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『独去独来』『全ての人は秋の木枯らしの吹く寂しい荒野を一人で旅する旅人である』(お釈迦様)

長南瑞生氏からのメール(19/21)

2023年03月03日 | 仏教・親鸞聖人

 長南瑞生氏からのメール(19/21)

こんにちは。長南です。いつもメルマガを読んで頂き、ありがとうございます。いよいよ佳境に入ってきましたので、今回はかなり生きる意味について理解を深めて頂けると思います。さて本日は、あなたの輝く未来へ向かって生きる意味に最短最速で近づく21のステップ、第19のステップをお届けします。今日も重要な内容です。

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3月2日(木)ステップその19

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■たったの15秒。見る人の心をしめつける…

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▼あなたは、最古にして最強と言われる孫子の兵法をご存じでしょうか。孫子は紀元前の人ですが、政治も戦争も、占いとか占星術で決めていた時代に、非常に合理的な発想をしました。

▼ドイツのヴィルヘルム二世は、第一次世界大戦に負けて、「これを読んでいたらドイツは負けなくてすんだのに」と悔やんだそうです。

▼アメリカでは、約100年前、1910年に翻訳された「ザ・アート オブ ウォー」として有名です。今日でも、すぐれた戦略・マネジメント書として多くの有能なビジネスマンたちが読んでいます。

▼その孫子は、一番いい戦争は何か、について「百戦百勝、大勝利することではない」と言っています。

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百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。

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大勝利がいいように思いますが、負傷者が出ますので、戦わずして勝つ方がずっとよいのです。

▼では、逆に最低の負け方は何か。負けるとわかっていて戦う。これほど愚かな戦いはありません。ところが私たちも、やがて必ず死んでゆかねばなりません。一日生きたということは、一日死に勝ったことだとすると、どんなに頑張っても、結局最後は負けてしまう。負けるとわかっている戦いを強いられるようなものではないでしょうか。

▼大事故にあって、奇跡的に助かったり、大病をわずらって奇跡的に治ったりすると、「助かった!助かった!」と喜びますが、それは、一時的に助かったということです。死ななくなったのではありません。死がのびただけで、やっぱり必ず死んでしまう。結局助からないのが人間です。

負けるとわかっている戦いをどう長期戦に持ち込むか。孫子でいう一番愚かな戦いをさせられているようなものです。

▼私たちは、死なないように、死なないように生きてきて、最後死んでしまうとしたならば、今まで何の為に助かっていたのでしょうか。必ず死ぬのになぜ生きるのか。死に直面した時、この問いに真剣な解答が迫られます。

▼15秒。かつて、たったの15秒で見る人の心をしめつけ、涙を誘うちょっとかわったCMがありました。最初は、楽しそうな笑顔なのに、終わりには大つぶの涙がこぼれ落ちる……。いくつもの夢を見てたいくつもの夢を追いかけたきっと誰かがかなえてくれる、最後の朝まで信じてた──中堀由希子(享年21才)骨髄バンクのドナー登録を求める、このCMに心を揺さぶられた人も多いと思います。

実際の映像はこちら↓ ↓ ↓

https://youtu.be/iTouvOAiO98

▼高校卒業後、留学先のニュージーランドで白血病を宣告された美しい少女が、21才の若さで亡くなりました。白血病は、骨髄のガン、なぜ発病するかわかっておらず、誰でもなる可能性があります。どんな夢ある若者も、突如、未来が奪われるのです。

▼「私に生命を下さい!」高校でも明るく、みんなの人気者だった彼女は、骨髄移植しか生き延びる道がないと知るや、大学にも行かず、2年間、闘病しながら骨髄バンクのドナー登録を呼びかけ、日本全国を駆け回ります。

▼そんな中、「由希子ちゃんにとってさ、生きるって何かな?」というインタビューに、泣きながらこう答えています。

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発病するまでの18年間と比べると、発病してからの2年間は、本当に生きてきたという感じがするんだけどその生きるということがまだわからないんだけど、生きるということは、こんなに大変だったのかと実感した。生きてて当たり前と思ってて、自分が死ぬなんてことまじめに考えたことなかったのにそれでやっとわかるって何か、悲しいっていうか、今まで何を無駄に生きてきたんだろうという感じはします。

