新古今和歌集の部屋

絵入横本源氏物語 賢木 密会発覚 蔵書

「今ぞ、やをら顔ひき隠して、とかく紛らはす。あさましう、めざましう心やましけれど、直面には、いかでか表し給はん。目もくるる心地すれば、この畳紙を取りて、寝殿へ渡り給ひぬ」


ば、いとむねつぶらはしくおぼさる。心

しりの人ふたりばかり、心をまどは

す。神なりやみ、雨すこしをやみぬる
     右大臣          ◯
ほどに、おとゞわたり給て、まづ宮の

御かたにおはしけるを、むらさめのま
       朧        右大臣
きれにて、えしり給はぬに、かろらかに

ふとはひいり給て、みすひきあけ給
     詞
まゝに、いかにぞいとうたてありつる夜

のさまに、思ひやり聞えながら参りこで
  右大臣息 中宮大夫
なん中将、宮司のすけなどさぶらひ

つやなど、の給ふけはひの、したとに
         源心
あはつけきを、大将はものゝまぎれに

も左のおとどの御有さま、ふとおぼし

くらべられて、たとらへなくぞほゝ

ゑまれ給げにいりはてゝもの給へ
     朧心
かしな。かんの君いとわびしうおぼ

されて、やをらゐざり出給に、おもて

のあかみたるをなをなやましう
                右大臣詞
おぼさるゝにやと見給ひて、なと御

気色の例ならぬ。ものゝけなどのむつ

かしきを、ずほうのべさすべかりけりと
       朧
の給ふに、うすふたあひなるおびの、御

ぞにまつはれて、ひきいでられたるを
 右大臣
みつけ給て、あやしとおぼすに、又

たゝむがみの、てならひなどしたる、御木

丁のもとにおちたりけり。これは

いかなる物どもぞと、御心おどろかれて、
右大臣詞
かれはたれがぞ。けしきことなるも

のゝさまかな給へ。それとりてたがぞと
               朧
見侍らんとの給ふにぞ。うちみかへり

て、われもみつけ給へる。まぎらはすべ

きかたもなければ、いかゞはいらへ聞え

                    地
給はん。我にもあらでおはするを、こな

がらもはづかしとおぼすらんかしと

さばかりの人は、おぼしはゞかるべき

ぞかしさあれどいときうに、のどめ
          右大臣
たる所おはせぬおとゞの、おぼしも

まはさずなりて、たゝむがみをとり

給まゝに、木丁より見いれ給へるに、

いといたうなよびて、つゝましからず

そひふしたるおとこもあり。今ぞやをら

かほひきかくして、とかくまぎら

はす。あさましうめさましう心やまし

けれど、ひたおもてにはいかでかあら

はし給はん。めもくるゝ心ちすれば、

此たかむがみをとりて、しんでんへわ

たり給ひぬ

 


ば、いと胸潰らはしく、おぼさる。心知りの人、二人ばかり、心

を惑はす。

神鳴止み、雨少しを止みぬる程に、大臣渡り給ひて、先づ宮の御

方に、おはしけるを、村雨の紛れにて、え知り給はぬに、軽らか

に、ふとはひ入り給ひて、御簾引き上け給ふままに、

「如何にぞ。いとうたてありつる夜の樣に、思ひ遣り聞こえなが

ら、参り来でなん。中将、宮司の亮など候ひつや」など、宣ふ気

配の、舌疾(と)にあはつけきを、大将は、物の紛れにも、左の

大臣の御有樣、ふとおぼし比べられて、たとらへなくぞ微笑まれ

給ふ。げに入り果ても宣へかしな。

尚侍の君、いと詫びしうおぼされて、やをらゐざり出で給ふに、

面の赤味たるを、なを悩ましうおぼさるるにやと見給ひて、

「など御気色の例ならぬ。物の怪などの難しきを、修法延べさす

べかりけり」と宣ふに、薄二藍なる帯の、御衣にまつはれて、引

き出でられたるを、見付け給ひて、奇しとおぼすに、又畳紙の、

手習ひなどしたる、御几帳の下に落ちたりけり。これは、いかな

る物共ぞと、御心驚かれて、

「彼は誰がぞ。気色異なる物の樣かな。給へ。それ取りて、誰が

ぞと見侍らん」と宣ふにぞ。うち見返りて、我も見つけ給へる。

紛らはすべき方もなければ、如何はいらへ聞こえ給はん。我にも

あらでおはするを、子ながらも恥づかしと、おぼすらんかしと、

さばかりの人は、おぼし憚るべきぞかし。さあれどいと急に、の

どめたる所おはせぬ大臣の、おぼしも回さずなりて、畳紙を取り

給ふままに、几帳より見入れ給へるに、いといたうなよびて、慎

ましからず添ひ伏したる男もあり。今ぞ、やをら顔ひき隠して、

とかく紛らはす。あさましう、めざましう心やましけれど、直面

には、いかでか表し給はん。目もくるる心地すれば、この畳紙を

取りて、寝殿へ渡り給ひぬ。

 

 

 

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