東京february

2月に生まれ、2月に上京。
I love february♪             since 2005.10

~ Wedding Story ~ 最終章 ハッピーエンド

2006年08月13日 12時47分31秒 | Wedding Story
<最終章 ハッピーエンド>

2006年3月。5連休をもらって広島に帰っていました。
たくさんやらなくちゃいけない事があったので、平日中心にお休みを頂きました。

まずは、Wedding写真。
正式な形での式を予定していなかった僕等は、「写真は残したいね」という事で、広島紙屋町の交差点にある写真館へ。
当時、妊娠8ヶ月目を迎えて、彼女のお腹も大きくなっていましたが、これも記念に残るだろうと思い、あえてこの時期に。
Weddingドレス姿の彼女はとてもキレイでした。
緊張気味の僕でしたが、この時のアルバムは一生の宝物です。

そのまま、八丁堀福屋内のCartierへ。
結婚指輪を購入。
高かったですが、婚約指輪との相性も良く、思いきって購入しました。
メッセージには2人の名前を入れました。

3月19日。入籍前日には、宇品のプリンスホテル内のホテルで食事会。
お互いのおばあちゃんまでを呼んでの食事会で、お披露目会的な感じでした。
彼女のおばあちゃんたちもすごく祝福してくれて、幸せでした。
同時にホッとしました。

そして、3月20日には彼女と2人で、広島市南区役所へ。
入籍届を提出。
特に問題無く受理され、晴れて僕等は夫婦になり、この日は結婚記念日となりました。
あまり実感はありませんでしたが、これから2人で、そして子供と3人で頑張ろうという気にさせてくれました。

彼女と出会ってから、約10年。
最初は人生を共にしていく人とは全く思っていませんでしたが、あの時の出会いがなければ今も無いのだと思うと怖い気もします。
人の出会いって本当に不思議なものです。
だって、それまで一瞬でもお互いの流れが違っていたら、今の僕等なないから。
この出会いが将来10年後、20年後、50年後でも「本当によかった。」と思えるような家庭を築いていけたらと思います。

こうして自分のblogに書いて振りかえる事で、色々大切な気持を思い出しました。
過去のWedding Storyはここで読み返せるので、よかったら見てください。
http://blog.goo.ne.jp/kazuki0212/c/dddc393c7c37b809850fa718a4d500e9

これまで僕のヘタクソな文章を読んでくれて、ありがとうございました。
「楽しみに読んでるよ~」とか言われると、とても嬉しかったです。
みんながくれたメッセージには、本当に勇気付けられました。

また、時間が経った後、今度は結婚生活を1章から書いていこうと思います。
では。

Marrage Storyに続く。

~ Wedding Story ~ 第13章 婚約指輪、両親顔合わせ

2006年07月22日 17時37分12秒 | Wedding Story
<第13章 婚約指輪、両親顔合わせ>

2005年のクリスマス。
僕は大阪に居ました。

彼女の誕生日や記念日にいつも行ってる梅田ハービス内の天婦羅料理店へ。
ここは、ワインと天婦羅という少し妙な組み合わせのお洒落なお店なのですが、これが絶妙に合う!!
ちょっと高めのお店なので、そうそうは行けません。
そんな様子は当時のブログにも書いてるんで、よかったら見てください。
http://blog.goo.ne.jp/kazuki0212/e/aeb897c5db1747f7a68f5e7aff83364f

食事後、阪急百貨店内にあるCartierへ。
彼女が欲しいと言っていた指輪を勢いで購入!
結構高かったけど、一生物だし思い出に残るので後悔はありません。
今でも嬉しそうにつけてくれるので、僕も満足しています。

そして、年末はそろって里帰りということで、広島へ。
広島駅前の料亭で、初めて両親の顔合わせをしました。
うちの母親も出発前から緊張気味・・・。
「何着て行こうかしら?」とずっと言ってました。

そんなこんなでの初対面でしたが、お酒も入り上手くいきました。
こちらの印象は分かりませんが、うちの母親は彼女の両親を気に入ったようでした。
会話も弾み少々飲みすぎました。。。僕は食べ過ぎましたが・・・。

