*** june typhoon tokyo ***

仮谷せいら『ALWAYS FRESH』


 資質と経験が引き寄せた、集大成かつネクストステップの嚆矢となる初フル作。
 
 ようやく辿り着いた……というのが、本作完成後に最初に口から零れた言葉なのかもしれない。2015年に『Nobi Nobi No Style』『Nayameru Gendai Girl』、翌2016年に『Colorful World』と矢継ぎ早にEP3枚を出し、アルバムを期待されたものの、その後は2019年に4th EP『Cover Girl』と7インチ・シングル「ZAWA MAKE IT // Colorful World」を出すに留まっていたシンガー・ソングライターの仮谷せいら。2021年にはHALLCA、AmamiyaMaakoとのコラボレーション・プロジェクト“はるかりまあこ”としてミニ・アルバム『TERMINAL』を発表するなど活動自体に歯止めがかかることはなかったが、ソロとしての作品は3年ぶりのリリース。それも自身初となるフル・アルバムとなるのだから、嬉しさもひとしおではないだろうか。

 フル・アルバムといっても、前述のEP4作の楽曲を中心に、新曲と仮谷の名を広く届けることになったtofubeats「水星(feat. オトマトぺ大臣)」のカヴァーを加えた全11曲と、デビュー7年間の集大成的作品としてはいささか曲数に物足りなさを覚える人もいるかもしれないが、タイトルに冠した“ALWAYS FRESH”よろしく、“常に新しい自分でい続ける”という姿勢を示すかのごとく、既存曲で埋めて過去を振り返るだけにはしないという意気込みもあっての構成なのだろう。



 仮谷せいらという名を知ったのは、Orlandらも登場する、電車内に座ったヘッドフォン姿の仮谷せいらが歌いながら山手線を一周するというミュージック・ヴィデオが印象的な1st EP『Nobi Nobi No Style』のタイトル・チューン「Nobi Nobi No Style」だった。すぐに『Nobi Nobi No Style』を手に入れ、2016年の3rd EP『Colorful World』以降にアルバムを期待していたが、なかなかそこからリリースの報せがなかったこともあり、断続的に楽曲を聴いていたものの、久しく離れていたのが実際のところ。それからHALLCAとのコラボレーションもあって、ライヴでのチアフルなステージを観賞し、アルバムに薄っすらと期待を抱いていた矢先のフル・アルバム・リリースだっただけに、大いに好奇心を持ってアルバムをCDトレイにセットした次第だ。

 tofubeats「水星」のカヴァーを除く10曲のうち、冒頭曲「シュドゥダン」をはじめ、「ZAWA MAKE IT」「ONE S'MORE」「Odora Never Cry」「Colorful World」と5曲を手掛けている飛内将大が本作の作風の核で、キクイケタロウが「Midnight TV」「話をしようよ」の2曲、葉上誠次郎が「HOME」で、葉上とhasamaが「HYPE」で、それぞれ詞曲を手掛けるほか、アレンジメントやミックスに名を連ねる制作陣を含めてクリエイター集団“agehasprings”(アゲハスプリングス)の面々が大いに関わっている模様。ラストを飾る「本音」は仮谷自身が詞曲を手掛けている。
 個人的にはagehaspringsというと、元気ロケッツやAimerというイメージが強くあって、ハウスを中心としたポップスやクラブ系エレクトロニック・トラックに軸を寄せている印象があるのだが、ご多分に漏れず、そのベクトルに親和性を帯びている。ライヴでのクライマックスに選ばれることの多い仮谷のキラー・アンセム「Colorful World」などはその代表格で、ポジティヴな展開とチアフルなヴォーカルワークが快哉を生む痛快なポップ・ダンサーといえる。



 確かにサウンドとしては、「Colorful World」をはじめ「シュドゥダン」「ONE S'MORE」「Odora Never Cry」などアグレッシヴな作風が多い印象だが、チアフルなポップス一辺倒という訳ではまったくなく、実はなかなかヴァラエティに富んだ要素を取り込んでいたりもする。エフェクト・ヴォーカルも添えたフューチャーベースを配した「ZAWA MAKE IT」や、小沢健二がベティ・ライトの「クリーン・アップ・ウーマン」(Betty Wright「Clean Up Woman」)をネタにしてソウル✕ポップスを体現した「ラブリー」のスタイルを彷彿とさせる、ゴスペル風の陽気さと爽快なソウル・ポップを融合させた「Midnight TV」、ラップ風フロウを組み込んだオルタナティヴR&Bモードの「HOME」やセンチメンタルとノスタルジックな彩色で描かれたエレクトロハウスやテクノポップも窺える「HYPE」など、楽曲群からさまざまな要素を窺い知ることが出来る。

