箱根板橋付近は小田原駅からそんなに遠くはないのだけど、たいていはへたばって国道一号線をバスで移動することが多い。
車窓から眺めていて気になる看板建築があるんだよなぁ・・・
で、昨日は早川口バス停で下車。
片野屋呉服店さん。
大正14年の建物。設計施工は不詳。
小田原には「街かど博物館」が展開する。こちらもそのひとつだったのか。
呉服店と洋品店を営んでおられる。
店主殿が色々とお話しくださいました。
奥さまがお茶まで出してくださいました。
ありがとうございました(^^)/
この建物は関東大震災復興期に建てられたという。
竣工当時の写真。
国道一号線に線路らしきものがある。
明治28年に開業した豆相人車鉄道は人が客車を押すという鉄道であった。小田原~熱海間を駕籠なら6時間のところを4時間で結んだという。急坂では客も降りて一緒に押したとなにかで読んだ時には思わずニヤッとしてしまったっけ。明治41年には軽便鉄道となり時間も短縮されたけど、関東大震災で被災しそのまま廃止された。
片野屋竣工時にはまだレールが残っていたんだな。
設計施工はどうやら地元の大工さんたちの手によるようだ。
資材はリサイクル品も多かったようだ。
2階を見せてもらう。
店主殿はたいしたことないない!とおしゃるけど、なになに立派な日本家屋だ。
ちなみに。この純粋日本家屋の表だけに洋風の装飾を施したのが看板建築です。
お茶をご馳走になりながらふと見ると、箱根駅伝。しかも青学。
聞けば店主殿の母校。
そして渡哲也氏と店主殿は同級生だったそうな。
渡哲也氏は学生時代から際立ってカッコ良かったそうな。
わかる気がする。
なんてよもやま話にお付き合いいただいている間も、店主殿は一度も膝を崩さなかった。しかもごく自然に。今時は見ることがまずない品の良さ。さすがは小田原の呉服屋の旦那さま。