新古今和歌集の部屋

歌論 無名抄 諸浪名事

 

諸浪名

なみの名はあまたあり。のりつな入道がいひけるとて

人のかたりしはおなみさなみさゝらなみはうのてか

へしはまならしといふみなこれなみの名也。と

いひけれどいかなるをしかいふとわきてはいはざり

けり。これはその国のその所にとりていふことに

て侍にや。哥などはいともみをよび侍らず。

顕昭にとひ侍しかばさなみさゞなみさゝら

なみといふことあり。これはみなちゐさきなみの

名也。ことばの廣略なれば時にしたがひて

もちゐるなりと申侍しをつくしのしまとゝ

いふ所にかよふ物のことのつゐでにかたり侍しは

つくしにとりてみなみのかたおほすみさつまの

ほどいづれの国とかやわすれたり。おほきなるみな

と侍り。そこには四月五月にはあけくれ

波たちてしづまるまもなし。五月にたつをさなみとなん

申侍といひき。う月さ月といふゆへにや。いとけ

ふあること也。

 

諸浪名
波の名はあまたあり。範綱入道が云ひけるとて、人の語りしは、「『お
なみ』、『さなみ』、『さゝらなみ』、『はうのてかへし』、『はまな
らし』といふ、皆これ波の名也」と云ひけれど、いかなるをしか云ふと、
分わきては云はざりけり。これは、その国のその所にとりて云ふ事にて
侍にや。歌などは、いとも見及び侍らず。

顕昭に問ひ侍しかば、「『さなみ』、『さゞなみ』、『さゝらなみ』と
云ふ事あり。これは皆小さき波の名也。詞の広略なれば、時に随ひて用
ゐるなり」と申し侍しを、筑紫のしまとゝ云ふ所に通ふ者の、ことの次
でに、語り侍しは、「筑紫にとりて南の方、大隈・薩摩の程、何れの国
とかや忘れたり。大きなる港侍り。そこには、四月・五月には、あけく
れ波立ちて、静まる間もなし。五月に立つを『さなみ』となん申し侍る」
と云ひき。う月・さ月と云ふ故にや。いと興あること也。

 

※範綱入道
藤原範綱。法名西遊。没年不詳だが、永万二年(1166年)まで生存が確認されている。

※さなみ
詞花集 曽祢好忠 川上に夕立すらしみくづせく柳瀬のさなみ立ち騒ぐなり

※ささらなみ
細波。後撰集 ささら波まなくたつめる浦をこそ世にあさしともみつつわすれめ

※はうてかへし
他本では「はらのてこし」、「はらのてうし」、「はしのてうし」、「はうのてかへし」、「はうのてかへし」、「はそのてうへし」と多数ある。和歌の用例は何れも無い。

※さざなみ
「さざなみの」や「さざなみや」で、志賀、近江、比良、大津に掛かる枕詞。

※筑紫のしまと
筑前国東賀郡にあった島門と考えられる。

※あけくれ
明け暮れ。一日中。

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