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死に直面した本人の声はこちら(7:40のところ)↓ ↓ ↓

https://youtu.be/H7W0CtsgE1c?t=460

これは何も特別な人のことではありません。私たちも、いつ死ぬかわからないというだけで生きてて当たり前ではありません。みんな同じように必ず死ぬのです。それは、いつ爆発するかわからない爆弾を背中に抱えながら生きているようなものです。そんな必ず爆発する爆弾を抱えて、「今さえ楽しければいいじゃないか」と、楽しくやっていけるでしょうか?

100%やってくる死の問題を解決できなければ、明るい生き方は絶対できないのです。

▼これを「生死一如」といいます。「一如」とは切り離して考えられない関係を「一如」といいます。生と死は反対のことのように思いますが、「生と死は、切っても切れない、表裏の関係なんだよ」とお釈迦様は教えられています。生きることの裏は死、なのです。常にふれあっているのです。だから、本当に楽しい生き方をする為には、死の問題の解決なくしては、絶対にできないのです。死が明るくなってこそ、生が明るくなる、ということです。なぜなら、未来が暗かったら、今も暗くなってくるからです。これが「生死一如(しょうじいちにょ)」です。

▼たとえるなら、生は台所、死は便所です。どんな小さいうちでも、台所と便所だけあります。あんな小さなうちだから、台所だけで、便所はないんじゃないの?そんなことはありません。どんな小さなうちでも、入れる所と出す所だけはあります。これがなかったら生きていけません。

それで、台所と便所は一如なんです。もし、便所がないとしたら、あなたは台所で思う存分食べたり飲んだりできますか?もう台所でひやひやです。これ、したくなったらどうしたらいいんだ?いつでも出せるというトイレがなかったら安心して飲んだり食べたりすることはできません。台所で満足して食べたり飲んだりできるのは、いつでも出せる便所がある時だけなのです。

▼それと同じように、明るい生き方をするにはこの死の問題の解決ができなかったら絶対できないのです。できるはずがありません。いつ死が来て、この楽しんでいる生をぶちこわすか分からないのですから。だから仏教では、「生死一如」といわれるのです。死の解決は、そのまま生の解決であり、生の解決は、そのまま死の解決です。死を解決してこそ、本当に明るい生があるのです。簡単なビデオも撮ってみましたので、理解の助けにして頂ければと思います。

生死一如

https://youtu.be/-EbgDORxsuk

▼つまり、生きる目的は幸せですが、せっかく幸せになっても、一時的で、やがては色あせ、崩れてもいいかというと、よくありません。ですから、本当の生きる目的は、変わらない幸せになることです。そのためには、お金や財産、地位や名誉などの相対の幸福ではダメで、死の大問題の解決によってのみ、変わらない、絶対の幸福になれるということです。ですから、死ぬまでに果たさねばならない本当の生きる目的は、死の大問題を解決し、死によっても崩れない絶対の幸福の身になることだと仏教では教えられています。ご理解いただけましたでしょうか?

▼ただし、死の解決といっても、もちろん「死ななくなる」わけではありません。「死を受け入れる」ということでもありません。お釈迦さまが解明されたのは、死を真っ暗にしている、暗い心がある、ということなのです。それが、一番最初の小冊子でお知らせしていた「無明の闇」といわれる暗い心です。この心がある限り、何をやっても、何を手に入れても、心からの安心はありません。お釈迦さまは、この心が苦悩の根元であることを突き止められたのです。しかしながらこれは自覚のない心なので、最初は、あなたの心の中のどの心のことかわからないと思いますが、仏教を聞いて行くと、だんだん知らされて来ます。そして、無明の闇がハッキリ知らされたとき、無明の闇が断ち切られ、絶対の幸福になれるのです。

