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あきたの民謡 第28回秋田港の唄全国大会(2023.6.25)

2023-06-25 23:32:48 | 日記
令和5年6月3日付けの秋田魁新報に載っていた「2023年度、県内の民謡全国大会の開催予定」によると、今年4年ぶりに多くの大会が復活するそう。
~秋田魁新報紙より~
秋田おばこ節 大仙市 6月4日
秋田港の唄  秋田市 6月25日
秋田おはら節 大仙市 9月2日
三吉節    秋田市 9月17日
生保内節   仙北市 9月24日
秋田追分   五城目町 10月1日
長者の山   美郷町 10月14日、15日
秋田船方節  男鹿市 11月19日
秋田飴売り節 大仙市 11月23日

秋田長持唄  秋田市 中止
(秋田長持唄は、旧雄和町出身の民謡歌手・故長谷川久子さんが、同町の旧戸米川村、旧種平村で唄われていた「箪笥担ぎ唄」を編曲した民謡。大会は伝承と普及を目的に1994年から開かれてきた。実行委員会の渡辺和弘事務局長(68)は「地域の人から開催を求める声があり実施したかったが、中止せざるを得なかった。来年度以降、再開できるように模索していきたい」と話した。)

令和5年6月25日(日)
2023年の全国大会の2つ目となる「第28回秋田 港の唄 全国大会」が、セリオンプラザ(土崎港)で開催されました。





司会者が燕尾服を着ていたのがなんか面白かったし、それほどのこの大会の運営に対する意気込みも感じたりしました。


優勝旗・優勝杯返還。
昨年度開催された「第27回大会」の優勝者 高橋愛実香さんです。


ここで歌詞を残しておこうと思います。
〔秋田 港の唄〕
「ホーラホーサーノサー エンヤラホー
エンヤホーラホー サーノサー
エンヤラホー エンヤ」

沖のカモメに父ととさん聞けばヨー
私しゃ立つ鳥 波に聞け

遠くはなれて 母かかさん思ってヨー
うらの浜なす 花が咲く

男鹿おがの山だよ 港の浜だヨー
春を迎えるにしん船

雪が消えたよ ぞうりっコの道だヨー
街は春風 そよそよと

あちらこちらに 嫁とり話ヨー
おらの 嫁御は どこにいる


ここからは大会の風景。
〔高年の部〕


〔年少の部〕


〔中学生の部〕




〔一般の部〕









アトラクション






昨年度「第27回大会優勝者(高年の部)」


昨年度「第27回大会優勝者(一般の部)」


高齢の部メダル授与(15名)


一般の部メダル授与(15名)


「年少の部」表彰式


「中学生の部」表彰式


高橋三姉妹の末っ子(高橋杏里さん)お見事に優勝です。


「高年の部」表彰式



「一般の部」表彰式
高橋三姉妹のお姉ちゃん(高橋真理香さん)お見事に優勝です。
先日の「秋田おばこ節全国大会」でも優勝していた高橋さん。


というか、高橋三姉妹、すごいです。おめでとうございます!





大会プログラムから、この大会の開催目的を記しておきたいと思います。
〔大会趣旨〕
昭和14年頃、郷土秋田市土崎港出身の劇作家金子洋文氏が、故郷の海や漁師をイメージして作詞作曲したもので、新民謡では珍しく定着し、民謡愛好者の間に秋田県民謡の中に数少ない海の唄として愛唱されております。秋田市民謡連盟と秋田みなと振興会はこの唄を正しく伝承し、併せて郷土の発展を期し発祥の地、秋田市で自慢ののどを競っていただきたく、第28回秋田港の唄全国大会を開催するものであります。