 それらがばらつくことなく聴けるのは、とにもかくにも仮谷のヴォーカルだ。全体像として快活でポジティヴなトーンで、古い言い方を用いるなら“トランジスターグラマー”なヴォーカルとでもいおうか、小柄な身体からチアフルかつパンチある明瞭な声が魅力というのはその通りだ。だが、よく耳を傾けてみると、単にポジティヴという言うにはあらず、ところどころで喜怒哀楽の表情が見え隠れしている。たとえば、「シュドゥダン」では、アップ・テンポなサウンドのなかで、もどかしさややるせなさを抱えながらも前に進んでいくよというような機微に満ちていたり、「ZAWA MAKE IT」では不安に苛まれながらも向かい風に立ち向かう意志の強さを見せる心境の変化を、哀切と希望を行き交うヴォーカルワークで披露したりと、細やかな表情の違いをさりげなく発露させられるのが、最大の武器だろう。ラフなラップ風フロウと日常に潜むちょっとした微笑みに気づいた幸福感を描出した颯爽とした歌唱が耳になじむミディアム「Midnight TV」という、フレッシュなアティテュードも新たな武器となっている。



 ポップながらも細やかな機微を忍ばせるヴォーカルワークというのは、実は以前にCrystal Kayにも感じていて、極めてポップネスに溢れていながらも、そこかしこに陰の部分や“和”の佇まいを思わせるといった声色というのは、なかなか容易いことではない。それが可能となる下地や素地、資質があるからこそ、ダンサブルなポップ・チューンが主軸に並んでいたとしても、飽きさせることなく、楽曲ごとに惹かれるポイントを創り出せている理由なのだと思う。本作に収められた11曲は、仮谷のヴォーカル・エッセンスを凝縮したものと言っても過言ではないだろう。

 代表曲「Colorful World」の後に配されたラスト・トラック「本音」は、仮谷自身が詞曲を担当。アコースティックギターを中心としたシンプルなアレンジは、必要以上の装飾をせずに、仮谷の胸の内をメッセージを届けたいという計らいか。“騙し騙しやってきたんだ”という痛みを吐露したこの曲には、7年でようやくフル・アルバム・リリースに辿り着いたという達成感や安堵、これまでを振り返っての悲喜こもごもとともに、シンガーである前に仮谷せいらという一人の人間を曝け出したような赤裸々さも垣間見える。作風としては決して目新しいものではないが、“今の自身の心情を包み隠さずに綴った本作の最後を飾るに相応しいクロージング・ナンバーといえよう。

 常に新しくという“ALWAYS FRESH”をテーマに歩みを進めてきた仮谷が、輝き続けるためのターニングポイントとしてタイトルに冠した集大成となる一作は、ある意味、ここからまた新たなスタートになるとも言えそうだ。ところで、「輝き続ける」という意味で“STAY GOLD”という言葉がよく使われるが、元来は、若さや純粋さを持つ続けろ、いつまでも童心を忘れるなといった意味であったりもする。奇しくも輝き続けるを意味する言葉が、“ALWAYS FRESH”に近しい若さや純粋さを持ち続けろという意味にもとれるというのも不思議な縁か。シンガーとしての資質に経験を重ねることで成熟を遂げてきた7年。その蓄積が大きな実となり美しい花として咲き誇る、その端緒となって欲しい佳作だ。



◇◇◇

■ 仮谷せいら / ALWAYS FRESH (2022/06/15)

PUMP-0012 PUMP!

01 シュドゥダン
02 ZAWA MAKE IT
03 Midnight TV
04 ONE S'MORE
05 話をしようよ
06 Odora Never Cry
07 HOME
08 HYPE
09 水星
10 Colorful World
11 本音

◇◇◇

【仮谷せいらに関する記事】
2020/01/25 〈FRESH!!〉 @六本木 VARIT.【HALLCA】
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2022/01/26 〈生存戦略〉@高円寺HIGH 【HALLCA / 仮谷せいら / hy4_4yh】
2022/07/22 仮谷せいら『ALWAYS FRESH』(本記事) 

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