絶対の幸福になると、火に触ったよりもハッキリするのですが、それがどんな世界なのか、引き続き次回のメルマガでお話しいたします。

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■21ステップ 第19回 終了

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▼前回、今まで明るみに出ることのなかったタブーとも言える真実をお話ししましたので、少し補足の説明をしたいと思います。このメルマガを始めてから、沢山メールを頂くのですが、その中に少なからず、何を信じていいのか分からなくなったというものがあります。おそらく、私が今の仏教界の真実を、幾つかお話ししてしまった関係で、そういった思いを持たれたのだと思います。混乱させるつもりはなかったのですが、結果として混乱させてしまったようで、その点は反省しています。お詫びというわけではないのですが、何を信じるべきかという基準をお話しします。まず、何を信じていいのやら、という気持ちになった時は無理に何かを信じようとしないというのが大切です。ですから当然、私のことも、信じる必要はありません。私も最初に仏教を学ぼうと思ったとき、色々な情報があり過ぎ、その中には、正反対のことを言っているものもありました。何でもそうですよね。例えば食生活についても「牛乳は健康にいい」と言っている人もあれば、「牛乳は健康に悪い」と言っている人もあるようなものです。180度正反対の意見に、結局どっちなんだ!と思います。ところが、そうやって仏教を学んでいるうちに、一つの「判断基準」が見えてきたのです。それは、お釈迦さまの説かれた経典のお言葉や、龍樹菩薩、天親菩薩、親鸞聖人といった高僧による経典の解釈を根拠に話がなされているか、それとも、自分の思いを話しているのか、ということです。

なぜなら、仏教は、お釈迦さまの教えですから、自分の思いを話していては、当然ですが、仏教になりません。仏教に関する限り、この基準は間違いないのではないでしょうか。ですから、私も含め、それが仏教だと言って話している人、もしくは本などを書いている人がいたら、根拠を聞いてみればいいのです。(ただ、最近の本には、これは仏教本来の教えではないと断って書いているものも多くなってきました)たとえば私は、

・近代以降の日本の仏教学会は前提から崩壊している

・葬式や法事は、本当の仏教ではない

といった、いわば多少過激でありつつ、私にとっても危険なことを言ってきましたが、それも、お釈迦さまの経典や親鸞聖人の著作の内容をもとにしています。お釈迦さまは、一度も死人を扱われたことはないのですが、江戸時代に、幕府の支配政策によって檀家制度が設けられ、檀家や門徒の独占的な葬式を行う権利を与えられた仏教界は、葬式仏教になっていくのです。その檀家制度の崩壊後も、葬式や戒名、寺の補修費用の負担をより高額にして、現在の寺や僧侶は、未だに檀家制度に依存しようとしているばかりです。実際、NHKのクローズアップ現代で、「仏教」「寺」「僧侶」のそれぞれについてどれだけよいイメージを持っているかアンケート結果が以下のように出ていました。

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「仏教」90%  「寺」 25%  「僧侶」10%

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仏教のイメージはいいのに、寺や僧侶のイメージは極端に悪く、不満を持つ人が多いことが分かります。僧侶の中には、最後のあがきというか、本当の仏教が明らかにすることを妨害をする人まであります。なぜ、僧侶なのに、隠れて「本当の仏教の教えを伝える妨害」という愚かなことをする人がいるのでしょうか。

それはたとえば・今のまま少しでも葬式や戒名のお布施が欲しい・本当の教えを学び、伝えるのは、大変なのでさけたいといった目的であることがほとんどです。

そんな僧侶にとっては、檀家や門徒さえも、自分の財産、いわば「金づる」としか見えていないのです。だから、本当の仏教を明らかにすると、いやがらせのメールを送ってくるといった笑ってしまうような手段を講ずるしかないのです。それが、私が現在の仏教界や、沢山の僧侶を見てきて、分かってきた実態です。それというのも、確かに、「乞食と坊主は3日やったらやめられない」と言われるように、読経しただけで、「時給50万円?」と思えるすごいお布施が包まれるのですから、それに依存したくもなると思います。しかしそんな、自分は楽してお金を儲けようといった、因果の道理に反したことは、私たちの選択としては、まったく不適切なものではないでしょうか。

