイト千年 (グローバル・サムライ)
2024-07-17 06:15:40
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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Unknown (宿谷昌則)
2023-03-23 11:33:24
貴著「アインシュタインの物理学革命」に2年程前に出会いました。大いに参考にさせていただいているところです。もう20年も前(2003年の春ごろ?)のことですが、「環境物理」に関するシンポジウムが東京理科大学で開催された折にお会いしました(夕食会があって同席させていただいたように思いますが、私の記憶違いかもしれません)。私は小沼通二先生や勝木渥先生にご紹介いただいての参加でした。私が専門としてきたのは建築環境学(一般的には建築環境工学と呼ばれている分野)でエクセルギー研究に携わってきましたが、その頃までの知見をぜひ紹介せよ・・・ということで話題提供させていただいたのでした。このときのご縁で、ご著書「エクセルギーの基礎」で私たちの仕事の一端(照明ランプのエクセルギー収支)をご紹介いただいたということもありました(改めてありがとうございました)。たまたま、インターネット検索をしていたところ、このブログを見つけたものですから、懐かしくなって、以上を記した次第です。貴ブログはこれから参考にさせていただこうと思います。私どものエクセルギー研究はこの20年ほどの間にそれなりに進展しましたが、その内容は Bio-Climatology for Built Environment, CRC Press, 2019 という本に纏めさせていただきました。内容紹介が日本建築学会のホームページhttps://www.aij.or.jp/eng/prizes/prize/prize22.html
にありますので、お手すきのときにでもご覧いただければ幸いに存じます。熱力学の基礎と応用の重要性を改めて思っており(大学勤務定年後の今も)私なりに楽しみながら挑戦を続けております。
以上、このブログ内容そのものへのコメントではないのですが、改めての自己紹介ということで、このコメント欄を利用させて頂きました。宿谷昌則(e-mail: m.shukuya@gmail.com
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