たきゆの徒然日記

ゲーム、アニメなど趣味を書いています
好きな作品はMGS、COD。Fate、勇者であるシリーズ、ヘブバン

ファック コナミのリメイク

2018-09-13 15:41:36 | 小島秀夫監督
「小島監督が創った」アヌビスを集金目的でリメイクしたらしい

新要素は4K対応とVR対応

新作のパッケージ裏を見るとどこにも「A HIDEO KOJIMA GAME」と書いてなくて震える

まぁアヌビスとかの頃は監督も対外的な自己主張は抑えていたから実はパッケージ裏にA HIDEO KOJIMA GAMEって記載はもともとしていなかったんだけど

mgs2か3の頃からくらいだったかな?記載があるようになったのは


早くコナミはコンシューマー業界から撤退して欲しいところ

家庭用ゲームから撤退すればアミューズメントやパチ関連で先細り企業規模が大幅縮小と期待したのに
ソシャゲのパワプロが残念ながらヒットしているみたいだから、今後さらにソシャゲのに傾倒し息繋ぐんだろうなぁ、、、

メタルギア関連のソシャゲも近いうちに出すと予想しているが、はやくコナミは潰れてほしい

デス・ストランディング PV第2弾 感想

2016-12-04 00:14:52 | 小島秀夫監督
PVに新しいものが着てたみたいですね。MMさんありがとうございます
自分もEAA(FPS情報サイト)見ていて初めて知りました

PVで感じたことがグラフィックが凄まじく綺麗。実写といっても差し支えないほどに
一昔前まではCGといえばスクエニ、というかFFの独壇場でした。しかし今は各国のお金をかけまくってる大作ゲームはFFを凌ぐほど

FFはファンタジー系の描写に一日の長が有りますが、もううかうかしてられなくなってきてますね

有名どころを配役に使うのも流石人脈のなせる業…
使われているBGMも緊張感のある潜入?危機回避?系のモノでデスストランディングはBGMに不安はなさそう

MGSVは非の打ちどころがない神ゲーだと思いますが、若干不満があるとすればそれはBGM
あまりBGMに心に残るものが少なかった記憶が…
オープンワールドということでBGMにシナリオ色は強く出さず、上手く環境を作り出せるような作曲手法だったのかもしれませんが
歌は最高でしたがMGS1~4に見られたような名BGMは少なかった印象


今回のPV。まだゲームプレイ部分が無いのでどういったゲームかの推察は難しいですが
骸骨の兵士、座礁したモノが戦車にこびりついているところなどから、もしかしたら屍者の帝国のような世界観なのかもしれない
屍人と生者の戦争

へその緒のようなものが人から伸びてますがあれはMGS4でいうSOPのようなものだろうか

最近、伊藤計劃さん原作の屍者の帝国のアニメを見ました。アニメ版は大幅に改変というか改悪を加えているようで(自分も疑問に思う部分が多々あった。主に機械人形に簡単に魂が宿っている部分に。じゃあそれまで科学者たちが追い求めた21グラムの人の魂の価値は何だったの?ってなるが長くなるのでまた別の記事にでも。アニメ版と小説版それぞれの内容を書きたいところ)主にファンからは不評のようですね。近いうちに原作小説の方も読みたいなとおもってる今日この頃ですが

アニメ版を見ただけの者の意見なのでたぶん原作と齟齬もあるとは思います
ただアニメ版屍者の帝国を見た者の素直な意見としては、非常に伊藤計劃さんと小島秀夫監督は相互の作品に対して影響しあっているなと感じました
時間が取れたら是非とも伊藤計劃さんの作品を読んでみたいです


まず屍者が経済の大部分を担っているところ、屍者で代理戦争を行っているところ
これ完全にMGS4のSOPシステムと被りますね
算数で決まる屍者の戦争は無駄ではないかという主人公に対して戦争屋は政治は戦争にドラマを求めると語るシーンなど
時計塔の偉い人が屍者を暴走させて世界に蜂起するシーンなんて、まんまリキオセのGOPですね


他にも科学者はいつも政治・戦争に利用されるという例のあれや、科学(好奇心)と人の願いのせめぎ合いなど
ぱっと思いつくだけでもうわべしか描いてないアニメを見ただけでこんなにもMGSが連想されたので原作はとんでもなく濃厚なMGS愛が読めそう