2005年はこれで終了。
色々ありましたが、僕にとって本当にいい年であったと思います。
次章からは2006年。いよいよ今年に突入しますので、また楽しみにして下さい。

14章へ続く。

~ Wedding Story ~ 第12章 ご両親への挨拶

2006年06月27日 00時00分02秒 | Wedding Story
<第12章 ご両親への挨拶>

2005年11月のある日。彼女のご両親に結婚の許しを得るため、広島に帰りました。
10月のプロポーズ以降、「いつ行こうか?早いほうがいいよね?」と彼女と相談し、お互いの仕事の都合の付いたその日程で帰広することに。

日曜日に彼女の実家へ伺う事になっていました。
広島に帰ったのは土曜日。
土曜の夜は、うちの母親と妹と3人で食事をしました。
家族には結婚は伝えていたのですが、子供が出来たことはまだ伝えておらず、その時に告白。
「そうかと思っとったんよ~。」と母親。
そんなもんなのかなぁ。もしかしたら、向こうのご両親気づいているのかなぁ。と思いました。

そうそう!前提条件として、彼女の両親は彼女の妊娠をまだ知りません。
考えてもらえれば分かると思うのですが、かなり挨拶に伺うのは怖かったです・・・。
前日の夜はちょー緊張。。。
今までの人生で一番緊張して、ろくに眠れませんでした。
ちなみにそれまでで一番緊張したのは、大学入試センター試験かなぁ。

そしていざ当日!
スーツに身を固めて、家を出発。
彼女の実家の最寄駅まで彼女が迎えに来てくれたのですが、ほんとに自分の心臓の音がものすごい速さでドクンドクンと鳴っているのを感じました。

そして玄関をくぐり、いざ決戦の場へ!!
ご両親はものすごく紳士的に僕を迎えてくれました。
しばらくは、今やってる仕事とか東京での生活の話。
なかなか切り出せませんでした。
その上、彼女の母親がお茶を入れてくれたり、お菓子を出してくれたりとなかなか4人がテーブルに同時につくことが無かったので、話すに話せません。。。

そうこう言ってる間に、お昼の時間に。。。
特上寿司をとって頂いたのですが、緊張で全く味わえず・・・。
食事中に切り出すわけにもいかず、どんどんと話しにくくなっていきました。
ちょうどその時にテレビで始まったのが、「東京国際女子マラソン」。
高橋尚子が復活をかけていたレースでした。

食事も終わり、ちょうどその時僕と彼女そしてご両親がテーブルに揃っていました。
「高橋尚子のスタートが俺のスタートだ。」
と決め、スタートの乾いた音が鳴り響いた瞬間、決意を固めました。

僕の想いと決意、これからの事、そして結婚を許してもらえるよう話しました。
どんなセリフを話したのかは、はっきりと憶えてませんし、きれいな言葉だったかどうかはわかりません。
すると、お義父さんから、
「こちらこそよろしくお願いします。われわれも協力しますんで。」
との言葉。
本当に嬉しかったです。そして彼女も涙。

妊娠についてはなんとなく気づいていたそうです。
その後写真を撮ったり、これからの話をしたりと僕の帰る時間まで色々話しました。
”殴られてもいい”という決心で行っていた僕は、ほんとに安心と嬉しさで胸がいっぱいになりました。

帰りに彼女に車で送ってもらったのですが、「ちゃんとしっかりと話せてたよ。よかったね。」と言われ、ちょっと込み上げるものがありました。泣いてはいませんが。

こうして、再び東京へと帰るのでした。
その後についてはまた次回。
まだまだ結婚までは色々あるので楽しみにしててください♪

13章へ続く。



☆一言アドバイス☆
ご両親へのあいさつは、会って間も無いうちに結論(結婚の許し)を話したほうがいいですよ!
これからという人!これは絶対です!!どんどん話しにくくなって行きます。
まず結論から話しましょう♪

~ Wedding Story ~ 第11章 衝撃・・・そしてプロポーズ

2006年05月27日 10時25分31秒 | Wedding Story
<第11章 衝撃・・・そしてプロポーズ>

夢のような沖縄生活から約1ヶ月後の2005年10月。
僕と彼女はまた普段通りの東京-大阪のそれぞれの生活に戻ってました。
お互い仕事をし、夜は電話をし、笑ったりケンカしたり。。。
そんなある日、その衝撃の電話はありました。

