Youtubeの♪波の背の背に ゆられてゆれて♪（昭和21年11月発売）・・・曲に涙する復員兵を目撃したと歌手田畑義男は語った。小生の父は満州大連と内地で我ら3兄弟を儲け、4人目の弟を母の胎内に残したまま向島から戦地北支へ向かい、帰ったのは父を知ることのなかった末弟が疎開先で死んだ後、戦後の昭和21年夏だった。父はこの歌を復員船内では聴くことはなかったが、背景の復員そのものを経験した。戦後の東京には、復員した白衣の元将兵が職を得られずに戦傷の身を晒してアコーデオンで歌い、通行人の善意で生計を立てる姿があった。
レコード会社大連支店の父は内地に帰り、のちに陸軍に召集された。陸軍に父との面会に行ったとき、父は陸士出の弟叔父の将校部屋に『誰々、入ります。』と大声で名乗って入室して来た。戦後に父は戦地のことを殆ど語ることはなかった。上官を背負って出水の中を逃げ延びたと一度だけ語った。父の兄弟は3人とも戦死した。
大学ラグビー部出の酒好きサラリーマンにとって戦後は良い時代とは言えず、職も変わった。下町の家作のほとんどを失って、狭い長屋の1軒に3家族が住み、父母の仲は良くなくなり、別居した。我ら3人兄弟は、土曜日に銀座の洋装店に勤める母に会いに行くのが常だった。子供らが世田谷の母の実家に移って、父は、3人兄弟の部屋を勤務先の売り物であるスレート造りで建て増ししてくれた。
父は、長屋を引き払って自分の住む小さな家を調布に建てたが、一部は末弟の音楽修行のピアノに消えた。その末弟が小学生時代に同級生を苛めたと教師から告げられたとき、末弟は帰宅した父に殴り飛ばされた。父が怒ったのは、この1回切りである。酔っての帰宅が多かったが、愚痴を管巻くことはなかった。一人暮らしの父は56才で亡くなり、深川木場の墓地に葬った。現在、小生はその父の年を25年も上回った。この年になって、早逝した父の無念を想像する。
戦後、相当経過して母の実家で箪笥の底から見つけたフィルムを焼いた大連時代の我が幼児時代1940~1941年?の写真は、記憶にない大連芝生町のアパート前で撮ったと家内の看護で92才まで生きた母が言った。そこに父がいる。写真からは、困難となる戦後をうかがうことはできない。小生の幼児記憶は、写真より後の内地の洗足池時代に始まるので、その写真の幼児と父は時代を隔した影薄い存在に感じられる。