因みに、言語は思考に先行するというフライデーのあの言葉。あれもMGSVを思い出しました
原作発売日が2012年だったのでこれはきっと小島監督の方が影響を受けましたね
いまちょっとググったところどうやら伊藤計劃さんはこちらの執筆中にご逝去されたようなので途中から彼の親友が筆を継いだらしい



話がだいぶそれてきましたが近いうちに屍者の帝国をぜひ読みたいです。はいったん置いといてデスストランディングの感想に戻ります

まだゲーム性は見えませんが、PVから察するに銃でドンパチする世界観のゲームらしい?
MGS系列のゲームの方が好きなのでアクションはアクションでもそっち系なのが嬉しいところ

また、縄がテーマになってくるので、銃で敵を攻撃するのが目的のゲームではないのだろう
それは手段でしかなく、一番のゲーム性はキャラクターのへそから伸びているへその緒を他のモノに結び付けてつながるところにあるのだろう

ギレルモ・デル・トロ監督が赤ちゃんにつないだ縄。前回のPVでも赤ちゃんが出てきて宝のような面が強調されていたので
やっぱりあの世界は屍者対生者の世界観なのかもしれない




色々と想像を掻き立てられますが発売が楽しみでなりませんね
PV一つとってもセンス抜群なのはさすが小島監督

メタルギアサヴァイブのやっつけPVと比べるともう…
サヴァイヴは2017年の早いうちに出さないと色々とまずい
完成度が約束されたゾンビゲーのDAYS GONEが発売される前に売り逃げする形でさっさと売っとかないと集金に響く


http://jp.automaton.am/articles/newsjp/20161202-35214/
これが全くの事実と素直に信じるのも危ういけどコナミは本当にもうダメだ
個人的にはこの暴露は真実だと思います

小島監督はMGSPWくらいの頃から少し含みのある真意の見えないツイートが多かったけど
アレはKONAMIと戦っていたんですね…

KONAMIは早いうちにサヴァイヴ発売して後はもうゲーム事業から撤退してほしい
純粋にKONAMIが出すMGSに興味がある

どんなレベルの作品になるのかという一点のみで




追記

他の方の考察を見ましたが、それで気付きましたがPVの第一弾
ノーマンにはヘソが無いですね


デス・ストランディングの一番のテーマ

それはヘソ。つまりヘソの緒による他者との繋がりだと予想します


人は生まれながらに、否。生まれる前から既にヘソの緒を通じて母親という他者に繋がっている
この「生まれる前から既に人はヘソの緒で人と繋がっている」
これ、いかにも小島監督が好きそうな言い回し


たぶんデスストランディングの発売前インタビューとかでこのフレーズお目にかかれそうな気がします

デス・ストランディングの世界はヘソがかなり重要なものであると考えます

ヘソを剥奪されたノーマンはつまり他者との繋がりを剥奪された者
繋がる事がテーマなゲームで繋がれない者が主人公というのは面白い(あくまでも予想)
また、あの世界ではおそらく人は自然生殖では生まれない?
生殖機能も剥奪された世界だから自然児は宝も同然?


座礁は過去から未来(ゲームの舞台)にかけてやってくる
生きたままくるのがライブストランディング、死んだ状態で来るのがデスストランディング
兵器の時代設定がデタラメなのは座礁によるものか

ノーマンが主役っぽいけど肝心の繋がる要素が彼を通しては使えなさそうなのはどういう事なのだろうか
未だ見えない


小島監督の提示してくる暗号めいたPVは解読する者に幅広い教養を求めてくるので自分には難易度が高いですね

初めのPVなんて浮遊する謎の物体や十字傷から宗教も絡んでそうだし


ヘソ持ち→特権階級
ヘソ無し→奴隷のような扱い

PVに出てた映画監督のキャラは赤ちゃんにヘソの緒を繋げて栄養補給→赤ちゃん元気に
赤ちゃん人形のヘソバッテンはヘソがキーポイントの暗喩

俳優キャラはヘソの緒でデスストランディングでやってきた過去の時代の屍兵に指示を出す


ヘソに着目すると色々と見えてくる気がします



MGS V TPP 完全版発売について〜fack KONAMI〜

2016-09-01 13:18:52 | 小島秀夫監督
蝿の王国が収録されるか?
収録されるわけがない。小島監督のいないコナミにMGSが作れるわけがないのだから

