猫が食べるから花は買って帰れない

福島保護猫達はお空へ。埼玉保護猫は2匹になりました。
猫のことか、仕事のことか、365日そんな感じです。

病院へ

2020年09月29日 | 日記

お久しぶりです。涼しくなりましたね。

今日はチビ子の健診とワクチン摂取のために動物病院へ行ってきました。

 

二日前からキャリーを準備(直前、前日だとチビ子が警戒してしまう)

昨年よりも体重が減っていました(500gくらい。カリカリのせいかな?)

確かにちょっとほっそりしたかな〜って感じではあったのよね。

今チビ子の主食はロイヤルカナンの満腹感サポート+ELTってやつ。

チビ子は便秘になりやすいので、食物繊維の多いご飯にしています。

 

診察台では全く動かず…電池切れたかな〜?おーい?

先生に「すごくやりやすい子ですね。こういう子ばかりだと僕らも診察しやすいんですけどw」と言われた。

実は左後足にイボみたいなのがあって、それも診てもらいました。

これについては経過観察って事で。

↑ 診察後キャリーの中で放心状態?

 

ひどい事されたわ。信じられないわ。と思ってるのかも。

 

チビ子は今年の春7歳になりました。尿検査もしたかったけど家で採尿できなくて

そのうち採尿できた時に病院へ持って行く事になりました。

今日の結果は後日になります。

 

家に帰って来て、ちょっと怒っています。

病院後、籠って出てこないとか無いだけマシかな?(以前はあった)

アンタ覚えてなさい。

 

お詫びに猫おやつを献上しました。

 

来月はトフィの健診と予防接種です。こいつはチョロい(多分)

 

ちなみに、最近の私ですが猫トイレの掃除で右腕を痛めました。

ひと月前くらいから通院しています。

その右腕を庇って、今度は左手の親指あたりに痛みが。

腱鞘炎とか?これは何だ〜?勘弁して欲しいです。

仕事は7月から日数を減らしたままです。

あのブラック歯科を辞めてから、仕事日を増やしてません。

なので、ちょーーーーーーグウタラです。

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仕事

2020年09月06日 | 日記

9月から週1日、新しい場所で仕事をする。

今まではお年寄りの施設やお家へ行って訪問診療の仕事。

これからは(週一だけど)障害者施設で仕事。

 

幸い、母が障害者の患者さんが昔からいて

診察室にはよく障害者の人が歯の治療に来ていた。

家と職場が同じだったから、挨拶しなきゃいけなかったり、色々と面倒だったものだ。

なぜ私がこの人たちに挨拶する必要があるのか?と子供心に何度思ったか。

母と仕事をしていた時はもちろん患者さんで来てくれてたので

自然にそういう何かしらハンデを負った人達の治療をしていた。

今、自分がやれてる仕事は母がやっていたことの延長だな〜というか

母がやってたことを私がやってる感じだな〜と思うことがある。

ハンデのある人たちを接するのは慣れないと出来ない事もあるのだけど

そういうの日常で体験出来てたんだな〜って今は思える。

何でも糧になるもんだな。

 

もちろん、母がやってて『違うだろ』と思ってたことはやらないし

母はやってなかったけど、これは必要でしょと思うことはやる。

母と全く同じようには仕事しない。

臆せず障害者施設と仕事できるのは、そういった昔の経験があるからなんだろうな。

実家の方でやってたら、きっと卑屈になってたと思うけど

これだけ離れてれば、全く気にならない。むしろ「ありがとう」と思う。

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変化

2020年09月01日 | 日記

この秋に生家を壊すことになっている。

もう誰も住んでないし、鉄筋コンクリートの大きな家なので困っちゃうのだけど。

でも、木も切らなきゃいけないし、私にとっては精神的にキツイ。

 

大きなモチノキと欅があって、

モチノキの赤い実を鳥が食べにくるのを眺めるのも好きだったし

屋上に登って欅の枝に手を伸ばして柔らかい梢枝に触るのが大好きだった。

屋上に寝袋を持って登って流れ星を見たりしたこともある。

庭の百日紅のすべすべした木肌を触るのも好きだったし

紫陽花の時期に紫陽花を切ってきて花瓶に刺したり

梔子に青虫がついて、それを当時飼っていたヒヨドリが食べたり

灯籠の上に餌を巻いて雀が来るのを見たりした。

毎年祖母が鷺草を咲かせていたことや菊を育てていたこと。

大きな柱があって、うちのダンナさん小さい頃それに登ったりしてたわ

縁側でスイカ食べたり、ナスの漬物食べたり、花火したり

真夏に仏間の窓を開け放して昼寝したりも。

 

母に怒られて毎日のように泣いて、自分の価値を見出せなくて

父のことも怖くて、父母に比べてなんて自分は馬鹿なのか

私のように見た目も良くない、頭も良くない、こんな人間存在して良いのか

そういうことをあそこで考えながら生きていたこともある。

良いことも悪いこともあった。その場所がなくなる。

 

うちのダンナさんは私とは小さい頃から知っている間柄で

私の生家についての思い出も色々あるので私の物悲しい気持ちは分かるみたいだけども

ちょっと精神的にキテル気持ちまではわからないようだ。

分からなくて当たり前だ。

実妹ですら、私の物悲しい、どうしようもない思いは共有できないんだから。

 

時代の移り変わりよ。こればっかりはさ、もうどうしようもないのよ。

壊すことは納得してる。わかってるの。

もし住み続けるにしても直すのにすごくお金かかるし、広すぎて維持できない。

なので、仕方ないの。一つの時代が終わるんだなと。そう思ってる。

 

ありがとう。生家よ。

お前がそこにもう存在しなくなると思うと、胸が潰れそうです。

コメント (2)
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