*** june typhoon tokyo ***

Furui Riho『GREEN LIGHT』

 



 自らに決意の“青信号”を灯した、センス溢れる才媛の初作にして快作。
 
 米・西海岸に良く見られるようなアメリカンダイナーの看板に幅広のアメ車の絵とともに描かれたのは、力強さを感じるフォントによる“GREEN LIGHT”のロゴ。青みがかった緑色の空とともに、表現者として進むべき道へ“青信号”を照らしていることを示唆した意匠なのだろうか。北海道出身のシンガー・ソングライター、Furui Rihoの初となるアルバムは、これまで培ってきた経験に裏打ちされた矜持を示すとともに、日本の音楽シーンにおいてソウル/グルーヴ・ミュージックを体現し継承する存在を知らしめる一つの指標に値する一枚になると言っていい。

 「Rebirth」「I'm free」「Purpose」など配信で発表してきた既存曲に、小袋成彬、藤井風、iri、SIRUPらの制作に関わる小島裕規のソロ・プロジェクト“Yaffle”が参画したアルバム・タイトル曲「青信号」や、東京とロサンゼルスを拠点に活動するヒップホップ・クルー“CIRRRCLE”をはじめ、SIRUP、Chara+Yukiなどの楽曲を手掛ける新潟出身のトラックメイカー/プロデューサー“A.G.O”と共作した「Candle Light」などの新録曲を加えた全9曲。ゴスペルにルーツを持ち、ソウルやR&Bを基調にしながらも、変に偏重せず、軽やかにバランスを取る柔軟な資質を有するFurui Rihoの才華を凝縮させたような渾身作かつ集大成の一枚といえるが、ようやく辿り着いたフル・アルバムに背水の陣という悲壮感は皆無。むしろ、アートワークの世界観よろしく、アメリカンダイナーで腹ごしらえし“さあ、そろそろ行きますか”というような余裕さえも感じられる。R&Bやネオソウルが背景に垣間見えるミディアムや、ルーツのゴスペル・テイストを想起させるハッピー・テイストな曲、エフェクトを駆使したエレクトロなトラックなど、ヴァラエティに富みながらも、初アルバムという圧が重くのしかからない9曲という曲数も絶妙だ。本作のファースト・トピックとなるのは、やはりタイトル曲の「青信号」だろうか。



 ここで少し余談になるが、タイトルの“GREEN LIGHT”と聞いて最初に思い浮かんだのがジョン・レジェンドの楽曲「グリーン・ライト」だった。全くの思い付きではあったが、虫の知らせではないが、何かアルバムの世界観やタイトル曲「青信号」にリンクする部分があったりするのだろうかと考えたりしたのだが、ジョン・レジェンド版は“Give me the green light / Give me just one night / I'm ready to go right now~”(「ゴーサインをくれよ、たった一晩だけでいいから。こっちはもう臨戦態勢なんだ」とでも訳せるか)と歌う、言うなれば“ナンパ・ソング”の類だから、ちょっとアテは外れたようだ。
 ただ、“GREEN LIGHT”という言葉を紐解くと、単に“青信号”だけではなくて“ゴーサイン”や“許可”も表わすから、その意味ではリンクするところもあるような気もする。

 本作の「青信号」は、“何にも道は間違ってないわ”というくだりから、辿ってきた苦悩や葛藤を自らを奮い立たせる勇気や自信に変えて、“タイミングはもう青”“大丈夫だからそのままでいっちゃって”と自問自答しながら、迷わず前へと進むべき時だと高らかに宣言しているようにも感じる。そう捉えるならば、Furui Riho版“GREEN LIGHT”も、未知なる高みへ迷いなく突き進む腹が据わった心境を吐露した、言うなれば“臨戦態勢完了”を誇示したものと受け取れなくもない。

 そういった勇敢さは、スリリングの加速度と音楽の振幅性が高まったサウンドにも表出。本作収録曲のなかでも後発にあたる(2021年10月リリース)、ジャニーズ(Kis-My-Ft2、ジャニーズWEST)や當山みれい、宇多田ヒカル「Beautiful World(Da Capo Version)」ほかを手掛けるコンポーザー/アレンジャーのNobuaki Tanakaが関与した「Sins」を初めて聴いた際に、従来と異なるスリリングな作風で“攻めた”感覚を抱いたのだが、「青信号」ではさらにその刺激性が増加した感じを受けた。



 ただし、同じスリリングといっても、そのベクトルは若干異なっていて、「Sins」はどこか後ろめたさや罪悪感を帯びたダーティなテイストなのに対し、「青信号」はエフェクトを施した猥雑なヴォーカルパートやジェットコースターライクな性急なエレクトロ・トラックを組み込みながら、土埃りを巻き上げながら一気に走り去るような推進力に溢れたテイストに仕上がっている。それは、コロナ禍の鬱蒼とした心境のもとで生まれた(と思われる)「Sins」と、そういった時期を乗り越えて、覚悟が出来つつある時期に創り上げた「青信号」という、機微の差によるものなのかもしれない。