その夜彼女から電話、なんか様子がヘン。何か言いたい事を躊躇っているような感でした。後から考えて見ると、その前の数日もちょっとおかしかったような気がします。ケンカしてたので、その影響かなとも考えていました。

「大丈夫だから言ってごらんよ。」そう言った僕は、正直予感のようなものはほんの少しありました。
彼女は数分躊躇った後、話を切り出しました。
「出来ちゃったかも知れない・・・。」

「マジで~!?」それが僕のその時に出た言葉だったと思います。
話を詳しく聞くと、なんか間違い無さそう。。。
彼女の言葉は、この先の不安に満ちていました。生活とか仕事とか。
その不安を少しでも解消してあげたかったのですが、僕も衝撃を受けちゃって・・・情けない。その日は月曜日だったので、週末に大阪に行く事を告げ電話を切りました。その夜は色々考えて、さすがに眠れませんでした。

その1週間の間は色々考えました。嬉しさはすぐには沸いてこず、不安ばかり。。。もちろん結婚したいとは思っていたし、こういった形も想像は出来ていたのですが、いざなってみると・・・。
でも、「しっかりしなきゃ!一番不安なのは彼女であって、僕はその不安を取り除いてあげなくちゃ」と決意を固め大阪へ。

10月22日夜大阪、検査薬での反応は陽性。
彼女の不安はピーク。仕事もやりがいを持って一番頑張っていた時期。彼女のこれからの可能性をある意味奪ってしまうわけです。
でも、それ以上の幸せを与えてあげなくちゃ。子供が出来たからじゃなくて、やっぱりきちんとした言葉は必要だという気持でプロポーズしました。
(プロポーズの言葉は教えません。誰にも。)

答えはYes。
不安の中、喜んでくれたと思います。
一緒に幸せになりたいという気持ちと、頑張らなくちゃという強い決意を持ち、再び東京へ戻りました。

こうして、めでたく婚約。
しかし、本当に大変なのはこれからなのでした・・・

12章へ続く。



☆現状報告☆
赤ちゃんは無事に育ち、近く生まれる予定です。

~ Wedding Story ~ 第10章 2005年夏、沖縄

2006年05月10日 23時19分24秒 | Wedding Story
<第10章 2005年夏、沖縄>

2005年に入り、二人の仲は順調でした。
付き合って3年目を迎えた僕らは、非常に落ち着いた感じの関係になっていました。
(電話は1日~2日に1回、会うのは1ヶ月~1.5ヶ月に1回てな感じ。。。)
旅行にもよく行きました。
3月には伊勢・志摩、5月には琴平・尾道などなど。

そして、2005年夏、僕らは沖縄旅行の計画を立てました。
予定は9月。沖縄本土にあるANAのリゾートホテル(万座毛)に行くことに!
費用は高めでしたが、ちょっと奮発しました。

そして、いざ沖縄へ!と思った前日から台風が沖縄に急接近。
飛行機が飛ぶか飛ばないかの状況の中、旅行会社とお金の事でもめたりもしましたが、なんとか飛行機も飛び、無事沖縄に到着しました。
僕は羽田から、彼女は関空からの出発だったので、両方の飛行機が飛んでホッと一息。

レンタカーを借りて本土を移動。
着いたホテルはまさにリゾート!
ホテルの敷地内も車で移動しなきゃいけないくらい広い!!
プライベートビーチ・プールもあり、いたれりつくせりでした。
が!申し込んでいたダイビング等も台風のせいで中止。遊泳も禁止!
海も汚く、ほとんどホテルから外に出ることも出来ませんでした。

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僕が初めて沖縄に行ったとき~♪
何となく物悲しく思えたのは~♪
それがまるで日本の~縮図であるかのように♪
台風に囲まれていたからです♪
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(またパクっちゃいました桜井さん。でも僕が初めて沖縄に行ったのは中学のときだった!)

