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本多勝一『日本語の作文技術』

2005年07月27日 14時35分05秒 | 書評のコーナー
◆『日本語の作文技術』
 本多勝一(朝日文庫・1982年1月 朝日新聞版は1976年に出版) <発売中>


よく「文は人なり」と言いますよね。世にワープロソフトも行き渡り<コピー&ペースト>も容易になった現在では、個人の生計や生涯を左右するほどの重大な意味が文章作法にあるとは思えませんが、それでも「社会人になってどんなスキルが最も役に立ち、何をもっとうまくなりたいと一番思いますか」と尋ねられて、英語でもPCスキルでも財務会計の知識でもなく、また、ゴルフや麻雀でもなくて(笑)、「文章作法」と答える方は今でも少なくない。実際、フォード社の副社長からライバル会社クライスラーの社長に引き抜かれ大胆な経営改革を行ったことで有名なアイア・コッカ氏もその著書の中で「ビジネスリーダーにとって最も重要な能力はライティングスキルである」と述べているくらいですから。そう考えれば現在でも、「文は一国をよく経営しあたうに足る技能」なのかもしれません。

本書『日本語の作文技術』は、20世紀の資本主義のチャンピオンの一人であるアイア・コッカ氏とは、しかし、反米・反資本主義という正反対の立場におられるジャーナリストの本多勝一さんの著作です。1932年長野県生まれ千葉大学薬学部を卒業後、京都大学に学士入学され登山三昧の生活の後、朝日新聞に入社された経歴の方。

まあ、現在30歳以下の方の中では「本多勝一」という名前をご存じない方が多数派でしょうが、70年安保を挟んだ四半世紀、朝日のスター記者としてヴェトナム戦争取材からエスキモーの取材まで、新米記者としての北海道の支局勤務から、朝日新聞退職前のカンボジアや中国まで卓越した行動力と精力的に繰り出される独特の文体で朝日新聞紙面を飾った往年の名ジャーナリストです。本書にも本多さんの取材記者としての経験が滲み出ていると思います。例えば、「話すように書けばよい」とか「見た通りに書け」という、よく言われる文章指導は論理的にも実際的にも到底なりたたない暴論であるという指摘(p.11ff)は本多さんのジャーナリストとしての経験とあいまって説得力があります。

私は本多さんとは政治的な立場を異にしています。現在、本多さんが編集委員を務められている『週刊金曜日』などは、私には、大東亜戦争後のこの社会で跳梁跋扈し猖獗を極めた戦後民主主義を信奉する勢力ほとんど行っちゃっている危ないエコロジースト達が篭城する一種の<信仰団体>としか思えないくらいです。けれども、本書は日本で出版されている文章作法の入門書の中でも最高の一冊だと認めるにやぶさかではありません。

なぜそう言うかといえば、「本書を読んだ端から文章がうまくなる」とは言いませんが、「読んでいる途中から、どうすれば自分の文章はもっとわかりやすくなるだろうか」ということが自分で考えられるようになるからです。例えば、川端康成『新文章読本』(新潮文庫・1954年)、谷崎潤一郎『文章読本』(中央公論社・1958年)など、文章の名人がその秘伝や文章に対する考えをまとめられた書物は昔からあります。また、論文やビジネス文書、レポートの作成のノウハウをきちんとまとめた良書も(実はそう多くはないが)確かにある。本書『日本語の作文技術』にも多く引用されている、清水幾太郎『論文の書き方』(岩波新書・1959年)などは今でも読むに値する一冊だと私も思います。これらを読めば文章を書くということの大変さや楽しさや親しみはなんとなく感じられるし、書かれた文章への理解は数段進むかもしれない。

しかし、川端康成・谷崎潤一郎・清水幾太郎というこれらの名人上手の書物を読んでも(読んだだけでは、また文章力のある方が適宜赤ペンを入れてくださるのでない限り、文章を書いてみるだけでは)、わかりやすい文章を書けるようには多分ならない。本書はそこが決定的に違うのです。

本書文庫版の「解説」で「第一章から第四章まで読めば、それだけで確実に文章はよくなる」と著者の友人・多田道太郎氏も述べておられる通り、最初の4章:なぜ作文の「技術」か:修飾する側とされる側:修飾の順序:句読点のうちかた、これら約110頁足らずの情報価は極めて高いと思います。なぜか? なぜ本書は役に立つのか? 解説者の多田さんも著者の本多さんも述べておられるように、本書は(特に、最初の4章は)日本語を外国語のようにとらえて(要は、それへの予備知識は読者にないものとして)、それを身につければわかりやすい文章が誰にでも書けるようになる技術として文章作法が説明されている。特に、著者が薬学・化学・生物学の専攻ということもあってか、化学構造式風に、語と語、句と句、節と節の修飾関係を説明するアイデア(p.32ff)は理論的であるだけでなくビジュアルであり大変わかりやすい。

今は文章作法のハウツー本は巷に溢れています。特に、1990年前後からの大学入試の改革や2000年くらいからの社会人大学院の入試の隆盛の中で、「小論文」が定番の選考科目になってからはそれまでの小説の書き方とかビジネスレターの書き方などの文芸的や花嫁修業よろしき伝統芸能的なものではなく実用的な多くの文章作法書が出版されるようになったと思います。つまり、現在では、①なんらかの理論に基づいた、②わかりやすい文章を書くための、③入門書があまた出版されている。けれども、初版出版が1976という本書『日本語の作文技術』は間違いなく、上の3要件を満たした日本で最初の文章作法書、そして、現在でもおそらく最良の一冊でしょう。

『日本語の作文技術』の特徴は、名文作法でも美文作法でもなく、わかりやすい文章を書くための技術の紹介とその技術の根拠の説明に注力されていることです。「ここで作文を考える場合、対象とする文章はあくまで実用的なものであって、文学的なものは扱わないことを前提としたい」(第1章の冒頭 p.9)、そのような実用的な文章のための作文技術を考えるにさいして、「目的はただひとつ、読む側にとってわかりやすい文章を書くこと、これだけである」(p.10)、と。そして、わかりやすくなければ人は文章を読んでくれない。読まれない文章は書かれないのと同じであるという指摘:「途中で投げ出して読まれなくなる可能性が高い」文章は「結果的に「わかりにくい文章」と変わらなくなる」(ibid, refer to p.218)、と。この指摘に私は共感します。

できれば最初の4章だけと言わず、技術的には第六章と第七章:助詞の使い方:段落:とあわせた6章のご一読はお薦めします(また、第八章から第十章はジャーナリストとしての著者の実体験の中で形成された文章に関する美意識が述べられており興味深いです)。私は、文章が苦手というか、<簡単なことをわかりにくく書く達人>だと自分のことを認識しています。それもあって、ビジネスにおいて広く多くの方に読んでいただく前提で文章を書く技術については今まで随分苦労も投資もしてきました。しかし、本書を読み返すたびに思うことは、私が獲得した文章作成のノウハウなどは(もしそんなものがあるとすればですが)、結局、すべて本書に書いてあることばかりだということです。再度、広く皆様に一読をお薦めします。

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