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Diario 1.14 母の入退院

2021-01-14 18:37:25 | 日記


 この年末、92歳の母が体調を崩し、家で少しでも食事を摂ってもらおうと妻と一匙ひと匙と養っていたのだが、年明け4日にもう限界と思って救急車で病院の救急外来へ。そこで、やはり誤嚥性肺炎だと告げられた。3日ほど経て、担当医から退院後はどうしますかと問われた。まず、自宅か病院か施設か?次に栄養であるが、今後誤嚥性肺炎は必ず起きると。だから、口から以前と同じようには食べられないと。では、点滴か経管栄養かと。担当医は、母の年齢を考えて、点滴はどうですかと暗に勧めているように感じた。この場合良くて3月、早くて1月で看取りとなるでしょうと。まだ、経管栄養の方が、先延ばしできるでしょうが、おそかれはやかれ誤嚥により肺炎を発症することになると。   退院後どこにゆくかは、自宅にきまっている。これまで、自宅から10年以上にわたり、デイサービス、ショートステイを利用してきた。さて、次の問いには、つい1月前までは、養うにしても家族と同じにテーブルについてできていたのが、今回の肺炎でいきなり看取りを勧められたのには随分動揺した。 医師が診て、母はそんなに重症だったのか? わたしには、信じられなかった。二日後に、返事をしますとその日か帰宅。 二日後、医師に母の顔を見ないと、判断がつかないと告げると、医師は看護師に命じて、ストレッチャーに乗った母を連れてこさせた。医師はこれでも延命を希望するのかと言わせんがために連れてきて会わせたのでしょう。  しかし、再会した母の顔は、随分回復しており穏やかな様子でした。 私はこれは状態は肺炎を起こす前の状態ですね、まだまだ経管栄養で介護したいと告げた。 医師は、随分丁寧に介護されていたのですねと言って決着がつきました。 今日、14日入院後10日間で退院できました。
 退院前から、ケースワーカー、ケアマネージャー、訪問看護師、医師などが集まり自宅介護について相談、打ち合わせがあり、今日自宅に戻ってからその全てがうごきだしました。ストレッチャー付きの民間救急車、続いて訪問看護婦による経管栄養の注入、痰の吸引、続いて365日、24時間対応のドクターに看護師、さいごにケアマネージャーと密に詰まった退院後初日でした。
 自宅に戻った母の顔は、贔屓目に見ても穏やかになったようです。 さぁ、これからどれほどお互いに頑張れるか、穏やかな気持ちで過ごせるのではないかな。
 厳しく聞えた担当医の言葉も、今思えばこれから自宅介護をしてゆく心構えをしっかりとするように
こちらの覚悟を問うたものではなかったかと思う。また、今の時代、介護保険制度のおかげで、医療者と介護スタッフ、また本人や家族の連携が十分にとれるようになっているのに初めて知りありがたく感じた。 また、こんな長野の地方にも、365日、24時間対応の医療クリニックがあるとはまた驚いた。こんなのは都会にしかないだろうと思っていたから。   
時代は世の中は少しずつでも良くなってきているのだなぁ。