行ったのは美ら海水族館と首里城くらい。
でも沖縄料理・泡盛などなど大満喫できました。

大満足で沖縄旅行終了。
しかしこの後、この旅でとんでもない事が起きている事に、その時僕らは全く気付いていませんでした。

11章へ続く。

~ Wedding Story ~ 第9章 一発逆転

2006年04月25日 17時33分22秒 | Wedding Story
<第9章 一発逆転>

2004年夏。彼女の僕への想いは、かなり冷めていたと思います。
ほとんど電話もしない毎日。
ただ、僕の気持ちは冷めていなかったので、なんとか昔のように彼女を振り向かせようと思い、色々と考えました。
「8月の彼女の誕生日に勝負を賭けよう!」

7月下旬から準備を始めました。
彼女の誕生日は8月22日。
まずは、土日の前後に休みを取る。お盆に出勤する予定もあり、その代休という形で休みは簡単に取れました。これで4連休に!
彼女の会社はちょうどその時期が夏休みになっていたので、空けてもらっておきました。
次に、何をしようかプランを練りました。
(練ったプランは後ほど公開。。。)
最後にプレゼントを購入。
プレゼントは前から欲しがっていたピアスを購入。新宿島屋に一人で買いに行きました。(恥ずかしかった・・・。)

そして2004年8月。
20日にいつも通りに新幹線で大阪の彼女宅へ。
その日は普通(ってかむしろしらけた感じ)に過ごしました。
そして21日。
彼女に「今日は違うとこ行くから、宿泊準備して出かけるよ!」と言うと、「えっ」っと戸惑っていました。
インドアの彼女を半ば強引に家から連れ出し、車(彼女の)で向かった先は神戸。
海沿いの高級ホテルへ入りました。
彼女は「えっここ泊まるの??」とビックリしてました。

とりあえず、チェックインしまったり。高級思考の彼女はゴキゲンに。
テラスからモザイク&海が見える特等部屋!テラスで景色を見ながら、二人でビールを飲んでました♪

続いてのサプライズは、夕食。
用意したのは、クルージングディナー。
出てくる高級フレンチとワインに満足のご様子でした。
船上から見える神戸の港~ライトアップされた明石大橋の景色も堪能しました。

ディナー後は、「モザイクの方に行こうよ。」という彼女を半ば強引に再び部屋へ。
というのも、用意しておいたものがあったから。
23時頃部屋に戻り、しばらくテラスでお酒を交わしていました。
そして、彼女の誕生日22日になった瞬間の24時。
「ピンポーン」
ボーイさんが部屋へ。持ってきてもらったのは、彼女の名前入りのBirthDayケーキ。
28歳に合わせた、周りの大きなキャンドルは僕が用意しました。(100円ショップにて)

ロウソクを消すと、今度は購入したピアスをプレゼント。
ほんとに喜んでくれた彼女の笑顔が、一番嬉しかったです。

翌日は、モザイクで買い物後、ポートピアランドで開催していた彼女が行きたがっていたエイベックスのイベント「a-nation」へ。
チケットはネットオークションで、センターの前から2ブロック目をゲット。
大盛り上がりで、神戸の夜は終わりました。

これで、彼女の気持ちは大分戻ってきましたが、熱いうちにドンドン行こうと、その後のいくつかサプライズをかけました。
・予定だけを聞いといて、朝一の飛行機で彼女が起きる前に彼女宅へ行く。
・平日の夜、新幹線のほぼ終電で行き、翌日の午前で東京へ戻る(AM休)。
・クリスマスに欲しがってた小さいサイズのプレステをプレゼント(当時は希少価値)。
などなど。

結果、以前の関係に戻ったと思います。(お金はかかりましたが・・・)
2004年も平穏に終わり、なんとか2005年を無事に迎えたのでした。

10章へ続く。

~ Wedding Story ~ 第8章 東京転勤・破局ピンチ

2006年04月09日 09時59分38秒 | Wedding Story
<第8章 東京転勤・破局ピンチ>

2004年2月僕は東京に転勤となり引っ越しました。
東京には、小・中・高・大それぞれの友達も多く、環境にはすぐに慣れる事ができました。
彼女とも会う回数は、距離が離れても月に1回は会っていました。
特に今までと変わることなく過ごしていました。