海外の広報がツイッターで完全版に蝿の王国は追加されませんとも言及しているし、そもそも蝿の王国が本来のTPPのラストでも無いと主張していますね

ライトユーザーは勘違いしている方が多いですが、そもそも蝿の王国はプロット的に考えてもTPPの本来の最終章であったはずでは無いですよ
蝿の王国の更に先の物語が実はあったのでしょう
ここから先は憶測ですがTPPは全5章仕立て。おそらく5章はV章と表記

EP46世界を売った男の真実は4章ラスト辺りかⅤ章に挿入。ラストはヴェノムが鏡を割ってモヤに消えていくシーンで終わり。完成版でもそこは変わら無いはず

TPPのラストは完全に描ききられています
蝿の王国以降大幅に中抜きされていたのが問題
もっと言うなれば2章もだいぶ中抜きされてるんじゃないかな

2章の途中にラストをくっつけたって感じでしょうね


ツイッターで声高に叫ばれている「蝿の王国が収録されていたら我々ユーザーは満足できたのに」という意見
蝿の王国が例え収録されていても消化不良感は何も変わらなかったと思いますよ

今の蝿の王国未収録に全ての不満が集約されている風潮は無いものねだりとしてわかりやすい的に蝿の王国が存在するから、矛先がそちらへ向いているだけです



納期、予算…コストとそれに見合ったリターンの収支がつくかという点で未完成販売を強いたコナミ
その姿勢は企業として正しい振る舞いなのでコナミを批判する事はできない
TPPの中抜き発売は小島監督の責任でもあります

ブログ主はもうコナミという企業が嫌いになりました
その理由はTPPを中抜き発売させたからでもなく、小島監督を退職させたからでもありません

利益追求するにあたってそれらは批判されるべき事ではない正しい行為です




そういった所でコナミを見限っている訳では決してありません



ではコナミのどこが嫌いか
それはゲーム会社コナミとしてコナミのユーザーに接するその姿勢です

企業に人間性を求めてはいけません
ビジネスをする上でいかに非人間的になるかが成功を収める秘訣です
ただ企業は商品を提供するお客に対してまでも非人間的に接してはいけない
そんな事をすればお客は離れていずれ失敗する

端的にわかりやすく説明すると今のコナミはお客を舐め腐っている
何をすればお客は満足し何をすれば不満を抱くかという事がまるでわかっていない
たぶんコナミの社員の中にも今のコナミを変えようと努力してる人はたくさんいるはず、しかし企業方針がそれを許さない

こんな事を続ければもう10年後にはゲームメーカーとしてのコナミは潰れているだろうと思います

今のコナミの体制自体を変えないと未来はない
まぁコナミの昨今の経常利益の右肩下がり具合を見るに利益至上主義に走らざるを得ないのはわかるんですけどね
それでも目先の利益だけしか見ていないと先はないですよ
確かアミューズメント、主にパチスロ関連は利益成長右肩上がりだったと思います

何に注力し何を捨てるか、コナミではゲームはもう使い潰すだけ使い潰してアミューズメントやスポーツジムの経営に注力するつもりかもしれませんね

お偉い役員も全て自分の立場がかかっているんで、成果を上げないと切られたり降格は当たり前
今のゲームメーカーとしてのコナミを憂いて中長期的見直しをかけるべきではと考えている人も当然いるはずなんですよ
しかし更に上の立場の人間からは今年の収益を上げろと口うるさく言われる
成果を示さなければ自分の身が危ない

となったら今のコナミの体制の中でこの現状がベターな選択なのは頷ける

でもそれだとダメなんですよ。もうお客の何割かはゲームメーカーとしてのコナミを見限るレベルまで行ってしまいましたから

小島監督は沈む船から抜け出して何処へでも飛び立てる飛行船を手に入れた感じかもしれませんね


思えばコナミの内部がおかしくなってきたのは5〜6年辺りからだったんでしょうね
小島監督がその頃ツイッターで「いま業界のタブーに挑んでる。それに失敗したら自分は業界を去らなければならない」と呟いていましたがそれが真実になりました
でも去ったのが業界ではなくコナミという沈む船であったのが救い、というよりかはむしろ栄転だろうとは思います

そういえば審議は定かではないですがコナミ社員によるコナミという企業の完全監視体制を暴露した情報が一時期ネットに出回りましたね
曰く、コナミは囚人を管理する監獄であると



