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きなやんの独り言

原発事故で価値観が一変した中年の独り言。

東京は快晴

2006-07-16 12:04:55 | インポート

Dscf0044 昨日、家人とちょっと東京へお出かけと相成りました。
高速バスを使って、久しぶりのデートです。
家人は1年ぶりの東京とか。小生は平均付き2-3回ほどでしょうか。
最近は、本当に家人と出かけることが多くなりました。かつては、娘と家人の3人の外出だったのに、いつの間にか子供が抜け、小生と
家人の2人だけの外出です。寂しいような嬉しいような複雑な気分です。
家人と東京に出かけた際は、必ずと言っていいほど寄るお気に入りの店があります。東京駅八重洲地下街の奥まったところにあるキリンのお店です。ここでビールを飲んでちょっと豪華なおつまみをいただく。
ビールは「ハーフ&ハーフ」
汗で失った水分の補給を兼ねてビールを一気飲み。
「おかわり!」

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そして、バスの発車までの僅かな時間、家人とたわいもない話をします。美味いビールとつまみ、そして家人との会話、小生にとっては大事な時間です。
そして、ほろ酔い気分でお店を出た後は、同じ地下街にあるお粥屋さんに寄って・・・。
最後に娘のお土産を買って、いつも同じパターンで東京の一日が終わります。
程良い疲労と満腹感そして隣には家人がいる安心感。バスの中では振動と相まって当然のように夢の中へまっしぐらとなりました。

最後になりましたが、昨日は拉致被害者奪還の抗議デモがありました。 Dscf0042_1 荒木さんの「拉致された人だけでなく、拉致被害者の奥にいる北朝鮮に住む2000万人のことも考えないといけない」との言葉に胸に詰まりました。

国連による非難決議が全会一致で議決された今、「終わりの始まり」は坂道を転げ落ちるように加速しながら「終わり」に向かって進んでいるように思えてなりません。

今、我々が考えなくてはいけないのは「終わりの後をどうするか」のような気がします。


ミサイル発射は「終わりの始まり?」(その2)

2006-07-06 21:56:54 | インポート

昨日北朝鮮は、7発ものミサイルを日本海に向けて撃った。地球の反対側の国の独立記念日を祝うためか、GDP150-200億ドルの国にしては大盤振る舞いであった。さて、ミサイルを撃ち込んだ動機については、さまざまな理由が述べられている。小生は、アメリカと直談判したいがための行動と理解するが、その際日本に対しても「黙っていろ!ゴリャァー」と恫喝しているものと理解した。要は、金欠になってどうしようもなくなり、金づるの日本からも拉致問題などで金が入らなくなったためと考える。
すべては、「金の切れ目が縁の切れ目」を地で行こうとしている。

もうこの国には、かの国のシンパを除き味方などするものはない。あの同胞の国の支援団体「民団」さえも身くだり半を突きつけた。一月ほど前、民団と総連の和解が話題になったが、それは本国政府の意向を代弁したものだと聞いている。しかし、今や北朝鮮は四面楚歌の状況である。
素人の解説はこのくらいにして、上記で書いたさまざまな理由のひとつを以下に紹介する。
http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=20060706(勝谷センセイ)
そのネタ元となった
http://www3.ocn.ne.jp/~yy-dprk/(吉田センセイ)

さてさて、誰の言説があっているかな。


住めば都

2006-06-11 09:53:14 | インポート

Dsc00219 新潟での宿泊先になったのは、西○神海岸にあるとある民宿である。
泊まった晩は「驚愕の連続!」バスタオルがない、歯ブラシがない、何にもないの連続。ビジネスホテルに慣れている身にはちょっときつい。6畳の部屋には50cm角のテーブルとテレビ、そして布団が1組のみ。
「なんか、飯場の宿だな!」

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しかし、宿から道路を挟んだその先は海岸線である。直線距離にしておよそ60m。何でも、西○神海岸は海水浴場全国100選の一つに選ばれたこともあるきれいな海水浴場とのこと。
その海岸を中心に毎朝5:30-6:30まで散歩。
海岸のはずれにある岩場に神社が2社祀られており、毎朝拝みました。
その社の先には港があり、いか釣り漁船が毎朝6隻ほど係留され、発泡スチロールの箱に入った真いかを船から運び出している。漁船には男だけが乗り込んでいると思いこんでいたが、女性の姿もちらほら。Dsc00228
真いかは、お店で見る真っ白ではなく、ほのかにピンク色。本当に美味そう。その晩飯には、いか素麺が出ました。

最初はちょっときついと思った宿であったが、慣れとはありがたいもの。最後には「住めば都」の心境、民宿「○美荘」の皆さん、お世話になりました。


青春の欠片発掘

2006-05-12 08:40:20 | インポート

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5/11-12で福島県浜通に出張しました。
ご飯を食べにいけば「久しぶりです・・・」、ホテルに泊まれば「アラ、来たの!?」とうれしいようなうれしく無いような挨拶が飛び交います。ここは、小生が23-30歳まで過ごした青春の欠片が埋まっている場所です。
本日の朝、駅近辺の散歩としゃれて来ました。町場は少し寂れているように見えました。新しくなっていたのは駅舎だけのように感じました。
当然そんなことは無いのですが、改めて時間の経過とともにそこにある建物・人々と記憶の差の大きさに驚かされます。
さて、時間となりました。今日はこれから仕事です。

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旅の恥はかきすて?(その2)

2006-01-03 17:39:44 | インポート

「これはまずい!」長年の勘である程度自分の身体の状況は解ります。フロントに病院を尋ねたら、上記の病院を教えられました。タクシーでおよそ25分、立派な総合病院に着きました。
ついた時刻は早朝5:35頃、救急センターにはすでに10人以上の患者さんがおり、小生の怪我は捻挫or骨折のいずれかであり、急患の患者さんに悪いような気がしてなりませんでした。家人のハンドバッグは魔法のバッグです。健康保険証他必要書類がでてきます。問診票に必要事項を書き、触診の後X線撮影を行うこととなりますが、40分ほども待ちましたでしょうか。手術用の青い服を着て胸元に汗をかいている医者ともX線技師とも見えるお兄さんがきました。「遅くなってすいません、さあ、写真を撮りますね」と、NHK連続ドラマ「ちゅらさん」の沖縄方言そのままの話しぶりでした。写真撮影後、診察までの僅かな時間にも、新しい患者さんがきています。外人さんの親子、黒人とのハーフとおぼしき若いお母さん等、まさしく沖縄がいち早く国際化をしている証拠を見たのです。診察の結果は、捻挫。湿布とテーピングで開放されました。

今回旅先で怪我をするアクシデントに見舞われたのですが、普通の観光旅行では見ることのできない沖縄の一端を見ることができたのも事実です。また、年末の12/30-31にかけての怪我でしたが、「1年の厄落とし」「来年はいいことあるぞ」と自分勝手に解釈し、るんるん気分でホテルに戻りました。