*** june typhoon tokyo ***

kiarayui『MOONLESS』


 光と陰の合間に潜む心象風景で紡ぐ、9つの刺激的なストーリー。

 終盤8曲目、「ミッドナイト / They died in our room」という何やらミステリアスなフレーズから幕を開ける楽曲「the room」に、本作のタイトルに冠した“ムーンレス”という歌詞が出てくる。明るい未来に照らされると思っていたけれど、時を重ねた後には、愛されなかった君と僕が残され、二人の心には“ブラック”という闇が突き刺さる。そんなやるせない心境を“ムーンレスナイト”という言葉になぞらえて、月光が届かない絶望に苛まれている……とも解釈出来るような内省的な歌だ。

 “MOONLESS”を直訳すると、“月がない”ということになるが、実は月がないのではなくて、月が見えないということ。太陽に照らされて輝く時の月は、目に飛び込んでくるほどの眩さで存在感を放つが、一時地球の影になるとその姿を潜めてしまい、確かにそこに存在しているはずなのに、見えない存在=“ムーンレス”となる。人間の関係性もどこかしらそのようなところがあって、影となっても傍にいるはずなのに、その姿を見失い、光のなさばかりを嘆いてしまう。

 ところで、月は衛星のなかでも他の惑星のそれと比べても大きく、自らは光を発しないで地球に寄り添いながら動くが、その影響力はさまざまな場面に表われ、神話の世界にもその神秘性と憧憬が描かれている。たとえば、日本神話では日本国土を造ったとされるイザナギによって生み出されたツクヨミ(ツキヨミ)は、月を神格化した夜を統べる神として、天を支配する日の神・アマテラスと対照的な存在として登場する。地球上の干満の差は月との重力が関係しているというし、科学的な証明はされていないものの、出産のタイミングは昔から月の潮の上下に影響するとも言われている。太陽、地球、月が絶妙な引力バランスが引き起こす奇跡ともいえる数々の現象は、日々我々に大きな影響を与えている。にも関わらず、人はそれらを意識することを止めれば、さも何事もないかのように日常をやり過ごしてしまう……。


 話の脱線が過ぎたが、見えるものと見えないもの、そこにあるはずなのに存在を感じられずに過ごしてしまったもの、そういった関係性を抽象的に凝縮した表現が“ムーンレス”という言葉に帰結したのだとしたら……そんな邪推がこの「the room」を聴いて脳裏を駆け巡った。飛躍を承知でいえば、可視化されている“肉体”と不可視な“精神”との関係や距離を“ムーンレス”とロマンティックな言葉で置き換えたのかもしれない。道理と不条理、肉体と精神、欲望と抑圧……背反するような感情が近づいたり乖離するなかでの葛藤を、内省的かつアブストラクトな詞で創り上げたのが、この『MOONLESS』の世界観と見立てたが、さてどうだろうか。

 理屈っぽくなってしまったが、決してそんな肩肘を張って聴く作品ではない。kiarayui(キアラユイ)は、高校時代からライヴを始め、2018年には2010年からの活動をまとめたベスト・アルバム『bambina』を発表するほか、オイルペインティングやデザインなどクリエイティヴィティ溢れる活動を展開しているアーティスト。そのペインティングを施したアーティスティックなジャケット・ヴィジュアルも印象的な本作『MOONLESS』は、アンビエントやローファイといったムードをベースにしながらも、細やかに機微を映し出したかのように多彩な音鳴りが響く、薫香に満ちたアルバムとなった。

 アルバムの起と結に配された「Rain on your hair」「Koku Koku」に北アイルランド在住のジョー・バリー(Joe Barry)を迎えたほか、中盤に控える「Strawberry Moon」ではHALLCA(ex. Especia)をフィーチャー。「Under the Tree」と「pearl」はオリジナルとは異なる“The Other Side Ver.”となっている。


 冒頭の「Rain on your hair」は、ハスキーかつウィスパーという声色が、オーガニックなサンプリング音のなかをたゆたう。人懐っこい温かさを感じるジョー・バリーの素朴なヴォーカルと寄り添う展開が美味で、タイトルにある雨というよりも夢という中の雲を泳いでいるような浮遊感にも包まれる。“終わる、終わる”というフックのリフレインが曲世界の浸透性を高める、“結局”(というよりここは「所詮」と解した方がいいか)という言葉を冠した「after all」では、終焉を悟りながらも、どこか抗いたい感情の行き場を失った喪失感を吐露。
 これらのカヒミ・カリィというよりもChara寄りにも感じる可憐と繊細を内包したウィスパーヴォイス(とはいえ、Chara特有の甘美と太さで発露するのとはまた違う)を聴けば、“Lo-Fi Bedroom Musicを自在に操る”という自身のプロフィールの惹句も頷くところではある。

