:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ アメリカレポート ボストン-④ ペドフィリア(本論)

2012-05-31 20:47:09 | ★ アメリカレポートー2(その他)

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アメリカレポート ボストン-④ 

ペドフィリア (本論)

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 ローマからロンドン経由でボストンに着くと、宿舎として案内されたのは郊外のマリオットホテルだった。歓迎してくれたのは、ローマで神学校生活を共にしたトニー・メデイロス神父 (彼は今ボストンの神学院の院長をしている) や、ボストンの共同体のメンバーたちだ。

 彼らといろいろ話していると、「今は、ことはうまく運び始めている・・・」、「今のボストンの枢機卿はいい・・・」などと、事あるごとに「今は、・・・」がつく。そしてその裏に、「かつては大変だった」「以前はもうどうなることかと思った・・・」などの思いがにじんでいる。

 耳にする英語の単語は確かに「ペドフィリア」(pedophilia) なのだが、日本語のマスコミで刷り込まれている私の耳は、それを自動的に翻訳して「性的虐待」と聞いてしまう。

 終戦の次の年に小学校に上がったわたしのような古い世代は、「性的虐待」と言う言葉の連想ゲームでは、第一に戦場の兵士の婦女強姦が思い浮かぶ。天皇の軍隊は大陸でもインドシナでも、南方の島々でもさんざんそれをやってきた。

 終戦直後は、「鬼畜米英」の占領軍が上陸してくるぞ、何をされるか分からないから婦女子は山の中に隠したほうがいい・・・、と言うようなことが大真面目に語られたものだった。

 続いて思い浮かぶのが不良や変質者による婦女暴行だろうか。以上はいずれも男性から女性に向けられた、倒錯した、暴力的な、犯罪行為と言う一般常識が基盤にある。

 一定程度の合意が背景にあると思われる同性間のものは、ホモは醜悪で吐き気がするが、レスビアンはまあそんなのもありか、くらいに思ってきた。

 実際は、戦後日本に上陸したヤンキーやオーストラリアの兵隊は、全体としては紳士的で好感が持てた。終戦当時、私の父は広島県警察本部長で、占領軍受け入れの日本側窓口だったが、私などはオーストラリアの将校のジープに乗せてもらって、大いに可愛がられた方だった。

 基地周辺で女子高校生などがレイプされる不幸な事件が後を絶たなかったとは言え、ベルリンになだれ込んだロシア兵の行状とは天と地ほどの隔たりがあった。あの時ベルリンの街では、幼女から老女まで、ありとあらゆる世代の女性が、地獄の戦場で血を見て頭がおかしくなった野獣のようなロシア兵たちの餌食となった。90%以上の女性が何らかの心の傷を免れなかったのではないか。

 ボストンでは、前のバーナード・ロー枢機卿に嫌疑がかけられた。普段は保守的で大人しいとされるカトリックの信者たちが退位を求めるデモを行い、彼は2002年12月13日についに退位に追い込まれた。よく背景を知らない私は、えっ、枢機卿までが若い頃にこっそり性的虐待に手を染めたのがばれてしまったの?可哀そうに。などと、あらぬ同情をした。

 ドイツでは現教皇ベネディクト16世が枢機卿時代に何かあった、だって?まさか!彼はとんでもないお爺さんだよ?!(これらは後で、すべて的外れな話だったと分かるのだが、断片的で誇張された伝言ゲームの第一印象と言うものは、およそそんなレベルだ。)

 ニューヨークタイムズ紙(電子版)は2002年までの過去60年間にアメリカ全体では1200人を超えるカトリックの聖職者が、4000人以上の子供に性的虐待を加えたと報じ、さらに米CNNテレビでは、同じく過去52年間で神父4450人に疑いがかけられ、その件数は11000件で、立証されたものだけで6700件に及んだとも報じた。

 ボストンに話を戻すと、5人のカトリックの神父が裁判所に訴えられ、全員有罪で投獄された。私の聞いた話では、一人は監獄で自殺したというものであった。

 「汝、殺すなかれ!」はハリウッド映画にもなった「十戒」-神がモーゼに授けた十の戒律-の一つで、ユダヤ人にとってもキリスト教徒にとっても殺人は大罪、まして自殺は最悪の殺人行為とみなされ、その魂は必ず地獄に落ちると昔の教会は信徒に教えた。そして、自殺者の教会墓地への埋葬を拒否するなどが横行したものであった。

 私の「健全な?」信仰のバランス感覚は、この神父の自殺に関する噂話に対してピクン!と反応した。

 その話ははたして本当だろうか?こいつは慎重に調べて事実を確認しないと、にわかには信じ難いぞ、と自分に言い聞かせるものがあった。実を言うと、わたしにこのテーマでブログを書く気にさせたのは、まさにこの一点に対する疑問だった。 

 ボストン大司教区は、この一連の裁判で、訴訟費用と被害者への慰謝料支払いで、保険がカバーしない部分だけでも1億2000万ドル(約100億円)を捻出する必要が生じた。教区会計はもちろん破産、ロー枢機卿が退位するまでに65の教会を閉鎖し、大司教館の土地建物までも売却せざるを得なかった。そんな中で、50人以上の教区司祭たちが、同枢機卿の退位を求める文書に署名した。

 2010年3月28日、ロンドンでは同問題に対するローマ・カトリック教会の責任を問い、教皇ベネディクト16世の退位を要求する抗議デモにまで発展した。教皇の出身国ドイツの世論調査機関によれば、国内2500万人のカトリック信者のうち、19%が「教会を離れることを検討中」と回答したという情報もある。

 アメリカ、ドイツだけではない、アイルランド、メキシコ、オーストラリア、ギリシャ、などなど、カトリック教会のあるところ、どこもこの問題と多かれ少なかれ全く無関係と言うところはないはずだ。日本だって、私が知らないだけで、例外ではないのかもしれない。

 カトリック教会の性的虐待事件 (Catholic sex abuse cases) は、21世紀に入ってカトリック教会を根底から揺るがした。

 

 これが、スタートの話だ。それは、いろいろなレベルの異なる問題が混雑した、公式、非公式な情報の塊である。それにしても、いかにも如何わしい、嫌悪感を掻き立てる話ではないか。

 しかし、私は言いたい。どうか表面的なこれだけのことで判断しないでほしい、と。

 私はカトリック教会を心から愛する良識の一人だと自負している。問題を冷静に解析し、浮かび上がった真実を客観的に評価する必要があると思う。

 あと1回、ひょっとすると2-3回を費やして、この問題の実物大の大きさと、深さを私なりに解説したい。このブログの読者には、その上で、そもそもこの問題は何だったのかの理解を戴ければ幸いだと思う。

 

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ボストン公演のプログラムの表紙

 その間にも、ボストンのコンサートツアーは先に進んで行く。オーケストラは5月6日午後2時、アメリカでの第一回目のステージ本番に向けて朝9時半にホテルを出た。一同はボストン交響楽団のホームグラウンド、ボストンシンフォニーホールでの昼食返上のリハーサルに打ち込むことになる。

 次回からは、上記の性的虐待問題の解析と、コンサートツアーのレポートとをバランスよく並行して展開したいと思う。


( つづく )

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