篤姫と維新の志士たち

鹿児島を舞台にし、また徳川将軍の妻となった篤姫と明治維新の志士たちを尋ねて歩くブログです。いろんな異人達を探りますよ

死に物狂いになることとは

2014-02-07 04:11:05 | Weblog
篤姫を見ていていつも関心することがありました。
小松帯刀が島津の仕事に就き、西郷隆盛が殿様ととともに江戸での庭役を命ぜられた時、大久保利通だけは、何をやってよいか、常に悩んでいました。その時、自分の母に私は鬼になりますというのです。また、小松さんも篤姫が江戸に行ってしまうと、自分は薩摩で何もしないで、どうすればよいのか?とあせります。有馬さんも、わざと京都で謀反を起こし、京都の警備の仕事を朝廷より請けた薩摩の仲間に切り殺され、遺書に「これで殿様が認められるだろう、自分にはこのくらいしかお役にたてないのだから」と自分の命を投げ捨てて、薩摩に貢献するのです。このときの人たちは、篤姫だけでなく、薩摩のため、殿様のため、日本のために自分にできる精一杯のことをして生きています。
現在の私たちが同じように、死に物狂いでできることとは、一体・何なのか。考えさせられてしまいますが、現在のこの日本でも、頑張っている人たちはたくさんいると思います。明治時代のように、目には見えなくても、歴史には残らなくても、いかに死に物狂いになるか、ということを考え実行している人がたくさん存在していると考えます。
私も、ふとしたことで、去年と一昨年、韓国に行きました。現在、韓国語の勉強を少しずつやり始めました。
また、それより以前、アメリカ・カナダへ英語の本を一冊だけ持って約2週間・一人だけで旅をしました。英語はわかりませんでしたが、シカゴ経由でカナダに行きました。一言で言って、何とかなるものです。人間、いざとなったら何とかなるものだと、初めて感じた出来事でしたが、外国の人も言葉はわからなくても、とても優しく接してくださいました。日本にはない、何かを得ることができたのです。私も一生勉強だと考えています。今は、外国の歴史も勉強しなくてはとかんがえますが、鹿児島の事、薩摩のことなど、まだまだ、紹介していきたいと思います。是非、東京の薩摩屋敷跡などや県外の薩摩に関する旅を見ていきたいと考えています。

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