*** june typhoon tokyo ***

HALLCA『PARADISE GATE』


 洗練された音楽美の影に変化を秘めた、ネクストステージへのデパーチャー。

 暁のグラデーションが映える水平線と空へ向けて延びる、温室にも似た透明なトンネル。両サイドに置かれた椰子の木たちに見送られるかのように動く歩道を進んだ先には、明るく輝くカーシヴな“Paradise Gate”のネオンサイン。海上には旅立ちを祝福するかのように光る小さな球体の数々が浮かび、その視線の上空には先発便と思われるエアプレインが離陸している姿も目に飛び込んでくる。非日常への旅への高揚感を胸に秘めながら「どうぞHALLCAの音の世界へ」とでも言わんばかりに感じられるジャケット・ヴィジュアル。2019年の『VILLA』に続く、HALLCAの2ndアルバム『PARADISE GATE』は、コロナ禍にて揺れ動いた不安な感情をようやく上向きのベクトルへと向き直し、自らの楽曲とともに大空へ羽ばたかんとする“テイク・オフ”アルバムといえそうだ。

 アートワークを手掛けたのは、さまざまなアーティストの作品を手掛けているデジタル・アーティストで、HALLCAの1stヴァイナル『Private Paradise』のジャケット・ヴィジュアルも担当した“かぷぬ”ゆえ、ジャケット・ヴィジュアルが即ちHALLCA自身の深層心理そのものを表わしているとは言い難いのかもしれない。とはいえ、自身の作品に見合うかどうかの“吟味”はしているはずで、なかなかHALLCA自身がイメージした世界観に近いものが描かれているのではないか、などと勝手に考えていたりもする。


 ところで、海というのは、(ユングやフロイトなどを本格的に学んだ訳ではないが)ユング的に言えば、生命誕生の意味合いから“生み出す”という心理が投影されたもので、グラデーションが映える綺麗に輝く海から考えると、創作意欲に溢れていることや自身の内面への探求心を欲していることの心象ともいえそう。その一方で、温室のようなゲートに“水が流れ込んでいる”というのは、さまざまな外的な影響を受ける“変化”を示唆し、その水の質が良ければ良化を、濁っていれば悪化を意味するもの。本作のジャケットには、光球体が浮かび陽光のリフレクションが波面に見える美しい光景が描かれているゆえ、無論良い変化の兆候といえそうだ。

 さらに見ていくと、海上へ張り出した(椰子の木も青々とする)温室のようなゲートも目を惹くデザインの一つ。温室は文字通り安らげるウォームな空間ゆえ、意欲や創造、夢、人間関係などが順調に育つことを示唆する一方で、背中合わせの意味合いとなる“甘え”や向上の阻害を暗示する表現でもある。果たして現在はどちらの心境か……などとさまざまな邪推をしてしまうほど、HALLCAのイメージに添ったアートワークであることは確かだ。



 さて、本編の『PARADISE GATE』は、文字通り“美しい出発”に相応しい前途洋々の開放感と期待感で放たれる「Precious Flight」から幕を開け、初出時は「Wonderful days」と名付けたが、のちに正式なタイトルへ変更した「Twisted Rainbow」でエンディングを迎えるという全9曲を収録。リリックは全曲HALLCA自身が手掛け、Especia時代より携わったクリエイターたちを中心に、サウンド面でブラッシュアップを図っている。「Precious Flight」「Sweet Pain」「Strawberry Moon」「Twisted Rainbow」ではPellyColoが、「Paradise Gate」「Spiral」では東新レゾナントが、「Pink Medicine」「Labyrinth」「Fall Back asleep」ではRillsoulが主宰するBlackstone Villageが、それぞれの彩色をプラスしている。

 元来HALLCAが有するカラフルな声色を特に活かしているのが、PellyColo作品か。オープナーの「Precious Flight」とこの旅路を虹の彼方へと運ぶクローザー「Twisted Rainbow」というアルバムの終始に位置する楽曲を担当し、なかばPellyColoが過去と未来に顔を向ける双面の守護神“ヤヌス”のような役割を担っているかのよう。現況でHALLCAの主たる作風に最も近しいと思われるシティポップ、AOR路線のクロスオーヴァー作「Sweet Pain」では、HALLCAのアクのない明澄なヴォーカルを衒いなく発露させることに成功。「Strawberry Moon(feat.kiarayui)」は、ハイスクールからの盟友・Kiarayuiとコラボレーションした「Strawberry Moon」(kiarayui『MOONLESS』にも収録)のコラボレーション返し。ハスキーなヴォーカルで進むkiarayuiヴァージョンのコケティッシュな世界観をどう活かすのかと興味を持って聴いたが、そのラインには乗らずに、HALLCAの最大の武器のブライトな声色によるハッピー・ジャズ・テイストというスタイルで勝負。ジャム・セッション的なライヴ感や遊びが見える効果音など、PellyColoの着想が奏功したHALLCAらしい彩色の“返し”となった。



 ファンキーなアプローチで都会的な“コク”をもたらしているのが東新レゾナント。本作のタイトル・チューン「Paradise Gate」では、トーキングモジュレーター的なヴォーカルエフェクトを組み込みながら、快活なグルーヴを展開。HALLCAのヴォーカルの華やかさと80sアーバン・ポップ・サウンドが重なることで、リュクスな美を構築している。

 本作のなかでもトピックの一つと思えるのが、照りのある軽快なホーンとリズミカルなギターが胸騒ぎを導くような洒脱なジャズ・ファンク「Spiral」だ。J-POPによく見られる大サビ的なフックへの流れはなく、ファンキーなグルーヴの波に逆らわずにアウトロまで畳み掛けるトラックメイクが新鮮。インコグニートあたりのアシッド・ジャズ作風でのアプローチはこれまでなかったゆえ、HALLCAの音楽的振幅を拡げそうな楽曲といえそう。当然ライヴ映えはするだろうが、このサウンドをバンド・セットで演奏するとなると、ヴォーカルの圧を高めないと楽曲の良さを半減させてしまうので、そのあたりは留意したいところだ。



 艶やかなムードを添えているのが、Rillsoul率いるBlackstone Village。特に「Labyrinth」と「Fall Back asleep」は「Spiral」同様にHALLCAの音楽性の奥行きを広げる契機になりそうだ。ドラムの平岡タカノリとベースの“角やん”こと角谷光敏というEspecia時代のバンドメンバーのほか、トランペットにエンタメジャズ・バンドのCalmeraから小林洋介、ギターにHALLCAのライヴではバンドマスターでお馴染みの“クマちゃん”ことクマガイユウヤとともに奏でる「Labyrinth」は、“迷宮”のタイトルよろしく恋が発露する瞬間の心の迷いを綴ったメロウなジャズ・ソウル。ムーディなコーラスとともに導き出す、幻想と恍惚を往来するような作風にどっぷりと浸かるほど濃厚なヴォーカルを繰り出している訳ではないが、これまでにない内面から滲み出すアダルトな情緒とエレガンスが垣間見える、意欲的な楽曲といえる。

 そして、個人的に最も耳を惹いたのが、終盤に配された「Fall Back asleep」だ。「Precious Flight」や「Paradise Gate」たちがHALLCAの本来の資質に思わしき“陽”とするなら、この「Fall Back asleep」は“陰”をなす楽曲か。コーラスワークやアレンジメント、メロディライン含め、「Letters」「Colors」「東京NIGHTS」あたりの宇多田ヒカルの2000年代初頭のR&B/ソウル・ポップ作風で進行する前半から、ガラリと転調してスムースなソウルの終盤へと移行する、新境地というよりも冒険曲といってもいい作風だ。もちろんこれはRillsoul/Blackstone Villageにとってもチャレンジングなことだったのではないか。



 従来なら、“黒さ”を主眼するなら終盤の作風--例えるなら、ザ・ジョーンズ・ガールズ「ナイツ・オーヴァー・エジプト」(「Nights Over Egypt」)やハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ「ザ・ラヴ・アイ・ロスト」(「The Love I Lost」)、ジ・オージェイズ「ユーアー・ザ・ガール・オブ・マイ・ドリームス(ショー・ナフ・リアル)」(「You're the girl of my dreams (sho nuff real)」)からザ・スタイリスティックス「愛がすべて」(「Can't Give You Anything (But My Love)」)、さらにはテディ・ペンダーグラスやマクファーデン&ホワイトヘッド「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」(「Ain't No Stoppin' Us Now」)あたりまでをも見渡せそうなフィリーソウル/ネオソウル作風--だけで1曲にしても、その逆で前半の00年代以降のジャパニーズR&B/ポップ路線だけでまとめて1曲にしてもいいものを、敢えて異なる要素を変則的に1曲として繋げるというメタモルフォーゼ的な発想を行使。ややもすれば、どっちつかずのとっ散らかった楽曲になるリスクも厭わず、HALLCAに提供したのは度胸がいったのではないかと推測されるがどうだろう。

 ソロ以降は特に元来の明澄なヴォーカルに特化した楽曲が多く、濃淡や陰影が刻明な、いわゆるスムース&メロウなヴォーカルワークは多くなかったが、そこには長年交流を深め、HALLCAのヴォーカルを知り尽くしているRillsoulのこと。多様なスタイルに沿う華やかな声色を資質に持ち得ているHALLCAであれば、実現可能だという勝算があったのだろう。さらには、これは完全に勝手な憶測の域を出ないが、Rillsoul自身がブラック・ミュージックを単に歌わせるだけに留めたくない、しっかりとHALLCA流ポップスのなかでのブラック・ミュージックとして落とし込みたいというような矜持や意地みたいなものがあって、それをこの楽曲にしたためたのだとしたら……などと考えると、よりアルバムにおけるこの曲の意図や意義のようなものが掴めそうな気もする。



 PellyColo、東新レゾナント、Blackstone Villageという三者三様のアプローチで創り上げられたHALLCAワールド第2章。HALLCAの特性を存分に知り得ている腕利きたちが、ソロとしての大きな飛躍を願いつつ届けた楽曲群は、HALLCAらしさを失うことなく、次なる高みへ向けての“変化”にも挑んだものだ。その意味では、毛色が異なる「Fall Back asleep」がラインナップに加わり、それこそジャケット・ヴィジュアルに見える水平線と空に描かれるグラデーションのごとく、さまざまなHALLCAの音楽的エリアや趣向を融和させるヴァラエティに富む作品へとグレードアップしたことは、紛れもないところだ。

 “海を眺める”という心理的な意味は、自身と向き合い、新たな可能性や希望を生み出すことを示唆しているという。近い将来、本アルバムでの経験がHALLCAの“新たな可能性”を引き出す契機になったと振り返る日が来て欲しい……『PARADISE GATE』のアートワークを眺めながら、そんな想いが脳裏を過ぎった。

 未来への扉へと位置付けた『PARADISE GATE』。装丁や作風こそソフィスティケートで洒脱だが、その実は制作意欲に満ちた“力作”といっていい。“楽園の扉”なるゲートを抜けた先には、HALLCAの音楽的飛躍と真価が試される旅路が続いているはずだ。

◇◇◇
HALLCA / PARADISE GATE (2021/11/24)

MGLB-0004 Magellan-Blue Records

01 Precious Flight
02 Paradise Gate
03 Pink Medicine
04 Sweet Pain
05 Labyrinth
06 Spiral
07 Strawberry Moon(feat.kiarayui)
08 Fall Back asleep
09 Twisted Rainbow

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【HALLCAに関する記事】
2018/08/04 HALLCA『Aperitif e.p』
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2022/01/11 HALLCA『PARADISE GATE』(本記事)

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