変化が起こり始めたのは春。
まず変わり始めたのは、電話の数。
今までは、なんだかんだ言っても毎晩話していました。
でも、この頃彼女は仕事が忙しかった(本当に!?)らしく、夜電話しても出ない事が多くなってきました。そればかりか、着信を残してもかかって来ないと言う事が2~3日続くことはザラでした。
僕も意地になって、1週間以上話さない時もありました。

当然その結果合う回数も減りました。
僕は2ヶ月に1回は大阪に行っていましたが、彼女は東京に来る事は無くなりました。

決定的に彼女の態度が変わったのは2004年夏。
毎年恒例の大学時代の仲間との旅行。
この時まで約1年半、大学の仲間には僕らが付き合っている事を隠していました。
それを僕が公表(てゆーかバレた)したのですが、あまりそれが気に入らなかったらしく、この旅行中に僕等が会話を交わす事はほとんどありませんでした。
どーしてかは、今でも不思議です。でも彼女の僕への気持ちが薄れていたのは事実だったと思います。

その旅行から数ヶ月は、かなりヤバイ状態でした。
ある日大阪に台風が直撃し、心配して電話したけど繋がらない。
繋がらないので、何回も電話する。メールする。留守電にメッセージを残す。
それでも電話はかかってきませんでした・・・。
その後大阪に行った時に、「どうして?キライになった?」と聞いても、「何も変わってないよ!」と言われ、しまいには逆切れ。
「もう終わりかな?」と思い、本当に別れようかと思ったのですが、毎晩真剣に考えた結果、”彼女と別れたくない自分”がそこには確かに居たので、再び想ってもらえるように頑張る事にしました。
2人の想いのバランスを復活させよう!
再び強く想ってもらえるようになろう!

2004年夏。そこから僕の「僕と彼女の立場逆転作戦」が始まるのでした。

9章へ続く。

~ Wedding Story ~ 第7章 広島⇔大阪遠恋時代

2006年03月28日 18時43分55秒 | Wedding Story
<第7章 広島⇔大阪遠恋時代>

2003年春、遠距離恋愛から始まる恋愛は初めてでした。
付き合ってすぐは、大阪と広島をお互いが行き来する感じに。
新幹線で1時間半。高速バスで4時間。
今の広島~東京を思うと全然遠くない距離ですが、当時は遠く感じていました。

その頃僕は、車のローンや駐車場・保険、住宅費等々かなりギリギリの生活をしていました。
なので、大阪へ行く旅費は相当キツかった・・・。なので、往復9,000円の高速バスは利用していました。
友達からの飲みの誘いも泣く泣く断り、大の酒好きの僕には非常に辛い時期でした。
3週間に1回くらいに交互に大阪、広島という感じで会ってました。

付き合って彼女の最初の誕生日は8月。
金曜日で仕事を終え、広島駅へ走りケーキを買い、最終近い新幹線で大阪へ駆けつけたのを憶えています。
広島で会う時のだいたいのデートコースはドライブ。
広島県内のありとあらゆる所は行きつくしたような気がします。
ちなみに、この頃はまだ結婚は全く意識してませんでした。

そんな感じで2003年の終わりを迎えようとした頃。
転勤の話が・・・。
当時の上司から、「来年の2月から東京に決まったけぇ。」
・・・当時はそんなにショックはありませんでした。むしろ東京で暮らしてみたかったので、ちょっとウキウキしてたかも知れません。
ただ、大阪⇔東京は、広島⇔東京よりも新幹線にして1時間の距離Up。

そうして、2004年を迎え2月に僕は東京転勤になりました。
それまでは恥ずかしながら結構ラブラブだったのですが、やはり距離の壁は大きく、東京転勤とともに僕たちの遠距離恋愛の雲行きはあやしくなって行くのでした。。。

8章へ続く。

~ Wedding Story ~ 第6章 告白

2006年03月15日 17時55分02秒 | Wedding Story
<第6章 告白>
2003年のGW。
この年のGWは飛び石で、間は仕事を休めなかった事を覚えています。

GW初日の4月末日。
彼女は大阪から広島に戻ってきたので、一緒に映画に行きました。
その日は特にこれと言った話も無く、映画を見て帰りました。
翌日には、一緒に尾道へ行く約束をしたからかな。

