尾張廼家苞 四之上
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後拾遺、松風は色やみどりに吹つらむ物思ふ人の身にぞしみける
といへる哥によりて、作者の意は、此歌とりたりとはおもはれざけめど、かく
さしならべては、げに本哥といはんもにげなからず。松風
はもとより物おもふ人の身にしむ物なるが、たのめたる暮には、又
常よりもまさりて身にしむと也。けふとふべしと約束して、人をまつ
夕ぐれの松風の聲はいかに吹かして、◯とは
かはり
しと也.たのむるはたのめしとあらまほし.たのめしは過去の事なれば,しといふべし。
又其夕ぐれは現在只今なれば、たのむる
ともいふ
べき也。此哥初句のくもじと、二ノ句のむもじと重なりてのびやかならず。
すべて くすつぬふむゆるのもじ、かやうに重なる時は聞よからず。古今未曾有の難
深文刻薄也。
長明
たのめおく人もながらの山にだにさよふけぬれば松風の聲
だにといへるにて、戀の歌となれり。我はましてたのめ置
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たる人のあれは、まづ心のせつなることをおもひやれとの意
なり。一首の意は、今宵來るべしと約し置たることがなきとても、夜がふけ行
ばひとまつ物を、まして今宵とたしかに約束のある事なれば、またれて
/\てならぬと也。結句は、まつといひかゝけりたる斗にて、松風の
聲は一首に用なし。まつち山にいざよひの月とは同じ例也。さよふけぬればとは、
夜のふくるまでまつ人の來ぬにつけていへる意なり。夜のふくるまゝに、
人をまつは、たのめ
たる事もなき常の事にて、此哥の
返(ウラ)也。これはたのめ置てよひよりまつ也。
秀能
今來むとたのめしことをわすれずは此夕ぐれの月やまつらん
本歌、今こんといひしばかりに 長月の有明の
月をまち出つる哉。云々。此歌は、本
歌を打かへして、かくむづかしくいはずとも、本
哥はたゞ詞ばかりをとれる也。こなたよりたのめ置し
ときこゆ。此説よろし。二三一
四五とつゞきたり。 さるはちかきほどに参らむとたのめ
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置つれども、障有てえゆかぬにつきて、今宵などは其人の必我を
月出ば來んとまちて、月の出るをまちやすらんとおもひやれる也。以上みな
よろし。
待戀 式子内親王
君まつとねやへもいらぬ槙の戸にいたくなふけそ山端の月
本歌君こずはねやへもいらじ云々。槙の板戸もさゝづねにけり。
かばかりの由緒は歌ごとにあるもの也.古哥をとれりといふまでもなし一首の意は,堅いやく
そくをして,けふは来るであろうとおもひて,閨へもいらずにおきておるものを,まきの戸の
山端の月は、あまりふけてくれるな、
夜があけそうで心ぼそいとなり。
こひの歌とて 西行
たのめぬに君くやとまつよひのまの更ゆかでたゞあけなましかば
三ノ句以下更行ことなくよひの間のまゝにて早く明たらばといふ意にて
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其下へ嬉しからむといふ意をふくめたる格也。うれしからむと思ふゆゑは、
たのめもせぬ人なれば、とても来る事はあるまじきに、来や/\と夜更る
迄かやうに待んこといとくるしかるべきに、早く明たらば、待心のやむ
べければうれしかるべき也。待心のせちなる
事 みゆ。 此歌戀の情にあらず。趣
意のよろしからぬ歌也。ふくるを恨むるやうに、よむも一ツの趣也。かく
よむも一ツの趣なり。いづれを恋の常情といはん。
定家朝臣
歸るさの物とや人のながむらん待夜ながらの有明の月
我はまつ夜ながらにむなしく明ゆく此有明の月を、よその人
は 我まつ人をさして人といへり。
大かた世上の人をいふにあらず。思ふ人に逢てかへるさの物とや、みるらんと
うらやみたる也.我思ふ人が,われをばとはで,外の人のもとにかよひて,其歸さにつれ
なき物と詠るやらん。わがかやうにまちあかしてみる有明の月をと也。
※今こんと 古今和歌集巻第十四 恋歌四 素性法師
今こむといひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな
※松風は 後拾遺集雑歌三 堀河女御
松風は色やみどりに吹きつらむ物おもふ人の身にぞしみける
※君こずは 古今和歌集第十四 恋歌四 よみ人しらず
君こすはねやへもいらしこ紫わかもとゆひにしもはおくとも
※槙の板戸も 古今和歌集卷第十四 恋歌四 よみ人しらず
君やこむ我やゆかむのいざよひに槙の板戸もささず寝にけり