私たちには、本当の仏教を知る環境もあり、何とかみんなにも正しく仏教を知ってもらって、本当の幸せになってもらいたいという思いもあります。仏教界は本来、正しい努力によって自由に学べる環境でなければなりません。そしてそのような仏教界こそ、あるべきすがたではないでしょうか。私も、かつてはあふれる情報や、変な噂に混乱してしまった経験があります。一生懸命になるあまり、無意識のうち、自分のやっていることに疑問を持ってしまったこともあります。

そんな私でも、情報の判断基準が分かってきて仏教を学問的に学び、仏教の実践も行い、今では一つの確信に到達することができました。その経験はきっと、今の仏教界の、多額のお布施だけ持って行かれて、教えを聞けるわけでもないという理不尽な状況に苦しめられている、多くの方のお役に立てると思うのです。

もしそうであるとすれば、お伝えできることはお伝えしてゆきたいと思います。もちろん、真実は、時に耳が痛くなる、聞きたくないものです。それでも、それが本当のことであれば、知らなければならないと思います。本当の生きる意味は何かどうすれば、本当の仏教を学べるのか、本当のことを隠す僧侶のせいで、あなたは、未だに生きる意味が分からず、人生の苦しみに振り回されているのかもしれません。

努力はしているのに、心から満足できないということの多くは、その辺りに原因を求めることができます。しかしいま私が、微力ながらも本当の仏教を伝え、そこに解き明かされた本当の生きる意味を学べる環境をつくっています。幸いにも、日本仏教学院のウェブ通信コースを受講され、本当の仏教に会えたとか、感謝の気持ちでいっぱいという方から、沢山のメールやお手紙まで頂きました。私もそう言って頂けて、とても嬉しく思っています。

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天上天下 唯我独尊 という言葉の正しい意味を知れて良かった。第一回目からとても分かりやすく、為になるお話が聞けて感謝の気持ちでいっぱいです。(J.Oさん)

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この通信講座をとおして、真のブッタの教えに出会えたような気がしています。(K.Aさん)

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60歳をこえやっと落ち着いて仏教と向かい合えるようになりました。最近は涙もろくなっていけません。ここで勉強できるのはありがたい縁のおかげと感謝しています。(R.Cさん)

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すべての人が本当の幸福になれる道を、私も、ブッダと共に今、学び歩ませていただいております。現代においても、お釈迦様の教えは、まばゆいばかりのかがやきで、私の心の中で光を放っています。本当に有り難いことです。(H.Kさん)

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このように、ウェブ通信コースは、現代の日本ではほとんど学べなくなった本当の仏教を、自分の人生の上で分かりやすく・誰でも自分のライフスタイルに合わせて学べる。・自宅でも、海外でも、どこでも仏教が学べる。・体系的に、正しく、はやく生きる意味を学べる。など、いい点が色々あります。しかしながらウェブ通信コースの何がいいといっても、一番いいのは、やはり仏教を「聞く」ことができることです。以前も、仏教は法鏡といわれ、仏教を聞くことによって、今まで知らなかった心の姿を映し出す、とお話ししましたように、仏教の教えを「聞く」というのは、特別な意味を持っています。聞くことによって、仏教を聞かなければ気づかなかった「無明の闇」が知らされて来て、断ち切られる時が来るのです。しかしながら残念なことに、メルマガでは、仏教の教えを「読む」ことはできても「聞く」ことはできません。その意味でも、ウェブ通信コースは、「聞く」ことができるので、本当の生きる意味を果たすのにメルマガよりはるかによいものになると思います。もうすぐ特別枠の募集をしようと思いますので、ご縁がありましたら、ぜひあなたも本当の生きる目的を知り、果たして頂きたいと思います。ただ、今回の特別枠の募集人数については、今ではこのメルマガも、3万人以上の方に喜んで頂いておりますが、手が足りない関係で、比較的少なくなりそうです。まもなく、人数や再募集の日をお知らせできると思います。全ステップ終了まで、あと2回です。1日5分、「人類の到達した最深の思想」にふれることを習慣化してください。

それではまたメールします。

お体くれぐれも大切になさって下さいませ。

生きる意味をすべての人へ

発行:長南瑞生

日本仏教アソシエーション株式会社

URL  : https://japan-buddhism.co.jp

Email: support@all.buddhism.ne.jp

Youtube: https://www.youtube.com/user/RyoBuddhism

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