 しかしながら、そこにとどまらないのが、本作に見える意欲の表われとなるのだろうか。「飛沫」では、前2曲のメランコリックなムードから一転。ジャジィ・ヒップホップ・インストゥルメンタル楽曲のようなピアノ音色を用いた流麗なイントロから、ラップ調の歌い口を採り入れながら、澱みのない鮮やかな深海へと舞い沈むような痛快さが顔を覗かせたかと思うと、「Wake Me Up!」ではポコポコと鳴るアクセントが軽やかに跳ねて、朝の喧騒をコミカル&チアフルに脚色。スッカリ晴れやか、なんてなれないけれど、いい加減気を取り直してみるか! というような無理をしない前向きさが見え隠れするのがいい塩梅だ(フックがほんの一瞬、トンプソン・ツインズ「キング・フォー・ア・デイ」のブリッジを想起させる)。

 「the room」とともにもう一つの“ムーン・ソング”となったのが、HALLCAが客演した「Strawberry Moon」。ここではやわらかく透過性あるメロディ&コーラスをHALLCAに託して、心の襞に潜んでいた鬱屈した想いや欲望を、感情のまま赤裸々に自問自答するヴォーカルが印象的だ。終盤で見せた願望を憑依させるかのように高ぶるファルセットには、剥き出しの生命力、生々しい情感が宿っていたような気がする。


 ファルセットを披露しているのは、「Under the Tree」「pearl」も同様。「Under the Tree」は雑踏を抜け出して深夜を駆け抜けるようなクール&ソリッドなエレクトロニック・トラックにオルタナティヴなヴォーカルが刻まれていき、「pearl」は物憂げなトーンで包まれるエレクトロ・トラックとともに葛藤のなかで辿り着いた一種の人生観を、心の奥底から捻り出すように歌い上げている。前者はビョークらしさ(といったら大袈裟か)も醸すオリエンタルな神秘性、後者は人間活動宣言から復帰した宇多田ヒカルに顕著な死生観が反映された作風と、それぞれに共通性を感じたりも。もちろん、これらの喩えの類はパッと脳裏に浮かんだだけであって、この2曲の作風を説くものではないが、深遠で内省的な世界を構築しながらも、外へ向けた訴求力に長けているという点では、それらと親和性あるベクトルを持っているのだと思う。

 「the room」を経てのラスト・トラックは、再びジョー・バリーを招いての「koku koku」へ。冒頭で登場したジョー・バリーがエンディングでもkiarayuiと声を纏わせるという構成は、ジャケット・ヴィジュアルのロゴにも見られるように、三日月から新月へ、また弦が厚みを増して満月へという月の満ち欠けのような周期にも見立てているようで、物語性があっていい。月の弦の満ち欠けにかけた訳ではないだろうが、エフェクトや電子的な音鳴りが飛び交うなかで、煽情的なストリングス(弦)を用いてのフェードアウトというアレンジも、シネマティックなドラマ性を湛えていて、余韻を与えてくれるエンディングに。ローファイ・ベッドルーム・ミュージックに限らない多彩さは、エキゾチックな多国籍色を持ちながらも美しいサウンドを奏でるファンタスティック・フォーク・バンド、チャンポンタウンの鍵盤を務めるken.akことken akamatsuが全楽曲のサウンドプロデュースを手掛けていることも大きいようだ。

 ルックス的にはアンニュイなモードも解き放っていて、楽曲もナーヴァスでメランコリーな肌当たりのものばかりかと思いきや、その内実は心の内でせめぎ合う生々しい感情を多彩なヴォーカルワークで歌い聴かせた9つのストーリーを展開。倦怠やダウナーなモードもあるが、感情を露わにすることを厭わないヴォーカルには、芯の強さや生々しさ、茶目っ気や可憐さも見え隠れする。心に迷いが生じている時に、それを解消するというよりは、その迷いを受け入れながら絶妙な距離感で寄り添ってくれる、まさしく地球と月のようなスタンスで聴かせてくれるのが魅力だ。激しい主張で押し通すのではなく、後からジワジワと沁み込んでいくような力みのない浸透性と肩に手をそっと置き安らぎをもたらすような説得力に長けた、アーティスティックな逸品といえそうだ。


◇◇◇

■kiarayui / MOONLESS
Words Studio Records (2020/8/15)

01 Rain on your hair(feat. Joe Barry)
02 after all
03 飛沫
04 Wake Me Up!
05 Strawberry Moon(feat. HALLCA)
06 Under the Tree(The Other Side Ver.)
07 pearl(The Other Side Ver.)
08 the room
09 Koku Koku(feat. Joe Barry)


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