医療と介護の連携をいろいろと形にしていこうと医療側と調整を重ねている昨今です。
医療と介護の連携を理解されている医師と話をしているときには簡単に話が進んでいきます。
その医師が開業医であろうと勤務医であろうと、医院であろうと大病院であろうと代わりありません。
しかしながらその逆もあって、理解されていない医師は勤務医であろうが開業医であろうが連携なんてものではなく、医師の指示に従わされるだけの結果となる。
ここのところ「退院ケース」の関わりが結構あるけど、医師の考え方ひとつで支援の準備と展開が大きく異なってくる。
理解されていない医師の場合、利用者の意向なんて無関係。意思の指示に従った支援を組み立てることを「当然の如く」求められてくる。
事業所のサービス内容も指定してくる。それどころか回数や時間まで…
最近「大人」になってきたのか、医師のいる前では「はいはい」と指示をお伺いしているそぶりを見せ、アッカンベーをしている。
だってその医師は退院後往診するわけでもなく退院後も診察してもらうわけでもないので、ことさらことを荒立てるまでもないから。
(その代わり地域連携室や退院調整ナースには目一杯文句言うけど…)
その上でその医師の指示を在宅主治医にお伝えし、2人で大笑いしながら「これからどうして行くか」を協議して形にしています。
医療と介護の連携は、まずは互いの専門性を理解すること。その上で互いの専門性を尊重し、リードを任せていくこと。
そうすることで医療=健康状態を土台とした支えにして、その上に「暮らし」を乗せていくこと。
そういう考えで医師と協働していくことを考えていけばよい。ことは単純なんだけどな…
医療と介護の連携を理解されている医師と話をしているときには簡単に話が進んでいきます。
その医師が開業医であろうと勤務医であろうと、医院であろうと大病院であろうと代わりありません。
しかしながらその逆もあって、理解されていない医師は勤務医であろうが開業医であろうが連携なんてものではなく、医師の指示に従わされるだけの結果となる。
ここのところ「退院ケース」の関わりが結構あるけど、医師の考え方ひとつで支援の準備と展開が大きく異なってくる。
理解されていない医師の場合、利用者の意向なんて無関係。意思の指示に従った支援を組み立てることを「当然の如く」求められてくる。
事業所のサービス内容も指定してくる。それどころか回数や時間まで…
最近「大人」になってきたのか、医師のいる前では「はいはい」と指示をお伺いしているそぶりを見せ、アッカンベーをしている。
だってその医師は退院後往診するわけでもなく退院後も診察してもらうわけでもないので、ことさらことを荒立てるまでもないから。
(その代わり地域連携室や退院調整ナースには目一杯文句言うけど…)
その上でその医師の指示を在宅主治医にお伝えし、2人で大笑いしながら「これからどうして行くか」を協議して形にしています。
医療と介護の連携は、まずは互いの専門性を理解すること。その上で互いの専門性を尊重し、リードを任せていくこと。
そうすることで医療=健康状態を土台とした支えにして、その上に「暮らし」を乗せていくこと。
そういう考えで医師と協働していくことを考えていけばよい。ことは単純なんだけどな…