幸福論:お墓に何をもっていけるのだろうか?No.13
絶対的幸福論と相対的幸福論というのがあります。
私の人生におけるテーマは「絶対的幸福論」の追求ですので、「お墓に何を
もっていけるのだろうか?」という問いかけは、「絶対的幸福と相対的幸福」
を対比する意味で、分りやすい質問かと思います。
数百億円の財産を一代で築いた京セラ元社長 稲盛和夫氏は「お墓に何を
もっていけるのかを真剣に考えなさい」とつねづねいっておられ、言葉どお
り約200億円の資財を投じて、「京都賞」財団をつくり、世の中に役立つ
技術に貢献したかたを表彰する制度をつくりました。
稲盛氏は著書「哲学」(PHP文庫¥476)で、「死を迎えて『あなたは何を
しましたか?』と尋ねらたら、どんな答えを返すでしょう。という問いの回
答して次のように述べています。
「
『京セラをつくって、大きな会社にした』といってみたところで、
意識体にとっては肉体も何もないので、何の価値もありません。さら
に財産を何千億円もっていてもこれも無意味なのです。
では、何が価値あるものなのか。それは現世を生きたときにつくり
あげた人格、人間性、魂、意識体です。それは肉体が滅びてもなくな
ることはありません。
『あなたは努力され、素晴らしい人格をもつまでに自分を高めまし
たね』といわれることが人生の価値であると私は思います。つまり人
間性を高めるためにわれわれは現世で生きているのです 」
「お墓に何をもっていけるのだろうか?」
ワコールの社長の塚本氏ように全財産なくしても全社員との相互扶
助に賭けれるか?稲盛さんのように実践に基づく発言ができるのか?
このような回答や実践例に私は「絶対的幸福」への鍵があるのでは?
と思っています。
歓乃喜 師弟 No.13(7/16 2008)
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