素敵な優有作品を読んで辛抱たまらなくなって書いてしまいました。
緋色シリーズの前日譚ですので、ネタバレありです。ご注意ください。
チラリと壁の時計に目をやるとLAへの最終便の時間がそろそろ迫っていることを示していた。有希子は最後にもう一度「作品」を丹念にチェックして満足げに頷くと
「そろそろ行くわ」
と立ち上がった。「ああ、あっちは宜しく頼むよ」そういうのは耳に馴染んだ夫の声なのに、目の前の男の顔は全く夫とは似ても似つかないものだった。もっともそのように変装させたのは他ならぬ彼女自身であり、その出来栄えには大いに満足しているが、彼女が好きな理知的な黒い瞳は今は細く隠されている。
「任せて。私を誰だと思ってるの?」
「もちろん世界一の女優、藤峰有希子だろう」
「ふふ、分かればよろしい」
違和感を振り払うべく悪戯っぽくそう覗き込めば、変装の奥から彼女の良く知る穏やかな視線が返ってきて少し安堵する。久しぶりの大舞台にどうやら少なからず自分も緊張しているらしい。
一般住宅よりはずっと広い工藤邸といえども、そんな冗談めかした会話を交わしているうちに玄関にたどりついてしまう。玄関先で振り返ると有希子はじっと優作を見つめた。これからこの家で行われる頭脳戦の最前線に立つというのにいつもと変わらない落ち着いたその姿に、この男がいる限り自分も息子も何一つ心配はいらないのだということも確信する。けれど……。
それでもやはりここを離れるのに躊躇してしまう。自分の半身ともいうべき男が危地に赴こうとすることに本能的な不安がぬぐいきれなかった。
「優作……」
なにかを言わなければと思うけれどその一言が出てこない。もどかしさに縋るようにむけた視線を優しく受けとめられた刹那、零したため息ごと唇がそっと塞がれた。言葉を交わす代わりとでもいうように、浅く深く繰り返される口づけに戸惑うことなく応え、互いの吐息だけで思いを伝え合う。
そしてやがて……。
「この続きは素顔で…」
そっと離された唇でそう告げると有希子は工藤邸を後にした。
緋色シリーズの前日譚ですので、ネタバレありです。ご注意ください。
チラリと壁の時計に目をやるとLAへの最終便の時間がそろそろ迫っていることを示していた。有希子は最後にもう一度「作品」を丹念にチェックして満足げに頷くと
「そろそろ行くわ」
と立ち上がった。「ああ、あっちは宜しく頼むよ」そういうのは耳に馴染んだ夫の声なのに、目の前の男の顔は全く夫とは似ても似つかないものだった。もっともそのように変装させたのは他ならぬ彼女自身であり、その出来栄えには大いに満足しているが、彼女が好きな理知的な黒い瞳は今は細く隠されている。
「任せて。私を誰だと思ってるの?」
「もちろん世界一の女優、藤峰有希子だろう」
「ふふ、分かればよろしい」
違和感を振り払うべく悪戯っぽくそう覗き込めば、変装の奥から彼女の良く知る穏やかな視線が返ってきて少し安堵する。久しぶりの大舞台にどうやら少なからず自分も緊張しているらしい。
一般住宅よりはずっと広い工藤邸といえども、そんな冗談めかした会話を交わしているうちに玄関にたどりついてしまう。玄関先で振り返ると有希子はじっと優作を見つめた。これからこの家で行われる頭脳戦の最前線に立つというのにいつもと変わらない落ち着いたその姿に、この男がいる限り自分も息子も何一つ心配はいらないのだということも確信する。けれど……。
それでもやはりここを離れるのに躊躇してしまう。自分の半身ともいうべき男が危地に赴こうとすることに本能的な不安がぬぐいきれなかった。
「優作……」
なにかを言わなければと思うけれどその一言が出てこない。もどかしさに縋るようにむけた視線を優しく受けとめられた刹那、零したため息ごと唇がそっと塞がれた。言葉を交わす代わりとでもいうように、浅く深く繰り返される口づけに戸惑うことなく応え、互いの吐息だけで思いを伝え合う。
そしてやがて……。
「この続きは素顔で…」
そっと離された唇でそう告げると有希子は工藤邸を後にした。
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