酔いどれ烏の夢物語

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

酔いどれ烏の夢物語 かぐや姫

2022-12-27 18:13:39 | ポエム

                               

 

星の綺麗な夜だった 人気のない公園のベンチに座り

彼は空を見上げていた 近づいて彼の目線を追った 

どうやら星ではなく月を見ている様だった

その眼差しは憂いを帯びた 少し大人っぽい瞳で

まるで 早く月に帰りたがっているかぐや姫のようだ

時計を見ると既に十時を廻っている 

見るからに高校生らしい服装に 通学用のバック

こんな時間に何してるの? もう帰ったほうがいい

俺の声に振り向いた彼は おじさん刑事か何か?と訊いた

危ないって、どんな? 彼はさもどうでもよさそうに訊いた

この公園、薄暗いからたまに危ない奴が出るんだ

危ない奴って? また興味なさそうに彼は訊いた

君みたいな若い子に危害を加えたり、悪い事に誘う奴!

ふーん。じゃあ帰るよ、またね、おじさん!

まったく可愛げの無いかぐや姫もいたもんだ!

 

翌日も仕事が長引き、会社を出たのは九時半を過ぎていた

仕方ない、またあの公園を通るか そうすれば少しは早く家に着く

歩きながらふと空を見た まさかまたあのかぐや姫は居ないよな

大抵の悪い予感は的中するもので やはりいた あのかぐや姫が

あのさ、昨日も言ったけど、ここ危ないから…

今頃 親が心配してるんじゃないのか?

親ねえ… 父さんは今出張中 母さんは半年前に出て行った

だから心配してる訳ないよ 俺は何て言って良いか解らなかった

聞きたくもない人様の家庭の事情に首を突っ込んだ事を後悔した

仕方なく彼の隣に腰を下ろし、さっきコンビニで買った

夜食のおにぎりを袋から出した 食うか?と訊くと

おじさんの分無くなるでしょ いいよ俺はと答えた

いいから食え、そう言って強引に彼の手におにぎりを渡した

俺も一つ取り出し、食べ始めた 冷たいままのおにぎりだ

温めて貰えば良かったな、と言うと 美味しいよと彼は笑った

 

その翌日は珍しく早くに仕事を終え、同僚と飲みに出た

ここの所寝不足だったせいか、酔いが回るのも早かった

悪い、俺今日はもう帰るから! そう言って居酒屋を出たのは

十一時近かった さすがに今日はもう帰っているだろうさ

だが、やはり かぐや姫はそこに居た バッグを枕に横たわって

眠っていたのだ 馬鹿か、お前は! 一気に酔いが冷めた

肩を揺さぶり起こすと あれ、今日は遅いんだねと

悪びれもせずに言った 待ってる人が居なくても家に帰れ!

うん、解ったよ そう言って再びかぐや姫は眠りについた

これじゃあ かぐや姫じゃなくて、眠り姫だろう

仕方なく負ぶって家まで連れて来た どうするんだ 俺⁈

簡単な朝食を作り彼を起こした お前も学校だろう

それ食って学校へ行け!遅刻しないか?

彼は最初不思議そうにしていたが、うん大丈夫だよと笑った

今にして思えば あれが決定打だったのかもしれない

 

かぐや姫はあれ以来、公園で月を眺める事は無くなったが

俺の安アパートに居座る事が多くなった 合鍵を渡したせいか

お互いに特に何かを求める訳でも無く ただ一緒に居た

そんなある日、俺に転勤の辞令が下った 先輩から聞いていた

入社三年をめどに一度は転勤の辞令が下る筈だと

どう切り出せば良いのか、だが彼の反応は意外だった

転勤先が北海道だと告げると 俺も行きたい!

目を輝かせてそう言った まて、俺にお前を養う余裕は無い!

大丈夫!俺も卒業したら働くから 良いでしょ、良いよね!

お前が父さんを説得できたならな! 俺は勘違いしていた

何だかんだ言っても、父親は彼の行く末を心配してるだろうと

しかし 彼の父親は本当に自分の事で忙しいらしく

息子の行く末には関心が無かったらしい

高校を卒業したらそっちの大学に通う事になりました

父が大学だけは出ておけというので そんなメールが春に届いた

 

やれやれ、とんだ出会いをしてしまったと思ったが

あの日の 君を思い出すとこんな出会いも悪くない

月を見ていた時の憂いとは裏腹な 何も興味がなさそうな目

そんな奴が興味どころか、今は俺を必要としている

時計を見た もう奴の乗った飛行機が到着する頃だ

俺もどうかしている 有給を休暇までとってまで

この千歳空港まで迎えに来たんだから

東京からの到着ゲートに居た俺の目に映ったのは

一回り大人らしく成長した 奴の姿だった

そう思ったのも束の間 顔いっぱいに笑顔をほころばせ

俺の胸に飛び込んで来た ああ、変わっていないな

あの時、あの公園で見た妖しくも危なげな顔

今すぐにでも月に帰りたいと願うかぐや姫のような瞳

だが、俺のかぐや姫は月よりこの地球を選んだらしい

ならば何か貢物を 最初にどこに行きたい?