どんな企業だコナミ

WIRED 小島秀夫監督 インタビュー記事感想

2016-08-31 22:09:35 | 小島秀夫監督
http://wired.jp/series/wired-audi-innovation-award/22_hideo-kojima/?utm_content=buffer6f893&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer


注意 いつにも増して小島監督信者のブログ主が狂信者じゃないかこれ?というレベルで小島監督を持ち上げています


ああ、小島秀夫監督のゲームづくりに対するその姿勢、在りかた…一生小島監督のファンであり続けたいと思います
今の日本に果たしてここまでの思想を持ち、体現してきた作り手が果たして何人いるか

大望をもったクリエイター気質の作り手はたくさん存在します。しかしいずれも実績が伴わない方がほとんど
そういった方々のインタビューやそのほかユーザーへ向けた声を聴くにあたって、その言葉の持つ信頼性、説得力というものは嫌に薄く我々には届きにくいんですよね
未来を見据えた視野を持ち成功をし続ける、ビジョンを明確に持ちすべて形にしていく。成功しようと努力し本当に成功させてしまう。本当に小島監督は素晴らしい方だと思います

未来を見れないものには緩やかな死が訪れるのみ。今のコナミは現在と過去しか見れていません。いずれゲームメーカーとしてのコナミは死ぬことでしょう

今回はコナミに対するネガキャンは無しです。小島監督のインタビュー記事に対する感想のみを書きます

コナミ退社後、小島監督は一度ゲームづくりから離れることも考えたようですね
しかし世界はそれを望んでいなかった。小島監督に常に一番先を走り続けてほしかった。ブログ主も小島監督には生涯ゲームづくりに励み続けてほしいと考えています
小島監督がゲームをつくる意味合いは一種のファンに対しての義務のような側面も持ち合わせています

常に120%…よりよいものを作り続けてきた小島監督に止まってほしくない


小島監督はゲームを能動体験が可能な唯一のメディアと評しています
これは一般論でもよく言われますね、映画が受動に対してゲームは能動であると
自分自身の体験であるからこそその体験は映画にも勝りうると

過去の小島監督のインタビュー記事では彼は自分の創ったゲームをもうすこしあえて卑下して表現していました。MGS2~3発売時期あたりですね
ゲームというのは最終的には暇つぶしの域のものであると。そのうえで時間を無駄にするのではなく自分の創ったゲームをユーザーに体験してもらい「なにか」を感じ取ってほしいと
感じ取った何かを些細な事でもいい、これから先の自分の人生に活かせるような変化を少しでも自分の創ったゲームをプレイしたユーザーに与えたい。そういったニュアンスですね
PWあたりまででもそうです。含みのある言い回しではあったのですが自分のゲームを説教ゲーと下手に出て、ユーザーの心の何かを変えたい。そういった印象の表現をされていました

それがTPPからデスストランディングの時期には、ゲームというメディアは一流のメディアであるという意識をもって世間に表現してきている印象です

言うまでもなく小島監督はMGS1の頃からもっと言えばポリスノーツの頃から、自分のゲームは超一流で人の心を動かせて当たり前という意識をもってゲームづくりをしてきたことは言うまでもありません
それを最近になって大っぴらに豪語できるようになったのはこれまでの実績、コナミを退社したから、ゲームというジャンルが世界でも一流メディアとして評価されるべき地盤が整ったから、様々な理由が考えられますがPSVRの登場も大きな理由となるのでしょう

これまで夢物語でしかなかった仮想現実の実現。小島監督は早くもすでにVRが歩むべき未来とVRを使った表現でユーザーを楽しませるヴィジョンがもうすでに見えています


VRなら映画に勝てる。TVに勝てる。ゲームというメディアは新たな次元に立てる。そういった確信があるのでしょう

まだPSVRで現在発表されているゲームというのは本当にミニゲームレベルのモノばかりです
因みにブログ主もソニーストアで体験会のあとにPSVRを予約しましたが

まだ現状PSVRというものが、仮想現実がどんなものかをさわりだけ体験できるようなものしかありませんね

小島監督はもうVRを使った人の心の動かし方がみえているかと思われます

例えば一人称視点が売りのFALLOUTシリーズが完全にVRに対応したならばそれはとても画期的で感動的な体験を味わうことになるでしょう

でも単純にリアリティ、没入感を増すだけのことならどんなクリエイターでもやってのけます
仮想現実をどう利用し遊び手の心を変えていくか

小島監督はなにもない真っ暗闇の中ユーザーを30分間またして結局なにも無かった、というような案を冗談めいて述べていますが
それもまたユーザーの心を動かしうる表現の一つ


