新古今和歌集の部屋

絵入横本源氏物語 賢木 藤壺の苦悩 蔵書

しつ心なくていで給ひぬ。夜ふかき
  つくよ
暁月夜のえもいはず霧わたれる

に、いといたうやつれてふるまひなし

給へるしも、にる物なき御有さまにて
       朱雀ノ女御也 の
承香殿"の御せうとの頭中将ふぢ

つぼより出て、月のすこしくまある、

たてじとみのもとにたてりけるを、
源 地
しらですぎ給けんこそいとおし

けれ。もどき聞ゆるやうも有なんかし。
源心
かやうのことにつけても、もてはなれ
     藤つほ
つれなき人の御心を、かつはめてた

しと思聞え給ものから、我心のひく

かたにてはなをつらふ心うしと
               藤つほ心
おほえ給おりおほかる。内に参り給

はんことは、うゐ/\しく所せくおぼし

なりて、春宮"を見奉り給はぬを

おほつかなくおもほえ給。又たのも

しき人も物し給はねは、たゞの大将

の君をそよろづにたのみ聞え給へ
         源ノ
るに、なをこのにくき御心のやまぬに、
藤つほ
ともすれば御むねをつぶし給つゝ、いさ
        院ノ
さかも気色を御らんじしらずなり
     藤つほ心
にしを、思ふだにいとおそろしきに、

今さらにまたさることの聞え有て、

我身はさるものにて、春宮の御ため

に、かならずよからぬこといできなんと

おぼすに、いとおそろしければ、御

いのりをさへせさせ給て此こと思ひ

やませ奉らんと、おぼしいたらぬこと
          地
なくのがれ給を、いかなるおりにか有
   源
けん、あさましうてちかづきまいり

給へり。心ふかくたばかり給けんことを、

             藤つほ
しる人なかりけれは、夢のやうにぞ
      源
有ける。まねぶべきやうもなく聞え
         藤つほ
つゞけ給へど、宮いとこよなくもては

なれ聞え給て、はて/\は御むねを

いたうなやみ給へば、ちかうさふらひつる、

命婦"、弁などで、あさましうみ奉り
       源心
あつかふ。おとこはうしつらしと思ひ

聞え給ことかぎりなきに、きしかた

ゆくさきかきくらす心ちして、うつ

し心"もうせにければ、あけはてに
                  藤つほ
けれど、いて給はずなりぬ。御なやみに

おどろきて、人々"ちかう参りてし
         源
げうまかへば、われにもあらで、ぬり

ごめにをし入られておはす。御ぞども

かくしもたる人の心なども、いとむつかし。
藤つほ
宮はものをいとわひしとおぼし
           けるに

 

 


靜心なくて、出で給ひぬ。夜深き暁月夜の、えもいはず霧渡れる

に、いといたうやつれて、振舞ひなし給へるしも、似る物なき御

有様にて、承香殿の御兄の頭の中将、藤壺より出でて、月の少し

隈ある、立蔀のもとに立てりけるを、知らで過ぎ給ひけんこそ、

いとおしけれ。もどき聞ゆるやうも有りなんかし。

かやうの事につけても、もて離れつれなき人の御心を、かつは、

めでたしと思ひ聞こえ給ふものから、我が心の引く方にては、な

を辛らふ心憂しと覚え給ふおり、おほかる。内に参り給はん事は、

うゐうゐしく、所狭(せ)くおぼしなりて、春宮を見奉り給はぬ

を、覚束なく思ほえ給ふ。又、頼もしき人も、物し給はねば、た

だの大将の君をぞ、万づに頼み聞こえ給へるに、猶、この憎き御

心の止まぬに、ともすれば御胸を潰し給ひつつ、聊かも気色を御

覧じ知らずなりにしを、思ふだにいと恐ろしきに、今更にまた、

さる事の聞こえ有りて、我が身はさるものにて、春宮の御為に、

必ず良からぬ事出できなんとおぼすに、いと恐ろしければ、御祈

りをさへせさせ給ひて、この事、思ひ止ませ奉らんと、おぼしい

たらぬ事なく、逃れ給ふを、いかなる折りにか有りけん、あさま

しうて、近づき参り給へり。心深くたばかり給ひけん事を、知る

人なかりけれは、夢のやうにぞ有りける。

真似ぶべきやうもなく、聞こえ続け給へど、宮、いとこよなくも

て離れ聞こえ給ひて、果てはては、御胸をいたう悩み給へば、近

う侍ひつる、命婦、弁などで、あさましう見奉り扱ふ。男は、憂

し辛しと思ひ聞こえ給ふ事、限りなきに、来し方、行く先、かき

暗す心地して、現し心も失せにければ、明け果てにけれど、出で

給はずなりぬ。御悩みに驚きて、人々、近う参りて、しげうまが

へば、我にもあらで、塗籠に押し入られておはす。御衣共、隠し

持たる人の心なども、いとむつかし。宮は、ものをいとわひしと

おぼしけるに

 

宇治源氏物語ミュージアム

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