私の好きな My favorite life

写真付きで my favorite life
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Diario 5.14 叔父の一言

2021-05-14 08:00:49 | 日記

 写真は 昨年行った裏磐梯の諸橋ダリ美術館です。 ダリの彫刻が素敵です。 また周囲も池を配してこれも素敵、 日本じゃないよう。

 さて、先日夜中の12時を回って日赤病院からの電話で起こされました。私の叔父の身を引き取りに?といったことでこれから来てくれと。着替えて、行ってみると、救急外来で寝かされており、担当ドクターの説明では、酔っぱらって階段から落ち、通行人からの連絡で救急車で運ばれて来たと。怪我はそれほどではないがまだひどく酔っていると。この夜は、叔父は一泊病院で泊まることで、私は翌日引き取りに伺うということで帰ってきました。
 翌日の昼に引き取りにゆくと、叔父は申し訳なかったと私にひたすら平謝りで、事情を話してくれました。叔父の持っている飲み屋の女主がお客が少ないので飲みに来てくれと言われたので行ったのだと。 叔父は年齢88歳で結構高齢で、今は連れ合いも亡くなり一人暮らしである。子供たちは皆都会で、昨晩は近くの身内といえば私になる。 叔父に まだまだ元気だね、遅くまで飲みに出るなんて大したもんだよと、元気づけの言葉を掛けた。  そのあと、ぼそぼそと 「 これで気落ちしちゃあいけないな、3~4日したらまた気合を入れて元に・・・」 と話すではないか。すごい叔父だなぁと 心から感心した。 
そうだ、私も持病をもって居りそう長くは、せめて男の平均寿命まではなんて思っていたが、 いやまだそう決めつけることなくできる限り精一杯生きてやろうという気になった。

Diario 5.6 GWの良かったこと

2021-05-06 07:34:51 | 日記


スナップは友人に教えてもらった”ゆりの花”  今年は見に行く機会がまだありません。 木の樹高は高く、咲く花も高所にあり見上げないとわからない、気づかないくらいです。けれど黄緑の色合いと、容姿が優しくてとても好きになってます。日曜日に会いにゆくつもりです。

 GW期間中は毎日忙しく、夜は、疲れてぐっすりと寝入りました。 毎年孫がやってくるのですが、今年は小学2年と、1年生になりました。昨年は畑に行っても二人で遊ぶばかりでしたが、今年は姉は草取り、弟はニンジンの収穫と随分手伝ってくれました。夕食後も弟はパパと並んで食器洗いを手伝っているし。親の教育,躾も上手なのだろう。息子の良い家族の姿を見ていると、こちらも幸せを感じる。また自分が子育ての時期、ああこうすれば良かったんだなーとちょっと反省の気持ちも浮かんできたり。
 
その他、久しぶりに本屋に(蔦屋書店)に寄る時間があり、立ち読み。 これがまた楽しかったな!けれど、購入はしない。不思議に買って読んでみると、良かったのは立ち読んだ箇所ほとんどだったという記憶があるからね。

 毎年この時期、家族親類と山菜取りに出掛けるのだが、今年はそれぞれ都合があり出かけずじまい。しかし驚いたことに思いもかけず、あちらこちらかか山菜のおすそ分けを頂き、息子達家族に配りまくりました。今年は野菜,果樹も手入れの時期が読めない。昨年と同様、遅霜で、桃。杏、ジャガイモ、など新芽が枯れてしまったようです。私の大事な、生食用杏も全滅かな(1本きりですが)。

 あぁ、あっという間に今年の連休も終わりました。

Diario 4:18  介護の母との毎日

2021-04-18 15:28:50 | 日記

 写真は 福島県 大内宿 昨年まだ母がショートステイに長く滞在できる時期に GO TO Travel
を利用して出かけた。

 母が今の隣の座敷に陣取るようになって3か月が経過。毎日のように入れ替わり立ち代わりに訪看さん、ヘルパーさん、訪問入浴、訪問リハビリ、2週に一度の内科医師の往診、がもう当たり前のような日々になってきた。静かなのは日曜日、今日である。1月の母を迎えての緊張の毎日ではなく、この頃は手を抜けるところは抜いてゆこうといった要領である。すると、こちらの気分にもゆとりが出て、その気持ちで母に接すると、手を掛けるところにも余裕が感じられるように思う。
 今日は、初めて母を車いすに移乗させて1時間、春の日差しを、風を感じてもらった。その時そうだねと、妻が長く伸びた母の髪をカットしようと急遽散髪までしてしまった。頭まで軽くなったことでしょう。
 先日、往診時の血液検査の結果を見せてくれた。なんと、退院時より回を追うごとに改善している。2月毎にする私の検査値よりも良いのだ! 母の延命治療、介護はこれからいつまで続くのかわからないが、今の生活パターンが当分続きそうである。けれど、以前のように母は自分の部屋で一人っきりというのではなく、親子一つの家族になったなと感じている。
 コロナワクチンの高齢者への接種が始まってきたが、膠原病のため長期にわたりステロイドを服用している者には支障は無いのだろうか?
 

Diario 3.22 母の介護 

2021-03-22 07:36:22 | 日記

 母を自宅に引き取り2か月が経過。 1月前に酸素吸入の管は外されたが、経鼻経管栄養はこれからもずっと続くのだ。毎日、朝、昼、晩と それぞれ約1時間はかかる。これは大した見守りも必要なく以前のような 食事を作ったり養ったりすることがなくなったので楽になったが、代わりに大変なのが痰の吸引である。管を鼻から喉のほうまで通すのがとても痛いらしい。首を横に振り振りいやいやをする。うまく通ると15分くらいかけて、ゆっくりとできるだけ除去できるようにと母の様子を見ながら続ける。これも朝、昼、晩と、これが大変。  しかし、このひと時、母の顔を見ながら、母と私の幼少時から家を出るまで、また長野に親を引き取ってからの母の生活、更に写真や人つてに聞く母の結婚前の様子など、様々な思い出、想像がこの吸引時に私の脳裏に浮かんでくる。 そして今、この母は何を考えて生きているのだろうか?なにを思い出しているのだろうか? 同時に、70歳になった自分自身の過去を振り返り、母への感謝の気持ちも改めて蘇ってくる。
 先々週から 訪問リハビリを受けるようになった。もう随分母の身体 四肢は拘縮が酷くなっており、今更回復するのかと疑問視していたのだが、何ンと2か月もベッドで寝た切りだったのが、車いすに座るではないですか。もちろん移乗には手を貸しますが、首も目元もしっかりと前を向き驚きとうれしさで、理学療法士さんに感謝です。凄いです!

Diario 3.2 母の介護

2021-03-02 07:48:42 | 日記


 母の自宅介護を始めてもうすぐ2か月が経つ。あまり考えずに母を自宅に戻して、病院で行われていた介護、看護を妻と二人で分担してやってきたが、多少は少なくなってしまったものの、やるべき仕事の多さに驚く。 それを当初は、無我夢中でこなしてきた。そして身体の疲れもようやく一山超えたと思える今、ふと気づくと 母を含めてみな生活するだけで精一杯で、自分の時間が無かったように思う。以前は、ピアノにスペイン語教室、読書と施設に母を送りながら自分の時間を楽しむことができたのが。
 最近口を開けて眠っていることが増えてきている母の顔を見ながら痰の吸引をしている。そんな時、母が私を育ててくれていた昔の光景を思い出す。子育ては、母、女性にとって生き甲斐だったのであろうな。また、私が母を泣かせた親不孝な息子であったこともジワリと申し訳なく思う。