このシリーズの記事は,
唐木田健一「トーマス・クーンの『コペルニクス革命』と彼の“パラダイム論”」『化学史研究』31(2004),pp.215-224
にもとづく.
シリーズは,(1)天動説の体系,(2)コペルニクスの動機と困難,(3)コペルニクスの「手ごたえ」,(4)革命家の像,(5)「パラダイム論」との関係(本記事),で構成される.
なお,本記事中の〔○頁〕は,Thomas S. Kuhn, The Copernican Revolution, Harvard University Press (1957)の1999年に発行された版(renewed 1985)におけるページを示す.
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トーマス・クーンの『コペルニクス革命』と彼の「パラダイム論」
7.「パラダイム論」との関係
クーンは,以上に紹介した『コペルニクス革命』を出版した5年後に『科学革命の構造』[1]を発表し,彼の「科学革命観」を披露した.そこでのキーワードが「パラダイム」であって,この語は現在に至っても,さまざま分野で一種のハイカラ語として盛んに用いられているようである.ここで私は,クーンの『コペルニクス革命』に基づき,彼の「パラダイム論」を検討してみたい.なおここでは,「パラダイム」は「理論」あるいは「体系」と同義に扱うこととする.
クーンのパラダイム論のポイントは,次のようにまとめることができるであろう.
(a)新旧両理論は全く自然観を異にしており,それぞれの理論はそれぞれの基準を有している.一方の基準で他方を評価するのは誤りである.
(b)したがって,新旧両理論は理論的に断絶しており,両者は通約不可能――概念や用語が通じ合わない状態――の関係にある.
Watanabe(渡辺慧)[2]はこれを,次のように批判している.「クーンのお気に入りの類比は,新旧ふたつの理論の対立をゲシュタルト転換にたとえることである.そこでは,ふたつの理論は,あたかも同じ有効性をもった選択肢であるかのようである」.確かにクーンは,彼の本の最後の章で,「革命を通しての進歩」の考えを述べている.しかしそれは,「・・・先立つ諸章で彼が説いたことと直接に矛盾するのである」.
あるいは,都城[3]は,次のように書いている.すなわち,新旧両理論の間の通約不可能性によって,「古いパラダイムが滅びて,その代わりに新しいパラダイムが現われても,それによって科学が進歩したのかどうかは,わからないという困ったことになった」.
私はここでのクーンに対する批判に関し,Watanabeや都城と同じ側にある.とはいえ,私は上の(a)には完全に同意することができるし,また(b)においても,古い理論から新しい理論への断絶は認めることができる.そこには非-論理的な飛躍が存在するのであって,その飛躍が新しい理論における新しさの本質である.しかし,注意すべきは,そのような断絶にも関わらず,新しい理論からは古い理論が理解できるという点である.だから,近代天文学のパラダイムに依拠するクーンが,プトレマイオス体系を理解し,それを我々に提示することができたのである.
したがって,新旧両理論における断絶といっても,それは古い理論から新しい理論への方向にのみ存在するのであって,新しい理論からは古い理論の概念や用語は完全に理解できる.むしろ,新しいパラダイムにおいては,古いパラダイムが対象化できているという点において,当時の人々以上に古いパラダイムについての深い理解が可能となるのである.言い換えれば,革命によって隔てられた新旧両理論の間には,断絶と同時に連続性が存在する[4].この連続性のゆえに,クーンは彼の『コペルニクス革命』を,「ふたつの球の宇宙」の説明からはじめたのである.
クーンは『コペルニクス革命』において,革命家は急進的であると同時に保守的であり,古代的であると同時に近代的であり,伝統の頂点であると同時に未来の源泉であることを記述している.また,コペルニクスの伝統への依拠は,伝統との断絶において最も明瞭に現れるという「奇妙な」事態にも触れている(前節).革命にはこのように,断絶とともに連続性が存在する.しかし,パラダイム論におけるクーンは,その断絶的側面のみを強調したのである.
なお,「革命における進歩」がいかなるものであるのかは,すでに十分明白であろう.それは,クーンも『コペルニクス革命』において論じたように,新しい理論は古い理論における内部矛盾ののりこえであるという点にある.
以上の理由で,パラダイム論は,我々にとってのみでなく,『コペルニクス革命』のクーンにとっても,理論的には未完成品であった.しかし,未完成品も商品として世に出てしまえば,それは単なる欠陥品である.クーンもそれに気づき何とか修繕しようと努力したが[5],商品はまさにその欠陥部分のゆえに(おそらくクーンの意に反して)予想を越えた範囲の領域に浸透し,科学の像を歪めるのに大いなる貢献をしたのである.
〔本シリーズ了〕
[1] T. S. Kuhn, The Structure of Scientific Revolutions (1962,1970)/中山茂訳『科学革命の構造』みすず書房(1971).
[2] S. Watanabe, “Needed: A Historico-Dynamic View of Theory Change”, Synthese, 32 (1975), pp.113-134.本ブログ記事では「An Answer to Prof. S. Watanbe’s Paper titled “NEEDED: A Historico-Dynamical View of Theory Change”」参照.
[3] 都城秋穂『科学革命とは何か』岩波書店(1998),180頁.本ブログ記事では「都城秋穂『科学革命とは何か』の紹介」.
[4] 唐木田健一『理論の創造と創造の理論』朝倉書店(1995),3章.本ブログ記事では,たとえば「科学史における理論変化の問題(2):基本理論の創造」.
[5] 本記事の注1の文献,「補章――一九六九年」.
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