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安丸良夫「首相の靖国参拝問題」

2005年08月17日 23時59分07秒 | Weblog
靖国神社関係のテキストをいろいろ見ていたら、安丸良夫さんが2001年8月8日に『朝日新聞』(夕刊)に掲載した記事を見つけたので、掲載しておく。




首相の靖国参拝問題
国家主義と結ぶ特異な存在 すべての霊の悲憤に耳目を


  小泉純一郎首相は短い言葉で断定的に語ることが多い。靖国神社への参拝では、戦没者に対する心からの敬意と感謝のためで、日本人として自然な感情である、なにがおかしいのか、と言う。一見明快に見えて、実は語られている問題の複雑な諸契機に対応しておらず、問題の核心を覆い隠す危うい表現となっている。

●国体支える宗教
  宗教施設である靖国神社を首相が参拝することは、政教分離を定めた憲法の規定に抵触するのではないか。韓国や中国の国民や政府が強く批判していることをどう考えるのか。祀られることを拒む動きが朝鮮半島や台湾出身者のなかにあるのにどう対処するのか。A級戦犯問題は…。首相の簡潔な言葉遣いは、諸問題を分節化して具体的に考えていく可能性を阻んでいるといわなければならない。
  靖国神社は、明治維新にさいして殉難者・戦死者を祀るためにつくりだされた国家の宗教施設である。1868年(慶応4年)5月に京都の東山に祠宇が設けられ、翌明治2年に広大な敷地を持つ招魂社が東京につくられ、79年に靖国神社と改称した。江戸時代には、皇室や将軍家も含めて、ほぼすべての日本人の葬祭儀礼は仏教式で、家族や同族を中心に営まれていたのだが、こうして国家の手により神道式の弔祭様式が新たにつくりだされた。
  「人を神に祀る」という風習はそれまでの宗教伝統のなかにも存在したとはいえ、現世に生きた人々を戦死者だというだけでことごとく神として祀るというのは、新しい様式の創造だった。そのさい朝廷・官軍側、その後は日本軍側の死者だけが対象とされたのも、大きな特徴である。
  明治維新は、国体論に基礎づけられた天皇の権威を前面に押し出して遂行され、神道はこうしたイデオロギー体制の宗教的側面を担うこととなった。神仏分離と廃仏毀釈が近世日本の宗教体制を大きくつくりかえ、皇室と国家にかかわる儀礼の多くは神道化された。湊川神社をはじめとする南朝の皇族や忠臣を祀る神社がつくられ、やがて橿原神宮や明治神宮などもつくられた。他方、村々の氏神や山岳信仰からは仏教色が一掃されて、日本の宗教体系の全体が大きく神道化された。こうした神道化の全体が国体論と結びついて国家のイデオロギー統合の装置となっていたが、靖国神社はそのなかでもとりわけそれまでの宗教伝統と隔絶した、特異な宗教施設の創造であった。

●怨親平等の伝統
  死者を悼み記憶することは、人間の宗教的感情としてもっとも自然なもののひとつであろうが、それはなによりもまず家族やごく親しい人たちにふさわしいことではなかろうか。中世以降の日本で仏教が広く信仰されるようになったことには、仏教が死者供養の様式を家族など親しい人たちに提供してきたという事情がある。だがそのさい、たとえばお盆の精霊供養のなかにも、近親者だけでなく、精霊・亡霊への一般的な慰霊の行事が組み込まれていたことに注意する必要がある。戦乱の中世では、敵方の亡霊はとくに畏怖せざるをえない存在で、平家を滅ぼしたあと、後白河院は平家による「怨災」をなだめるために高野山に根元大塔をつくり、足利尊氏は後醍醐天皇の菩提を弔うために天竜寺を建立した。一般の戦死者についても、中世の仏教には「怨親平等」思想があり、敵方の死者も「平等」に供養する伝統があった。今でも高野山には、秀吉の朝鮮侵略に加わった島津義弘・忠恒父子が建立した「高麗陣敵味方供養塔」があり、神奈川県藤沢市の遊行寺には「敵御方供養塔」がある。
  現代の神道界の人たちは、神道の根源には日本人の敬虔な自然崇拝、今日的に言い直して、エコロジー的な宗教心情のようなものがある、と主張することが少なくない。民俗信仰の伝統にそのような特徴があることには同意できるが、しかし、近代日本の神社神道も組み入れて、そのように述べることは論点のすり替えであろう。近代日本の神社神道は、国家によってつくり出されたイデオロギー的装置であり、靖国神社はそのなかでもとりわけ軍国主義・国家主義と結びついた特異な存在だった。それが日本社会に伝統的な亡霊観念や中世仏教の「怨親平等」思想とも正反対の原理にたっていることは、右に述べたところから理解できよう。

●選別される死者
  死者たち、とりわけ戦争における死者たちを悼み、記憶を新たにすることは、私たちにとって大切なことだが、しかしそれはなによりも戦争の犠牲者すべてに向けられたものでなければならないし、敬意や感謝というよりは、悲しみに満ちたものでなけれはならないはずだ。これに対して、首相や政治家などの靖国神社参拝は、戦争の犠牲者たちを国家の側から選別・排除して、死者を悼むという人間的な感情を新たなナショナリズム形成へと回収しようとするものにはかならない。戦争の犠牲になったすべての精霊・亡霊の憤りと悲しみの方へ心の耳目を向けることが、生きている者のせめてもの償いだ、と私は思う。
安丸良夫(やすまる・よしお)
  1934年富山県生まれ。京都大史学科卒。一橋大学名誉教授(日本思想史)。著作に『日本の近代化と民衆思想』『神々の明治維新』など。

『朝日新聞』2001年8月8日夕刊