 また、「青信号」には、クライマックスへ差し掛かろうというタイミングで“Rebirth Rebirth”という「Rebirth」のフックのフレーズが差し込まれる、ちょっとした“仕掛け”も。「Rebirth」は本作の最後に配されたクローザーだが、ライヴにおいても(といっても自分はまだ生では2度しか観賞していないのだが)本編ラストに歌われることが多い重要曲。それもそのはず、Furui Riho名義では初の配信曲となった、いわば出発点となった楽曲だ。自身の楽曲のフレーズを別の曲に汲み入れるというのは(たとえば、嶋野百恵がMummy-Dを招いた「Lesson」などもそう)特段珍しいことではないが、先を見据えて走り出そうとする現在の心境を説いたタイトル曲でもある現時点での最新曲に、Furui Rihoの原点の楽曲「Rebirth」とをリンクさせているのは、単なる遊び的要素だけではない、深い意図がきっと潜んでいるのではないかと頭を巡らされてしまう。“Rebirth”は再生を意味するが、“好きにやるわ / Oh Rebirth Rebirth / 全部置いてく そうここに”と紡がれていくリリックを聴くにつれ、(辛苦に喘いでいた時はあったけれど)生まれ変わった今の自分を遮るものなどない、というような沸々と漲る気概や凛々しさも伝わってくる気がした。



 もう一つの新録曲となる「Candle Light」は、「青信号」とは対照的に、チルなテイストによるミディアム・グルーヴが心地よい。ほんのり「Do What Makes You Happy」を想起させるメロディをチラつかせながら、感謝と別れを綴るビター・スウィートな作風で、派手さはないものの、不思議とクセになる浸透力の高さが魅力だ。同じく新録の「ABCでガッチャン」は、タイトルもそうだが、微笑ましさが伝わってくるリズムが楽しいポップ・ソウル。他人は他人、自分は自分、それでいいんじゃない? という内容は、特に同性に共感を得られそう。最後にちょっとだけ甘えたい気持ちをみせるところもキュートだ。

 後半に並んだのは、「でこぼこ」「嫌い」というテンダーなムードに包まれる肌当たりの良い楽曲群。「でこぼこ」はそっと寄り添い、優しく見守るというイメージがピッタリで、無駄に音数を増やさずにすることで、甘酸っぱくもハートウォームなムードを描出することに成功。“ほらでこぼこで ちょうどいい”というフレーズがスッと胸の襞に沁み込む、癒し系アンセムといったところだろうか。
 高らかに歌い上げる訳ではないが、温もりあるオルガンの音色の鍵盤をバックに、コンプレックスなところを挙げながらも前向きになろうとする心情を綴った「嫌い」には、ゴスペル風なコーラス・ラインも。鍵盤のコード進行とともにうねったギターが加わる後半のせり上がるような展開にも、ゴスペルっぽさが垣間見える。



 これまでFurui Rihoの核となってきた楽曲と言っていい「I'm free」は、オープナーとなった「Purpose」とともに序盤に、洗練されたグルーヴィなソウル/ファンクを下地にした「Rebirth」はラストに配された。「Rebirth」に比肩するキラー・チューン「I'm free」は、颯爽とした伸びやかな歌唱と広がりあるトラックが期待感を抱かせるガールズ賛歌。ありのままでいいという姿を、Crystal Kay「恋におちたら」、加藤ミリヤ「夜空」、清水翔太「HOME」ほか多くのJ-R&Bヒットを生み出したプロデューサーのShingo-Sが、00年代あたりのJ-R&Bのトレンドを匂わせながら、爽やかな作風に落とし込んでいる。冒頭の「Purpose」は翳りがないジョイフルなメロディラインゆえポップ濃度が高く感じるが、トラックはヒップホップ・ソウル仕様。この「Purpose」「I'm free」からは、上質なR&Bのトレンドをアップトゥデートしたグルーヴネスを、充分に感じることが出来る。

 ちなみに、「Purpose」は目的や理由という意味のほかに、決心や決意という意味がある。「Purpose」が決心・決意を綴った楽曲かどうかはわからないが、“決意”で幕を開け“再生”(=Rebirth)という原点で締めるという構想のもとでアルバム構成を考えたとするのは、邪推が過ぎるだろうか。



 可憐な歌い口からほのかに薫らせる色香までさまざまな表情を見せる歌唱の奥行き、多彩な要素の楽曲を乗りこなすバランス感覚。これらを巧みに操って音の波に乗る特有なグルーヴネス。このセンスこそがFurui Rihoの最大の魅力だと個人的には感じるが、それを体感するに相応しい9曲が揃った。飽和や細分化が激しい音楽シーンに、新たな刺激と興奮を巻き起こす存在となれるか。小柄で愛らしいルックスとからは想像することが難しい、鼓動震わす音楽的機知に富む才媛の初アルバムには、その可能性が十二分に秘められている。

◇◇◇

■ Furui Riho / Green Light (2022/03/09)

LOA-001 LOA MUSIC

01 Purpose
02 I'm free
03 Sins
04 青信号
05 Candle Light
06 でこぼこ
07 嫌い
08 ABCでガッチャン
09 Rebirth

◇◇◇

【Furui Rihoに関する記事】
2021/04/17 Furui Riho @代官山SPACE ODD
2021/12/11 Furui Riho @WWW
2022/03/11 Furui Riho『GREEN LIGHT』(本記事) 

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