ここでこの大会の誕生に大きな功績を遺した「金子洋文氏」についても、大会プログラムから引用し記しておきたいと思います。
〔金子洋文氏〕
明治27(1894)~昭和60年(1985)年
プロレタリア文学の小説家、劇作家、日本社会党参議院議員。
秋田市土崎生まれ。本名・吉太郎。秋田工業学校卒。
1921年(大正10年)、社会主義思想の文芸雑誌「種蒔く人」を創刊。
『解散』に発表した「地獄」が出世作となる。
洋文は、24歳の1918年、作家の武者小路実篤の元へ身を寄せて創作修行を重ね、新聞社勤務のかたわら、社会主義に傾倒。1921年、土崎小の同級生だった小牧近江、今野賢三とともに、同人誌「種蒔く人」を創刊。
1923年、小説「地獄」が注目されて文壇に名をはせ、戦後、1947年、社会党の参議院議員(全国区)を一期務め、1953年、社会党参議院議員会長を歴任。
商業演劇の脚本家となり、松竹歌舞伎審議会専門委員、また『劇と評論』編集委員も務め、各界の著名人と交友があった。


2023.06.19 結婚30周年を祝い「フレンチレストラン千秋亭」でお食事 ”感謝”と”誓い”

2023-06-22 23:14:51 | 日記
2023年(令和5年)6月19日(月)
今日は、私たち夫婦が結婚して30年という日でした。
「この日に、どこかで食事しようか」ということになり、秋田市千秋公園内にある「フレンチレストラン千秋亭」へ。


どうです?この趣き。すごいでしょ。


















レストランの玄関先に立ち、緊張気味です。



ここからが店内の模様です。
内庭がきれいだこと。




はい。テーブル。フォークとナイフがいっぱい並んでいます。
こんなとこ、来る機会はそうそうないので、これから始まることにワクワクです。









メニューを記そうと思いますが、横文字が多くて、打つのが大変な予感。。。
というか、、、フランス語なので、フォントの出し方が分からないところがぽつぽつと。。。

Amuse-guecul 鱧のボシュ 糸南瓜と枝豆のサラダと共に
Hors-d'oeuvre 本鱒のクージュ 魚介とクスクスのサラダ仕立て
Soupe インカルージュのパリソワール 三種町のジュンサイを浮かべて
Poisson カサゴのムニエル プロヴァンサルソース
Granite 林檎のシャーベット
Viande 秋田錦牛フィレ肉のローストとフォアグラのソテー ボルチーニソース
Desert 青林檎のムース
Cafe et Petit-four コーヒーと小菓子
(スペル、間違って打ってる箇所ありそう。。。)



Amuse-guecul 鱧のボシュ 糸南瓜と枝豆のサラダと共に





Hors-d'oeuvre 本鱒のクージュ 魚介とクスクスのサラダ仕立て







Soupe インカルージュのパリソワール 三種町のジュンサイを浮かべて







Poisson カサゴのムニエル プロヴァンサルソース









Granite 林檎のシャーベット







Viande 秋田錦牛フィレ肉のローストとフォアグラのソテー ボルチーニソース







Desert 青林檎のムース







Cafe et Petit-four コーヒーと小菓子






最後にツーショットフォト。顔出し、恥ずかし。





美味しい食事を終えて、帰路。
あきた芸術劇場「ミルハス」です。素晴らしい誇れる施設です。






結婚30年。感謝と誓いを新たに次の記念日を健康で迎えられるよう、過ごしていきたいと思います。




あきたの民謡 秋田おばこ節全国大会(2023.6.4)

2023-06-05 23:30:31 | 日記
令和5年6月3日付けの秋田魁新報に載っていた「2023年度、県内の民謡全国大会の開催予定」によると、今年4年ぶりに多くの大会が復活するそう。
~秋田魁新報紙より~
秋田おばこ節 大仙市 6月4日
秋田港の唄  秋田市 6月25日
秋田おはら節 大仙市 9月2日
三吉節    秋田市 9月17日
生保内節   仙北市 9月24日
秋田追分   五城目町 10月1日
長者の山   美郷町 10月14日、15日
秋田船方節  男鹿市 11月19日
秋田飴売り節 大仙市 11月23日

秋田長持唄  秋田市 中止
(秋田長持唄は、旧雄和町出身の民謡歌手・故長谷川久子さんが、同町の旧戸米川村、旧種平村で唄われていた「箪笥担ぎ唄」を編曲した民謡。大会は伝承と普及を目的に1994年から開かれてきた。実行委員会の渡辺和弘事務局長(68)は「地域の人から開催を求める声があり実施したかったが、中止せざるを得なかった。来年度以降、再開できるように模索していきたい」と話した。)