翌日の朝、彼女の家へ車を走らせてお迎えに。
高速を走って、尾道へ行きました。
彼女は尾道が大好きで、よく行っていたようでしたが、僕は広島に居ながら、そのとき初めて尾道に行きました。

千光寺という有名なお寺が、尾道の山の上にあるのですが、とりあえずそこへ行くことに。
山を登ると、美しい景色がそこには広がっていました。よくテレビなどで見る尾道の風景。
海と瀬戸内海に浮かぶ島々。
しばらくは、ベンチに座って景色を眺めていました。

千光寺には、有名な縁結びのお守りがあります。(写真参照)
尾道に行く前から、「これを買って渡そう。そのときに気持ちを伝えよう!」と思っていましたが、なかなか買えず、とうとう山を降りることに。
最後に通った売店で、勇気を出してついに購入しました。
これを買った段階で、気持ちはある程度伝わっていたと思います。

千光寺を降りると、次は”しまなみ海道”を渡ってみることに。
向かったのは、因島。ポルノグラフィティの出身島として有名です。
新しく開拓された人口のビーチに、立ち入り禁止の看板を無視して入りました。
海も砂浜も本当にキレイで、吸い込まれそうになるほど。。。
買った縁結びのお守りをまだ渡せずにいた僕は、ここしかないと思い、思い切って渡しました。
次に告白をしようとしたその刹那・・・彼女の会社携帯が鳴りました。

電話に出た彼女の会話を聞いていると、結構なトラブルのよう・・・。
事態は深刻なようでした。
その後は車で帰りながら、彼女は助手席でひたすらあっちこっちに電話。
ミスだったようで、かなり落ち込んでいました。
なんだかんだで広島に到着。と同時にトラブルは解消されたよう。

告白する機会を失ってしまった僕は、今日は止めとこうと一瞬思いました。
でも、今日を逃すと次にいつ二人で会えるかは分からない状況だったので、思い切りりました。

告白しました。
返事は「私はやきもち焼きだから、結構大変だよ。」との返事。
(その後今に至るまで、やきもちを焼かれた事はありませんが・・・)
その後、「うん。」との回答。
ホッと安心しました。

その後、毎年GWには二人で尾道に行っています。
二人の携帯に1年の間ついているボロボロになったお守りを、年に1回買い換えています。

付き合い始めは順調でしたが、この後様々なトラブルが・・・

7章へつづく。

~ Wedding Story ~ 第5章 前彼との別れ

2006年02月28日 17時26分56秒 | Wedding Story
<第5章 前彼との別れ>
2003年4月、僕は転勤で広島へ帰りました。
ちょうどこの頃両親が離婚したので、地元にも関わらず一人暮らしをする事に。
僕は、会社の寮に入り、新たな生活がスタートしました。

元々所属していた部署ということもあり、会社の同僚・先輩も顔見知りの仲良し。仕事にもすぐ慣れ、地元で友達も多く、日常生活も楽しく過ごしていました。
ただ、彼女の事は、毎日気になっていました。気持ちは捨てないといけないと思いながら・・・。

しばらく彼女と電話で話す事もありませんでしたが、4月の中頃に突然の電話が。
「彼氏と別れる事にしたんよー。」
彼女の声は以外とあっけらかんとしていましたが、辛かったはずです。
大学時代から当時まで6年以上付き合ってきた彼氏。別れるのに辛くないはずはありません・・・。
「今日電話で気持ちを話したんじゃけど、向こうは納得してくれんけぇ、明日会って話す事にしたんよー。」
そのときの正直な気持ちは、嬉しいと言うよりも、何かもの悲しい感覚でした。
フッ切ろうと思っていた矢先だったので・・・。

次の日の夜仕事を終え、会社から出て歩いていると携帯が鳴りました。
電話に出ると彼女は泣いていました。
それから1時間くらいずーっと外で、話を聞いてました。
彼の現状・行動・別れを切り出した時の反応。
すべてを話すと彼女はすっきりしたようでした。
気が付くと、僕はいつも市内電車に乗っている区間を歩ききっていました。

それからは、ほぼ毎日電話で話すようになり、それが自然になってきました。
「GWに広島に帰るけぇ、会おうね。」と彼女。
僕の想いは再び強くなり、GWに告白する事を決意しました。

6章へ続く。