ああ、久しぶりに自分の考えがまとまらなくなってきた。思っていることはたくさんあるのにそれをなかなか言葉にできない







話をいったん切り替えます
ゲームは能動。映画は受動とよく表現されます
小島監督作品の中で一番心に訴えかけられた能動表現の一つを上げるとするならば、それはMGS3オオアマナの花畑でザ・ボスの射殺をユーザーに委ねるシーン
ボスがスネーク(プレイヤー)に対して「殺して」と懇願するシーン

あそこのムービー中に射撃ボタンを押すことによって銃弾を発射でき、プレイヤーの意志でボスの命を奪うという能動体験をつくりだした小島監督は素晴らしすぎる

まず、当然のようにムービー中に射撃ボタンを押すことで銃弾を撃てますなんて説明はないんですよね。まあそんな説明があってもしらけるだけです
そしてムービーをただ眺めているだけだと一定時間経過後に自動で弾が発射されるという

あの場面のプレイヤーとスネークの重なりは言葉にできない

まずムービー中に射撃ボタンを押す事に気づくという発見、演出としてはプレイヤブルな場面に切り替わったよという効果音と描写があるから気づく人は気づくんですよねあれは
そして射撃したことによってボスを殺してしまったという罪悪感
二週目の同じシーン。プレイヤーはすでに射撃ボタンを押すことによってボスを自分の手で殺せるというのをすでに知っている

時間が来ればボスは自動で死ぬ。自分がボタンを押せばボスの死が少し早まる。それ以外にボタンを押すことのゲームの成果的意味合いはない


これ、押さざるをえないんですよね。あくまでも個人の印象ですが
あの時のユーザーはスネークです。何もしなくてもボスは死ぬ。ならせめて自分が引き金を引きボスの命を終わらせなければならない
それは義務であり、責務。ボスの命を自分の意志で奪うという十字架はプレイヤーが押さなければならない

この思いから自分は毎週ボスのシーンでは逡巡のあと自ら引き金を引いていました


もちろん、引き金を引かないというのも一つの選択です。ボタンを押せばボスが死ぬとわかった上で引けない人もいる
そしてそもそもムービー中に射撃できるという事を何週しても気づかない人もいる


それでいいんです
それがゲームにおける。ゲームだからこそなせる能動体験
その経験は受動よりも深く遊び手の心に根付き、おおげさに表現すればそのユーザーの思想、人生までをも変えうる

因みに自分はゲームというメディアは人の人生を変えうる素晴らしいメディアであると感じています
映画とゲーム、そこに優劣の差はなくどちらも等しく同じきメディアであると



因みにTPPではクワイエットのシーンでボスと同じように引き金を引ける演出があります
全く同演出で表現されているのがにくい

なおその時のシーン、ブログ主は絶対に引き金は引けません

何週しても同じ結果になるでしょう

ざっと表現すると、上記こそがゲームによりプレイヤーが誘導されている結果といえるでしょう

ゲームはプレイヤーを無意識に任意の方向へ誘導させ目標を達成させるメディアだと小島監督は同インタビューでも仰ってます

個人的には真の能動体験とはゲームにプレイヤーの行動が無意識に誘導され、しかしその誘導に抗いプレイヤーがはっきりとした個人の意思でまったく逆の行動をとってプレイするところであると思います

自分の意志で自分の無意識とは真逆の事を実行に移す。その瞬間に仮想世界は現実へと反転し、自己のアイデンティティまで動きうるのではないのでしょうか
ゲーム製作者がプレイヤーに仕掛けてくるS3計画。それに打ち勝つ瞬間に動的なパワーが生まれる

そしてそれは今までのゲームなら不可能であったが、PSVRならできる。その明確な未来が小島監督にはすでに見えている

今回のインタビューではそのような印象を持ちました

しかしPSVRと同時に発売されるようなミニゲーム集ではそれは敵わず、サマーレッスンでも、今の表現レベルのFALLOUTがVR対応になってもそれは叶わないんですよね

