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かねうりきちじの横浜・喫茶店めぐり

珈琲歴四十年の中の人が、珈琲豆荷揚げ量日本一を誇る横浜港のある町の喫茶店でタンザニア産コーヒーを飲み歩きます

頂点に立てるか?

2013年09月16日 | 旧ブログ記事(競馬関係)
昨日は夜遅くまで起きていた競馬ファンが多かったのではないでしょうか?

それは、10月5日にフランスのロンシャン競馬場で行われる、世界最高峰のレースのひとつである凱旋門賞の前哨戦が3レース同じ舞台で開催されたから。

日本からは、ニエル賞(3歳限定)にキズナが、

2013年ダービー

フォア賞(3歳以上)にオルフェーヴルとステラウィンドが

オルフェーヴル2011年ダービー

出走。

そして、キズナ・オルフェーヴルともに1着。

ドイツに1頭強い馬がいますが、この馬さえ負かせれば勝てるかもしれません。

昨年、惜しい2着だったオルフェーヴルにもチャンスは大いにあると思いますが、kaneurikichiji が特に期待するのは、キズナ。

凱旋門賞は、3歳と4歳以上、牡馬と牝馬とで負担重量に大きな差があるからです。
 ※4歳以上牡馬が59.5kgなのに対し、3歳牡馬は56kg。牝馬は2kg減です。
  ちなみに天皇賞秋ならキズナは同じ56kgですが、オルフェーヴルは58kgで出られます。
  4歳以上牡馬の負担重量が日本に比べて相対的に重いことがわかります。


勝つなら3歳で挑戦すべきと、オルフェーブルがダービーを勝った時もここで書きました。

キズナの鞍上は、武豊。

月イチ講座の日でなかったら、パリまで応援に行ってるのですが・・・。

残念です。

近所で見られるなんて~盛岡秋まつり2013

2013年09月15日 | 旧ブログ記事(岩手・盛岡関係)
去年、よ市のあとにたまたま見た、盛岡秋まつりの山車

お祭りは9月14・15・16日に固定されているため、必ずしもお休みの日とは限りませんが、今年は曜日のめぐり合わせが良くて、すべて休日。

が、昨日は不在で、今日は雨。

明日も台風の影響で雨なので、今年は見られないなぁと思っていたら・・・・



なんと近所に来ていました。

肴町の一番組です。

風流(ふりゅう 山車の飾り)は、



宇治川の先陣争いで、見返しは、



花咲爺のようです。

盛岡の街中しか巡行しないと思ってたので、肴町から遠く離れた近所で見られるとは思ってませんでした。

山車の制作費は寄付によって行われているようで、なかなか街中だけでは十分な額が集まらないのかもしれませんねぇ。

あこがれの場所

2013年09月13日 | 旧ブログ記事(文化財関係)
お盆に帰省した時のこと。

近くて遠い遺跡や神社にやっと行けたのですが、その前にやっとあこがれの地に行くことができました。

そこは・・・



(伝)金売り吉次兄弟の墓(白河市指定重要文化財<史跡>)

数年前、白河関を見学した時、看板を見て気にはなっていたところ。

その時は時間がなくて立ち寄れなかったのですが、kaneurikichiji という名でブログやツイッターをするようになってから、ぜひとも訪れたい場所でした。

解説板によれば、この石塔は「白河石(安山岩質凝灰岩)で宝篋印塔(ほうぎょういんとう)で(中略)製作技法の特徴から室町時代の頃の建立と推測」されています。

また、「土地の人々から『吉次様』の墓として信仰されてきた」ようです。



確かに花が手向けられていて、今でも大切にされているのが窺われました。


【宣伝】そんな金売り吉次の屋敷の跡という伝承を持つ長者ヶ原廃寺跡で、ベアレンビールを飲みましょう



28日なのに27日?

2013年09月11日 | 旧ブログ記事(長者ヶ原廃寺跡・衣川関係)
ベアレン創業10周年記念イベント in 長者ヶ原廃寺跡が開催されるのは、9月28日の土曜日。

なのにその連動イベントの講座の名前が“文治5年9月27日の衣川”というのは?

それには理由があります。

今から824年前の文治5年9月27日。

次の日、鎌倉へ戻ることになる源頼朝は、1日かけて衣川を見て回っています。

その時の様子が、鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』にはこう記されています。

   二品、安倍頼時<本名頼義なり>の衣川の遺跡を歴覧したまう。
  郭土は空しく残り、秋草の鏁(とざ)すこと数十町。礎石はいづくにあるや。
  旧苔に埋もれること百余年。
    頼朝は、安倍頼時<もとの名は頼義>の衣川の遺跡を見て回った。
   土塀だけがむなしく残っていて、秋草があたり一帯を覆っている。
   礎石はどこにあるのだろうか。苔むして、それに埋もれてしまって
   百数年経っているはずだ。


「郭土(=土塀)」、「礎石」という単語から、この部分は長者ヶ原廃寺跡の情景を記したものだと考えられます。

つまり、824年の9月27日、源頼朝が長者ヶ原廃寺跡に来ていたのです。

その理由は何か?

頼朝にとって、奥州合戦は平泉の藤原氏を滅ぼすことだけではありませんでした。

父祖・源頼義が、安倍氏を前九年合戦で滅ぼしたことを、できるだけ忠実になぞることによって、自分と御家人との関係を再確認するという意味があったのです。

だからこそ、安倍氏が建立し、前九年合戦後、廃墟となった長者ヶ原廃寺跡を訪れて、源頼義の事績を自らに重ね合わせることで、奥州合戦を締めくくったのです。

衣川、特にも長者ヶ原廃寺跡において、9月27日というのは、重要な意味のある日なのです。

kaneurikichiji はこれをテーマにした講座の機会をずっと窺っていました。

そして、大好きなベアレンビールのイベントが9月28日に開催されるのに合わせ、満を持して登場させた、というわけです。

頼朝が秋草に邪魔されて見られなかった、長者ヶ原廃寺跡の礎石。


長者ヶ原廃寺跡の礎石。背後に見える雪化粧の山は栗駒山。2009年11月19日撮影。

今では、最高においしいベアレンビールを飲みながら、簡単に見ることができます。

9月28日は、長者ヶ原廃寺跡に、ぜひお越し下さい!

ベアレンビール祭り in 奥州

2013年09月10日 | 旧ブログ記事(長者ヶ原廃寺跡・衣川関係)
kaneurikichiji が愛して止まないベアレンビール。

今年は創業10周年ということで、岩手県内の全市町村でイベントが実施されています。

で、そのイベントが、なんと・・・

 前売りチケットはここ

今月末、9月28日の土曜日に長者ヶ原廃寺跡で開催されます~!

それに合わせて、長者ヶ原廃寺跡に関する講座を実施することにしました。

図のアングルは上のチラシの写真と同じです。

その名も、『文治5年9月27日の衣川』。

皆さま、ぜひぜひ、おこしくださいませ~