篤姫と維新の志士たち

鹿児島を舞台にし、また徳川将軍の妻となった篤姫と明治維新の志士たちを尋ねて歩くブログです。いろんな異人達を探りますよ

西郷隆盛・寺山での日々

2008-11-11 17:34:11 | Weblog
 西郷隆盛については、明治維新の代表的な立役者のひとりで、篤姫とともに表舞台に出て活躍したことは良く知られており、また、その事もこれまでご紹介しました。
 今日は、明治維新後の日々を鹿児島で、のどかに暮らした西郷の一幕をご紹介したいと思います。
 鹿児島に帰った西郷は、日々、若い志士達と農地開拓や山歩きなどして、平和に
暮らしていた時がありました。鹿児島市内から北へ約20分ほど(現在の車では)行った所に吉野村と言うところがありました。吉野の志士、別府晋介(城山で切腹する前に「しんどんしんどんもうよかろ」といった人物)や桐野利秋(刀の達人として人きり半次郎と呼ばれ強い志士だったようです)などか、と思われますが、寺山という地を開拓した跡があります。また、そこから歩いても5分ぐらいの所に、大崎鼻展望台(寺山公園)がありました。ここからは桜島が一望でき、この絶景に心を寄せ英気を養った場所です。また、この下、約400m下には、磯集成館(現在、行楽地で有名)で使用する木炭を作るため、島津斉彬が作らせた炭窯の跡があります。後に司馬遼太郎はここの展望台を訪れ、「海は軽佻なほどに明るく、泣こよかひっ跳べ、という隼人どもの心を、この青がそめあげたかと思われる陽気であった」と感想を述べたそうです。
 私も、この地を訪れ、西郷らのこころが癒された、桜島と錦江の海に感動した
次第です。