今の技術力レベルのFALLOUTがVR対応となれば、それだけで既存のゲームはどれもVRFALLOUTに敵わないような次元のレベルになるでしょう

しかし単純な没入間ではない
没入間の一歩先にあるユーザーの心の奥までも侵しうる表現力の可能性
今の小島監督が目指しているVRはそれです




以上、いつにもましてまとまらない文章ですがインタビューを呼んで思ったことは終わりです




以下、つらつらと書きます







小島監督は常に上しか見ていない。そのために物理的に障害にぶち当たってその理想に及ばなくとも、凡人が目指す最高峰レベルの域には気づいた時にはもう達している
SEの効果音一つとっても満足がいくまで何百と取り直す

そして小島監督色のゲームができるのは自分がすべてに関わるからだという。監督というのはゲーム業界では小島監督以外存在しないし、そもそも存在できない

分業ではなく、トップダウンでもなく。すべての要素に自分を偏在させる

それが為せるからこそここまで異才で鬼才な作品が完成し、ユーザーの心を変えるゲームが生み出せる

ここまでの人物は日本には小島監督しかいない

自分の意見を全体に通すコミュニケーション能力の高さ、指揮力、先を見据えるヴィジョン、何よりもセンス

実は小島監督自身にはこれぞ小島監督というべき独特のオリジナリティはそこまで色濃い物はもってはいないと思われる(個人の意見です)
今まで観てきた映画、読んできた書物、人生経験、日本に限らない世界レベルの知識。それらを持ち合わせているからこそ、その引き出しの多さ。その出せる色の組み合わせでいかにユーザーの心に色を塗るか。そういったところで勝負をかけてきている人に思えます


ある作曲家で、最近の作曲家には完全に新しいオリジナルの曲を生み出せるものはもう存在できないと語る人がいます
何故なら長い音楽史の中ですべてのオリジナルはすでにもう出尽くしているために新しいものをつくろうにも作れないと

それならば既存のモノを掛け合わせてそれをどのように今の受け手に響くように作るか
そこが作曲家の本分であると述べています

あらゆる創作においてもうオリジナルは出尽くしています。例えば文学作品で言うと平安時代あたりですでにもうネタは出尽くしている節もあります
平安時代ですでにタイムスリップネタだの、腐女子なんて存在や男の娘なんてものまで出来上がっていますからね

人が生み出せるオリジナルは人である限りある程度は限界が限られている
仮に人の枠をはみ出た鬼才が全くのオリジナルを生み出したとしても、その質は常人が理解できる範疇を越えているために理解も評価もされず朽ちていくのみ


小島監督作品にも演出それ単体でまったくこれが長い人類史初出だというものはおそらくはないかと思われます
小島監督は常人であるが常人の枠をはみ出さないレベルで、或は常人にも響きうるレベルで鬼才・天才なために我々にもメッセージが明確に届きうるのだろうと思います


ああ、なんだか書きたいことはあるのだけどそれが上手く文章にできない
この感覚は久しぶりです




長くなりましたのでまとめると



小島監督最高です!これからもゲームづくりをよろしくお願いします!!
一生ファンであり続けます!!!!!!





ということです



追記




そうか



PSVRならソシャゲーに勝てる
今の停滞気味なコンシューマー業界に一石を投じ、初めてプレイステーションがゲーム機として登場し業界に革命を起こした時のように


その可能性を小島監督は見ているんでしょう



ソシャゲーなんて糞は早く淘汰されて欲しいですね
過去の記事でもさんざん書いてますがブログ主はソシャゲーは嫌いです
あれはビデオゲームファンが楽しめるべきゲームではないと思います
ソシャゲーはVRの次元にはついていけませんからね
そのうちAR対応ソシャゲーのようにVR対応のソシャゲーも出てくるとは思います

しかしVRはVRにするだけじゃダメ
その更に先に行くためにはケータイ電話じゃマシンスペックが圧倒的に足りないですからね

デス・ストランディング PV感想

2016-06-18 13:37:30 | 小島秀夫監督
早くも小島監督の最新作がE3に登場!
まだPVを作成しただけでほぼ製作は進んでおらず、人員も募集中ということらしいですが
インディーズと自称していましたが人さえ集まればノウハウはあるので早ければ2年くらいで完成しそうな勢いですね。SEの効果音一つまで凝り始めたらMGSシリーズのように開発に時間がかかりそうですが新生コジプロ第1作という事である程度小島監督自身で納期は早めてきそうである

デス・ストランディングとは死んだイルカや鯨などが座礁する事を意味するらしい
ストランドは縄。ファミ通インタビューにありましたが、このゲームは安部公房さんが論じる棒と縄により構成されていて、テーマとして重要なのは縄だとか

