泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

変化は痛みを伴う

2024-02-06 14:04:47 | フォトエッセイ
 昨日は関東も大雪でした。
 仕事で、帰りの電車は少しずつしか進みません。通常の2倍はかかったでしょうか。
 今日は、もうずいぶん雪も溶けています。車を出すのも問題はなさそうです。
 写真は先日の晴れの日のものです。

 年末年始の書店は大忙しでした。
 それだけお客さんが来てくれたので良かった。
 とは言え、疲れます。
 冬休みが終わってひと段落したころ、やっと温泉だ! と喜んでいつものところに行きました。
 温泉と岩盤浴と。美味しいものもいただいて、ゆっくりと心身を温めてほぐして伸ばして。
 はあー疲れとれたー。でも次の日、右ふくらはぎが痛いのです。
 それは秋からの古傷でした。
 11月5日の東北・みやぎ復興マラソン。その前の練習から右ふくらはぎを痛めており、レース当日、20キロ手前の陸橋を登っているとき、「ブチッ」と言いました。
 あの恐ろしい音は今でも耳に残っています。
 それから右ふくらはぎには力が入らなくなっていました。
 歩き歩き、いちおう「完走」はできたわけですが、負傷箇所の痛みは相当なものでした。
 ホテル近くで湿布を買って貼りまくる。
 そして温泉に入って温めて、揉んで、ストレッチで伸ばす。
 12月も累計で100キロ走っていました。痛みは引いてはいなかったのですが、軽く、無理のない範囲で。
 で、お楽しみの温泉の後、走れないほどの痛みが再発しました。
 さすがにこれはおかしい、と思い、ネットで調べました。
 そしてやっとわかったのでした。
 その痛みは「肉離れ」であるということが。


 


 温泉・岩盤浴に行けば、今までの疲れや痛みは治っていました。
 しかし、「肉離れ」には有効じゃなかった。
 ネットの先人いわく「患部を冷やし、固定して安静にすること」。
「温めると傷口から流れる血が増え、固まってしこりとなり長期化するリスクが高まる」
 さらに「ストレッチは傷口を広げることになり逆効果」。
「ブチッ」と言ってから、かれこれ2カ月以上も「肉離れ」であると認識できず、症状にとって「逆効果」である対処法をしていたのでした。
 足だけでなく、胸も痛かった。冷やして欲しかったのに温めてしまって。
 静かに固定していて欲しかったのに、しつこく伸ばしてしまって。
 すまん。
 それからはすぐに湿布とサポーターを買い、使用しました。
 そして丸2週間走らなかった。
 2週間走らないって、走り始めてからなかなかない。最近では記憶にないくらい。
 今までとは違う方法をしないと、右ふくらはぎの痛みは取れなかった。
 痛みが、私に変化することを求めていました。




 痛みが引き、ランニング用のサポーターをつけて、おそるおそる走り始めました。
 ゆっくりゆっくりと。
 幸いなことに、今のところ再発はしていません。
 再スタートできて、そのランニング中に出会ったのが、ここに載せた花々です(蝋梅、水仙、白梅)。
 今月の18日には初参加となる「高知龍馬マラソン」が待っています。
 先日の3日には、32キロ走ることもできました。油断は禁物ですが、完走できる自信は持つことができました。

 変化と言えば、もう一つ。
 年始でしたか、通勤電車はがらがらでした。
 で、ふと思ったのです。ここでも原稿は書けるのではないか、と。
 ノートパソコンですから、混雑してない車内なら、本を読むだけでなく書くこともできそうだ、と。
 すぐ試すと、書けました!
 出勤前の朝は、一番体調も良いところ。集中力もあって、本屋で働き始めてからずっと(もう23年になります)続けてきたこと。
 その習慣を変えるというのは、なかなか思いつかなかった。
 冬休みが終わり、学生たちが戻ってくると、車内も混雑してきてノートパソコンを開くのも気が引けてくる。
 ならば、一番後ろに行けばいい。
 今までは、一番前の車両に乗っていました。降りる駅は終点で、改札は一番前にあるから。
 そんなことは多くの人が考えている。だから乗っている人も多い。
 案の定、一番後ろの車両は、同じ電車とは思えないほどがらがら。気兼ねなく書けるだけでなく、歩く距離も増えるという一石二鳥なのでした。
 今では一番後ろまで歩き、書き、一番後ろから歩いて前の人たちをどんどん抜いていく。それでも十分に次の電車には間に合っています。
 そうさせたのは、「もっと書きたい」という欲求でしょうか。
「家でないと書けない」という思い込みもありました。それを打ち破ったのは、昨年の熊本城マラソン。
 長い新幹線タイムで「書けるのではないか」という予感があり、実際に書けました。その経験が、通勤時間や仕事の休憩時間にまで及んだということでしょうか。
 家にいるとどうしても休みます。その中で小説を書く時間を作るのはなかなか大変です。
 休むことも必要なのに、休んだだけで書けないと、次の書店勤務の日、なんかもやっとしてしまう。
 朝の集中できる車内の時間は20分くらいでしょうか。休憩時間中も、せいぜい10分。
 でも、5日✖️30分=150分=2時間30分です。
 大事な2時間30分。集中できる2時間30分。
 この1カ月、朝電車で書くことはできた。これからも続けたいと思います。
 読むことは、帰りの電車でもいいし、ちょっとしたバスや待ち時間でもできます。
 ただ、23年間読む時間があったからこそ書く時間へ移ったことは確かでしょう。「十分読んだ」自信がなければ書けない。慎重な私はそう思ってもいました。
 
 書く背後には、無数の読みの支えがあってこそやっと成り立ちます。
 今年も、大学の先生から、一番最後に年賀状が来ました。
 大学卒業してから23年。先生に賀状を出したくて続けてきました。そして必ず、遅れて、友人知人たちの後、一番最後にやってくる。まさにラスボスという風格で。
 最初の10年くらいでしょうか、いつも先生は書かれていました。
「賀状ありがとうございます。お元気そうで何よりです。一歩一歩、着実に進んでください」
 焦って不安に駆られて、あるいは夢が先立ってしまって、宙吊りになってしまった私を知っている先生だからこその助言。
 一歩一歩、着実に。それは私のモットーになりました。走るときも読むときも書くときも、いつも先生の言葉は私の中にあります。
 最近は「お元気そうで何よりです。より一層の御活躍を祈ります」から「お元気で御活躍の様子何よりです。御健勝を祈ります」へ微妙に変化。
 そして今年。「お元気で御活躍の様子何よりです。御健勝と御健筆を祈ります」
「御健筆」……。
 今まで、あえてでしょうか、「書くこと」には触れてこなかった先生。
 その先生が「御健筆を祈る」だなんて。
 泣けてきます。
 やっぱり先生は、ずっと見守ってくれている。そう思えます。
 たった一枚の年賀状でも、私の現状を鋭く読み解いておられる。
 私の拙い文章を、作品とも言えない落書きを、最初に見てくれたのも先生でした。
 がんばろう。がんばれます。
 私は、私にできる最大限の仕事をしていく。それが、お世話になった方々への恩返しになるから。

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