Sea side memory (8)

2006-10-29 | 自作小説:Sea side memory
波の音が聞こえる。
潮の香りが微かにする。海に近づいてきた。
200mぐらい前方に見えるコンクリート製の塀を越えれば、
砂浜が広がっているはずだ。

 -マツシタって、やさしいのね。
 -なんで?
君は、何も答えなかった。僕が、君の噂を知っていること、
そして、知らないふりをしていることに気がついたのかもしれない。
 -初めて、俺のこと名前で呼んだね。
 -そうだったかしら?
 -そう、初めてだよ。
 -よく、憶えてるね。
 -なんかうれしいな。
 -単純ね。
 -どうせなら、ヒロトって、言われたほうが、もっとうれしいけどね。
そう言って調子にのりすぎたと思った。
しかし、後悔するより、君がどう答えるのかが、とても気になった。
そんな僕の気持ちを察したのか、君は少し戸惑っているようだったが、
 -そのうちね。
とそっけなく言った。
一緒に海に来た。それだけで充分な気もしていた。
多少なりとも好意は持っているはずだ。そうでなければ、一緒に海に来る訳はない。
そう自分に言い聞かせてみても、なぜか不安だった。
初めて、君に声をかけた頃にあった警戒心はなくなっていたが、
心を覆った分厚い衣を脱ぎ捨てたという感じはしなかった。
しかし、脱ぎかけようとしている気はしていた。
少なくとも苗字で僕を呼んでくれた。希望はあるはずだ。
そう希望はあったはずだった、
 ”ありがとう、ヒロト”
別れ際に、君は言った。あれが、君に会った最後だった。

                        つづく

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