令和5年6月4日(日)
2023年の大会の皮切り「第32回秋田おばこ節全国大会」が、大仙市大曲市民会館で開催されました。










秋田おばこ節の歌詞を記しておきます。
秋田おばこ節
1 おばアーこナー 何んぼになる
  此の年 暮らせば十と七つ
2 十七ナー おばこなら
  何しに花コなど咲かねどナー
3 咲けばナー 実もやなる
  咲かねば日蔭の色もみじ
4 おばこナー どこさ行く
  うしろの小山コさほんなコ折りに
5 ほなコナー 若いとて
  こだしコ枕コに 沢なりに






「大賞の部」出場者 48名。
「熟年の部」出場者 45名。
「年少の部」出場者 12名。
(出典:大会プログラム)




「大賞の部」の予選を勝ち抜いた上位20名により決勝戦の歌順抽選会。


1番くじを引いた男鹿市の髙橋真理香さん。
三姉妹の長女で、姉妹全員が民謡の歌い手です。







大仙市大曲市民会館の緞帳。
さすが花火の街です。すごい迫力。



そして、成績発表・表彰式。


優勝は1番手に唄った髙橋真理香さん。
彼女の喜びの涙にこちらももらい泣き。それはそれは想像できないプレッシャーだったと思います。


優勝旗を持っての勝者の歌声。




民謡「秋田おばこ節」
言わずと知れた”民謡王国”秋田。その名声の礎となるべく全国に「秋田民謡」の名を轟かせたのが「秋田おばこの貞子か、貞子の秋田おばこか」と言わせた佐藤貞子。(仙北市田沢湖神代出身)
現在の「秋田おばこ」は、彼女の父、笛の名人である笛王斎が角館の祭典の舞台にあげる為にそれまであった「神代おばこ」に大幅に手を加えたもので、節回し豊かに創意工夫されてあります。
大正11年、全国芸能共演大会(東京)において「秋田おばこ節」で日本一の栄誉を勝ち得た貞子は、民謡といえば「江差追分」と「秋田おばこ節」をひっさげ巡演し、A面に「秋田おばこ節」B面に「秋田甚句」を吹き込んだレコードを出したところ、なんと60万枚以上の大ヒットとなりました。手回し蓄音機の大正年間の話です。今ならミリオンセラー以上の爆発的なヒットといえるでしょう。
こうして県内各地に点在していた「〇〇おばこ」は、”貞子のおばこ調”一色になり現在まで全国で愛され唄い継がれてきたのです。
また、唄にまつわるこんな悲恋伝説も残っています。
『昔、上野国から弥生兵庫之助という浪人が流れて来て、名を上野門太と改め田沢村近くに住みついた。その息子に弥兵衛という若者がいた。
又、この田沢村には源七という豪農がいて、その末娘すなわち「おばこ」とこの弥兵衛はいつの間にか相思相愛の仲になった。娘が逢曳に出かけるところを見つけて村人が「おばこどこさいく」と言って尋ねると「うしろの小沢さ、ほん菜コ折りに」と答えた。だがいつも手ぶらで帰ってくるのを見つけて「なぜほん菜コ折ってこないのだ」と聞くと「まだ若かったから」と答え、こだしを枕に、沢地で寝てきたというのである。やがて二人はいよいよ祝言を挙げることとなった。しかし弥兵衛は先ずその娘の真情を試そうとして、五月の節句に餅つきの臼を持って来てほしいとたのんだ。翌日おばこは重い臼を背負って山坂を越えてくる途中に、荷なわがほどけ、臼もろとも谷底へ落ちてしまった。そのおばこのいたましい死を見て、恋人のこころを試そうとしたことを後悔し、弥兵衛もあとを追うように自刃してしまった。その谷は臼沢として、またその石(うす)はおばこ石として今も伝えられている。』
出典:大会プログラム