或人云
業平朝臣、二條后の未だたゝ人にておはしましける時、盗み取りて行きけるを、兄人達に取返されたる由いへり。此事又日本紀にあり。事の樣はかの物語にいへるがごとくなるにとりて、奪ひ返しける時、兄人達其憤り休め難くて、業平のもとゝりを切りてけり。しかれば、誰がためにもよからぬ事なれば、人も知るべきにあらず。心一つにのみ思ひて過ぎけるに、業平朝臣、
髪を生さん
とて籠り居たりける程
哥枕ども見ん
とて、數寄に寄せてあづまの方へ行きけり。
陸奧國に至りてやそしまと云ふ所に宿りたりける夜、野の中に哥の上句を詠ずる聲有り。
その詞にいはく、
秋風の吹くにつけてもあなめ/\
と云ふ。怪しく覺えて、聲を尋ねつゝ是を求むるに、さらに人なし。只死人の頭一あり。明くる朝猶これを見るに、彼のどくろの目の穴より薄なん一本生ひ出たりける。その薄風に靡く音のかく聞えければ、怪しく覺えてあたりの人に此事を問ふ。或人語りて云。
小野小町この國に到りて、此所にて命終りにけり。則ち彼の頭是なり
と云ふ。こゝに業平、哀に悲しく覺えければ、涙を抑へて下句付けゝり。
小野とはいはじ薄生ひけり
とぞ付けたる。その野をば玉造りの小野といひける
とぞ侍る。
玉造りの小町と小野小町と同人かあらぬ者かと、人々おぼつかなきことに申して争ひ侍し時、人の語り侍しなり。
○業平朝臣
在原業平朝臣(825~880年)父は阿保親王在五中将とも呼ばれた。六歌仙、三十六歌仙の一人。伊勢物語の主人公
○二條后の未だたゝ人にておはしましける時、盗み取りて行きけるを、兄人達に取返されたる由いへり。
伊勢物語 六段 芥川
○此事又日本紀にあり
不明。
○玉造りの小町と小野小町と同人かあらぬ者かと
玉造小町壮衰書平安後期の漢詩文作品。玉造小町子壮衰書とも。作者不詳。
予行路之次歩道ノ味阿径邊途傍二一ノ女人有り
容貌ハ憔顇シテ身躰ハ疲痩タリ
頭ハ霜フリタル蓬ノ如ク膚ハ凍りある梨ニ似タリ…
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