そもそもあらゆるツールは棒と縄に大別される。棒とは攻勢の何か、他者との距離を開ける為の物。縄とは守勢の何か、他者と距離が開かぬよう繋ぎとめる為の物

あらゆるアクションゲームは棒であると小島監督は語っていますね
FPS、アクション、RPGなどツールとして出てくるのは棒だと
しかし今作は棒ではなく縄がメインテーマ。もちろん棒も選択肢としてあるが棒を取ると本作の醍醐味が活かせない仕様なのかも

この辺りの論調が面白く、今まで海外のインタビューで散々揚げ足取られて遊ばれた事もあってか「別に縄を武器にして戦うゲームじゃないよ」とフォロー入れてますねw
少し前のインタビューでも「小島監督の新作は尖がってないらしい」と野次られてましたからね

過去、MGSの海外インタビューで何度も揚げ足取られていた為に予防線の張り方が上手くなってらっしゃるようなw



そこで、今作のテーマである縄について少し考察します
デス・ストランディング(死の繋がり)というタイトルと、以前の久夛良木さんとのインタビューにあった「オープン(箱庭)でない部分がワールド(繋がる?)になるゲーム」という部分と、今作は過去にない新しいゲーム性がある。という点から
初めはゲームオーバーがないゲームなんじゃないかなと感じました

プレイヤーは主人公を操作して目標(ゴール)を目指す。同様にゴールを目指すキャラクターが無限にいて途中でそのキャラクターとかち合う仕様。そこで対立する敵に負けたらゲームオーバーでセーブからやり直し、では無く主人公が死ねばそのキャラクターはそこでお終いで視点が対立していた敵に移り、以降はそのキャラクターがプレイアブルキャラクターとなるようなゲーム性
形式ばったゲームオーバーは無く、やり直しという概念はない。操作キャラの死は次の操作キャラへの生に繋がり、操作キャラを何回も変えつつもゴールを目指すアクション



しかしそれだとせっかく起用したノーマンさんが勿体無いし縄というテーマも薄い気がする
主役はノーマンさんで交代は無いだろうから上の考察は却下


縄はLINEのような繋がりとも小島監督は称している
見えないけど繋がる物として、オンラインプレイを前提にしたシングルプレイで他プレイヤーとの協力でゴールを目指すようなゲームなのかもしれない
浜辺の足跡は他のプレイヤーが歩きまわっている結果?

例えばダークソウルはオンラインにより他のプレイヤーに自分の思念というか残滓を示せたがあれをもっと踏み込んで、購入したプレイヤー全員でエンディングを目指すみたいな作りなのかもしれない

そういった、オンラインを通じたプレイヤーの縄としての繋がりとしてMGS5でも縄の一端が見られた
MGO3や相手のマザーベースに侵入する要素は棒である
しかし、核廃絶を目指し和平を目指す要素の特性は縄である


結局まだ核廃絶はMGS5でも未達なよう
核廃絶が達成されたら噂のあの核廃絶ムービーが流れる仕様だとは思うけどなかなか達成は無理だろうなぁ


小島監督は近年コンシューマゲームとソシャゲー要素の融合に躍起になっている節が見られるのでMGS5の核廃絶のような、プレイヤー間で繋がる要素がデス・ストランディングのメインテーマになっているのかも

相手を攻撃するだけでは見えてこない物があり、違ったアプローチをしかける事で本質が見えてくる
MGでステルスアクションを生み出した時の様に小島監督の新たなジャンル開拓に今から期待です

きっと小島監督の事だからゲームシステムとしては棒の部分ばかりを強調してユーザーに説明して縄に気づかないような造りになってそう
プレイしていると縄の部分に気づいて新しい物が見えてくる、と

乃木若葉は勇者である(上)

乃木若葉は勇者である (上)
クリエーター情報なし
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

鷲尾須美は勇者である

鷲尾須美は勇者である
クリエーター情報なし
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

結城友奈は勇者である1

結城友奈は勇者である 1 [Blu-ray]
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン

ゆゆゆ サントラ

TVアニメ「結城友奈は勇者である」オリジナルサウンドトラック
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン

鷲尾須美の章 サントラ

「結城友奈は勇者である -鷲尾須美の章-」オリジナルサウンドトラック
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン