*** june typhoon tokyo ***

HALLCA『Aperitif e.p』


 ソロとしての芽吹きとメインディッシュへの期待が宿る“アペリティフ”。

 ジェイムス・ブレイクをはじめとするダブステップやエレクトロニック・シーン作品を意識したようなジャケット、匿名性をプラスしたようなアーティストネーム、“食前酒”を意味するタイトル。控え目の美学といえばそうなのかもしれないが、存在の伝播に欠かせないアピール力としては物足りなさを感じなくもない。それでも、自らの意思を抑え込んでまでコマーシャルな土壌に乗るようなことはしたくなかったのだろう。自身が信じる音楽を、自身が思うように演じたい。その気持ちが4曲の小品という形でのアウトプットとなった。

 新たに登場したHALLCAなる人物は、2017年3月に東京にて自らの手でグループに終止符を打ったEspeciaのリーダー、冨永悠香その人。音楽性の変調から賛否両論を巻き起こしたEspecia第2章の終演から約1年4ヵ月、グループのリーダーとしてではなく、一人のソロ・アーティストとしてシーンにカムバックしてきた。

 Especiaの中核を担っていた彼女が再始動するとすれば、“Especia第3章”の嚆矢と見立てる人も少なくないかもしれない。確かにクレジットには4曲中3曲がEspecia時代のサウンドブレーンとして要衝となったPellyColoによるもので、残りの1曲「guilty pleasure」は「West Philly」「Rittenhouse Square」などEspecia楽曲のなかでもソウル/R&Bテイストの作風を提供したRillsoulことHiroshi“Rillsoul”Yamagamiが作編曲を担当。同曲の演奏には平岡タカノリ(ds)、角谷光敏(b)、Daioh(g)、早川一平(sax)とEspeciaのライヴバンドでも馴染みの面々とインストゥルメンタル・ジャズ・バンド、Calmera(カルメラ)の小林洋介(tp)が参加するなど、“Especia第3章”と呼ばれても不思議ではない精鋭を揃えている。ソロとしてどのように色を出していくべきかと考えた挙句、再びスタートを切るという節目において、これまでの活動を振り返って最も冨永悠香を知っている仲間の手を借りたという心情も分からなくはない。ソロとして旅立つという強い意志は持ちながらも、過去を知る仲間の力を借りてのスタートは、ややもすると彼女のこだわりとの葛藤も生み出したかもしれない。ジェイムス・ブレイク風の意図的に“ブレた”顔写真のアートワークを用いた(選んだ)ことにもその潜在意識が垣間見られる。



 しかしながら、個人的には“Especia第3章”ではないと感じる。改めてジャケットのアートワークを借りて言えば、ブレは“迷い”を、肌を露出させた画像は“飾らない裸の心”(=紛れもない真実の自分)とが混在した今の心情を表わしているのではないか。サウンドにおいてはPellyColoの色を感じるのは当然だが、アンビエントR&Bやエレクトロニック、チルあたりの浮遊と幻想をもたらす作風は、HALLCA自身が好む音楽性と強い浸透性が生じたことゆえ。作詞は全て彼女自身が手掛けるなど、彼女の音楽性における自我が如実にサウンドデザインにも現れたといっていい。ソロとしてまだ磨かれていない自身をダイアモンドの原石になぞらえた「Diamond」、ほのかな酩酊が誘う夢見心地をコズミックなグルーヴで描き上げた「Dreamer」はその顕著なもの。Especia時代の面々の力を借りながらもそれとは異なり自我を萌芽させているというのは、一見二律背反のようでもあるが、それはあくまでも音楽性の近似性ということだけであって、精神性は異なるといえよう。
 
 もちろん、迷いや葛藤が全て上手く解消されている訳ではなく、Rillsoul産の「guilty pleasure」は盟友バンドたちがアダルトで官能的なムードを創り出すことに大きく尽力しているが、譜割りを含めてのムードを完全に彼女が活かしきっているかというとまだ強度が足りない部分も感じるし、4曲のなかではやや異色となるシティポップ寄りのスウィート・ミディアム「Milky Way」は、レイドバックした曲風はいいとしても、その他の3曲が築いたアダルトなアンビアンスをやや崩すような歌唱で、個人的にはやや首を傾げるところも。
 とはいえ、それも含めて彼女の自我を放出したという意味ではかけがえない経験であり、まだ“原石”と歌う彼女であれば、近い未来にソロ・アーティストとしての自我を確立していく上での通過儀礼とも言える。

 不揃いながらも自らが思い描き、ソロ・アーティストとしての名刺代わりに配膳した4種類の“食前酒”。フランス語で“食欲をそそる”ことを意味する“Aperitif(アペリティフ)”は、ラテン語で“開く(aperire)を語源としているとも聞く。原石が宝石へと変わっていく……、その開拓の経過を追いたいと思わせるには十分な香りを、この食前酒は満たしてくれているといっていい。はるか先へと漂う香りは、HALLCAとなって口や鼻から五感を刺激する。ソロ・アーティスト“HALLCA”の世界へいざなうに相応しい、魅惑の一品には間違いない。これから運ばれるであろうオードブルやアペタイザー、メインディッシュなどへの期待を胸に宿しながら、しばらくはゆっくりと逸る気持ちを抑えて、このアペリティフを楽しみたい。

◇◇◇


HALLCA『Aperitif』(2018/7/25)

01 Diamond
02 Dreamer
03 guilty pleasure
04 Milky Way

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